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エンジンテクノロジー超基礎講座047|世界最強のディーゼルエンジン:アウディのル・マン用V12ディーゼル

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先行開発は量産の4ℓ・V8ディーゼルをベースに、1気筒あたりの排気量を5.5ℓ・V12と同じ458ccに設計変更した3.67ℓ・V8ディーゼルを製作して行なった。クランクシャフト、ピストン、カムシャフト、インジェクター、ターボチャージャーは新たに設計。吸気ポートに関してはバルブレイアウトとともに3.67ℓ・V8エンジンで検討され、V12エンジンのシリンダーヘッド設計にフィードバックされた。

燃焼コンセプトの確認や、耐久テストにおける主要なテーマは1気筒ユニットで行なった。3.67ℓ・V8エンジンおよび1気筒ユニットで行なったテスト項目は、吸排気ポート仕様の検討のほか、コモンレールインジェクターおよびノズル仕様、コモンレール圧力、圧縮比、ピストン形状、ピストン冷却性能、エアリストリクターの位置、ターボチャージャーの仕様などに及ぶ。

燃費の悪化、効率の低下という代償を払って出力の向上を図っても、ル・マン24時間では勝利を手にすることはできない。1回の給油(2006年は燃料タンク容量=90ℓ。2007年からは81ℓ)で走れる周回数が給油回数を決めるため、燃費は重要。5.5ℓ・V12ディーゼルの開発においても重点的に取り組まれた。結果、定格出力領域での燃料消費率を比較すると、R10の5.5ℓ・V12ディーゼルターボは、R8が搭載した3.6ℓ・V8ガソリンターボに対し、約10%の消費率向上を実現。同じタンク容量で走行した場合、1〜2周余分に走れる計算になる。本戦では、アウディR10は1タンクで15周を走行した。

当時、「現在もレースを戦っている都合上、スペックの詳細には触れられない」としながらも、アウディはル・マン24時間のために設計した5.5ℓ・V12ディーゼルエンジンに関し、アウトラインを公表している。

クローズドデッキ構造のシリンダーブロックは、低圧鋳造法によるアルミ合金製。シリンダーライナーには耐摩耗性、耐焼き付き性、耐熱性を確保するためにニカジルメッキが施されている。つまり、レーシングスペックとしては一般的な仕様だ。「特別凝っていない」と説明する燃料噴射システムは、ボッシュと共同開発。コンポーネントは量産コモンレールをベースにレース用に改良。インジェクターはピエゾ式で、最大噴射圧は1600barである。ノズル形状、噴孔数は未公表だ。

ターボチャージャーはギャレット製。片バンクに1つ配置したツインターボで、2ステージ式でも可変ジオメトリーでもなく、ごくオーソドックスな形式とした。ブースト圧はエキゾーストマニフォールド上にあるウェイストゲートで制御。モノコック両側にインタークーラーを配置する。インテークマニホールドはカーボンファイバー製とした。

各コンポーネントは車載性の観点からコンパクトな設計とし、機械的かつ熱的高負荷に対する耐久性を確保。部品交換を効率良くするためにモジュール化が促進され、車体との接続部分をなるべく少なくするコンセプトが貫かれている。もちろん、低重心化に対する配慮も必須だった。

飛び道具は皆無。2006年のル・マン24時間レースを制したディーゼルエンジンは、オーソドックスなアプローチ、オーソドックスなスペックの積み重ねで成り立っていることが分かる。言うは易く行なうは難し、だろうが......。

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著者
世良 耕太
テクニカルライター

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめとするモータースポーツの取材に携わる。10年間勤務したあと独立。モータースポーツや自動車のテクノロジーの取材で欧州その他世界を駆け回る。

部品サプライヤー・自動車メーカーのエンジニアへの数多くの取材を通して得たテクノロジーへの理解度の高さがセリングポイント。雑誌、web媒体への寄稿だけでなく、「トヨタ ル・マン24時間レース制覇までの4551日」(著)「自動車エンジンの技術」(共著)「エイドリアン・ニューウェイHOW TO BUILD A CAR」(監修)などもある。

興味の対象は、クルマだけでなく、F1、建築、ウィスキーなど多岐にわたる。日本カー・オブ・ザ・イヤー2020-2021選考委員。

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