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BYDの最新EV「ATTO3」に乗って考えた、EV用電池の最適解は何か。[安藤眞の「テクノロジーのすべて」第80弾]

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BYDの最新EV「ATTO3」に乗って考えた、EV用電池の最適解は何か。[安藤眞の「テクノロジーのすべて」第80弾]

JAIA(日本自動車輸入組合)の合同試乗会で、中国BYDのATTO 3というEVに乗せていただいた。ボディサイズは全長4455mm×全幅1875mm×全高1615mmと、少しばかりワイドである以外は、日本の交通環境でも持て余さない大きさだ。
TEXT:安藤 眞(Makoto ANDO) PHOTO&FIGURE:BYD

SUVだけれど4WDではなく、150kW/310Nmのモーターで前輪を駆動する。前後重量配分は54:46(950kg:800kg)なので、後輪駆動にしたほうが良かったのではないかと思わなくもない。サスペンションは前ストラット/後トレーリングリンクをベースとしたマルチリンク式、という構成だ。

ボディ外板の面品質は良く、チリ合わせや塗装品質も国産車に遜色なし。内装のデザインは独創的だが奇抜すぎず、インナードアハンドルの操作性がイマイチである以外は、なかなか良く纏まっている。キャビンとラゲッジのバランスも良く、パッケージングは良好。アクセル操作への追従性もギクシャクすることはないし、乗り心地や静粛性、操安性なども、ごく普通のユーザーが遵法走行する範囲なら、取り立てて不満はなさそうだった。

これで440万円(税込)と、国産車ならエクリプスクロスPHEVより安い。リセールバリューに不安がある場合、月額4万4440円のサブスクリプションも用意されている。これは風雲児になりそうだ。

技術面での特徴は、バッテリーにリン酸鉄リチウムイオン(LFP)電池を搭載していること。他社の多くが採用する三元系(ニッケルコバルトマンガン酸)に比べると、単セル電圧が定格3.2Vと低く、エネルギー密度が小さい反面、サイクル寿命が長く、熱暴走も起こしにくいという特徴がある。BYDのサイトには、バッテリーセルに釘を貫通させても発火しないことを示す動画がアップされている(三元系は盛大に火を吹く)。正極材にマンガンやコバルトを使っていないため、安価で調達リスクが低いのもメリットだ。

LFP電池は新しいものではなく、すでにポータブル電源や可搬式電気溶接機などで広く普及しており、最近は二輪の鉛電池のリプレイス仕様なども販売されている。

ATTO 3の総電力量は、58.56kWhと公表されており、1充電あたりの走行可能距離はWLTCモードで485kmとのこと。日産リーフの高容量バッテリー仕様が60kWhで450kmだから、効率的にはむしろ上回っている。

ここで疑問になるのは、エネルギー密度に劣るLFPで、どうやってリーフ同等の容量を確保したのか、ということ。ホイールベースはリーフが2700mm、ATTO3が2720mmだから、使えるスペースはほとんど変わらないはずだ。

実はここに、電池専業メーカーから出発したBYDの知見が遺憾なく発揮されている。

一般に三元系リチウムイオン電池は、円筒形にしたり角形にしたりするが、BYDは厚さ13.5mm×長さ960mm×幅90mmのブレード状に成形。他社のバッテリーは数セルを一纏めにモジュール化し、数モジュールを組み合わせて使用しているが、ATTO3はブレード状のセル122枚をスタッキングし、モジュール化せずに使用している。こうすることで、モジュールごとの筐体や隙間が必要なくなり、空間利用率を約50%高めたという。

セルを薄くすると体積効率が低下するように思えるが、表面積が増えて放熱しやすくなるから、冷却系を小さくできる(正確な構造は確認できていないが、エアコンの冷媒で冷却/加温しているようだ)。その結果、バッテリーパック全体としては三元系に遜色のないエネルギー密度を達成したのだ。

では、58.56kWhという電池容量と、485kmという航続距離をどう見るか。ガソリン車なら650kmぐらい走れるのだから、同等を目指すべきでは、とはならないのが、EVの特性だ。

仮に650km走れるようにしても、日常的に使用するのが30kmなら、普段は95%の電池を無駄に運んでいることになる。電池の重さが600kgあれば、570kgはただの重りだ。ガソリン車なら50Lタンクの95%が無駄だとしても、35kgぐらいにしかならないし、給油量を抑えることで、もっと減らすこともできる。

ところが電池は、充電量を減らしても軽くはならない。ほとんどのユーザーは、650kmも走るのは年に数回だろう。それに対応できるだけの電池を日常的に連れ歩くというのは、どう考えても無駄ではないか。

それならば、急速充電器1〜2チャージで650km走れる程度の電池容量があれば十分。50kWの充電器で30分×2回充電し、40kWh充電できたとして、ATTO3のWLTCモード電費は約7km/kWhだから、280km分上乗せできる。航続距離の実力が350kmぐらいだったとしても、630km走ることができる。

ならば、無理してガソリン車同等の航続距離を求める必要はなく、リチウムイオン電池はLFPで十分。熱暴走リスクが下がった分でパッケージングを工夫すれば、エネルギー密度がカバーできるのは実証済み。三元系よりサイクル寿命は伸びるしコストも下がるなど、良いことばかりだ。

BYDがブレードバッテリーの技術を公表したのは2020年のこと。その時は「なんで今更LFP?」と思ったのだが、今は当時の不明を恥じるしかない。

しかも今後仮に、全個体電池など充電受け入れ性能の高い電池が実用化されたとしても、充電器やインフラ側の問題は、ずっとついて回る。それならむしろ、電池容量は70kWh以下に抑え、ITSを使って各車両の目的地や電池残量を把握し、それを元に90kW程度の急速充電のタイミングをマネージメントすることを考えたほうが、現実的ではないだろうか。

著者
安藤 眞
テクニカルライター

大学卒業後、国産自動車メーカーのシャシー設計部門に勤務。英国スポーツカーメーカーとの共同プロジェクトや、SUVの電子制御油空圧サスペンションなどを担当した後、約5年で退職する。その後しばらくはクルマから離れ、建具屋の修行や地域新聞記者、アウトドアライター兼カメラマンをしていたが、気付いたら自動車技術解説の仕事がもっとも多くなっていた。道路交通法第38条の認知度を高める会会長(会員は本人のみ)。

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