自動車メーカーの株価指標(投資指標)を投資ストラテジスト望月純夫が紐解く
投資家目線からみた自動車業界(その1)
株価は、技術的達成度だけではなく社会実装がなされる可能性と期待度などの社会的要因によって大きく変動する。例えばロシアのウクライナ侵攻の影響でレアメタル株、そこから繋がってEVに必須のバッテリー関連市場への影響が出る、といった具合だ。本連載記事では、大変革期にある自動車業界の現状を、株価指標(投資指標)というエンジニアリングとは異なる視点から俯瞰し、今日の自動車市場から電子化、電動化技術によって拡大している周辺市場へと広げて分析、考察をしていく。
目次
はじめまして。今月からこの連載記事を担当させて頂くことになった株式評論家の「ムッシュ望月」こと望月純夫です。証券会社時代8年間(1985年~1993年)のパリの駐在員事務所に勤務していたことから通称「ムッシュ」と呼ばれている。このパリ駐在の期間中に、ユダヤ系の投資顧問会社(仏ラザードフレール、ラザードブラザー)と付き合いが出来、金融の世界を学ぶことができた。彼から学んだことは、株の投資判断には、歴史、心理、哲学がマスト(必要)ということである。もはや「機械」というジャンルでは捉えきれない技術、素材関連会社など多数の企業が形成する自動車市場を、まずは日本における株式市場の成り立ちと自動車メーカーの現状から紐解いてみよう。
日本の株式市場の成立と自動車メーカー株の変遷
日本の証券取引所は、東京証券取引所と大阪証券取引所が2013年に合併して日本証券取引所となっている。その前身の東京証券取引所は東京株式取引所(明治18年5月設立)、その前身の大阪証券取引所は大阪株式取引所(明治18年6月設立)で、それぞれが引き継いだものである。
アジアで一番古い取引所はインドのムンバイにあり、日本が2番目、3番目が香港である。明治の時代に、英国は資本市場の3拠点アジアに置いたことが大事な視点である。
この取引所の重要性に気づいたのが渋沢栄一で、彼は最後の将軍徳川慶喜の命により次期将軍候補の徳川昭武のパリ万博派遣に随行している。渋沢栄一が東京株式取引所、五代友厚が大阪株式証券所の設立に携わった。東京株式取引所の開業時の上場銘柄は4銘柄で、設立発起人の渋沢栄一の関係会社、田中平八(横浜で糸谷平八商店を営む)の関係会社であった。
その後、日清戦争、日露戦争、伊藤博文暗殺、第一次世界大戦、関東大震災、高橋是清大蔵大臣暗殺、太平洋戦争末が始まり1945年主戦間際に一時停止となった。
1949年東京証券取引所が再開となり、その年に円ドルレートが1ドル=360円、占領下のあった沖縄は1ドル=120円に決まる。360円(固定相場制)は1971年のニクソンショックまで続くことになる。このような経済・政治下で自動車業界が変遷したかを見ていきたい。
2023年5月現在|東証プレミアム市場には、9つの自動車メーカーが上場している
各自動車会社には銘柄コードがついており、7200番台が自動車メーカーということになる。
いすゞと日野自以外は基本的に乗用車メーカーである。ダイハツ工業はトヨタの完全子会社となり2017年7月27日に上場廃止となった。
日産の設立が1933年12月、いすゞの設立が1937年4月、トヨタが1937年8月、マツダが1920年1月、ホンダが1948年9月、スズキが1920年3月、SUBARUが1953年7月、三菱自が1970年4月、日野自が1942年5月である。
歴史的にはマツダ、スズキが古い自動車会社である。東証の再開(1949年)に上場したのはいすゞ、トヨタ、日野自、マツダ、スズキの5社である。1950年6月25日に朝鮮戦争が勃発するまでは、自動車会社の経営も芳しくなく、現在トップを走るトヨタさえも倒産寸前にあった。この時生まれた相場格言が「近くの戦争は買い」である
投資家が見ている3つの「物差し」 PER・PBR・配当利回り
PER(Price Earnings Ratio):「株価収益率」
株価がEPS(1株当たり純利益)の何倍の価値になっているかを示すものだ。現在の株価が、その企業の利益に比べて、割高か割安かを判断するのに使われる指標である。このPERは成長産業では期待値が高い場合は100倍を超えることがあるが、自動車産業のような成熟産業では低くなる。
2023年4月21日現在、日産は12.2倍、いすゞは8.5倍、トヨタが10.4倍、マツダが5.3倍、スズキが11.2倍、SUBARUが7.7倍、ホンダが8.0倍、日野自が赤字、トヨタは業界トップとしてPERが10倍超え、スズキはインド市場に対する期待から11.2倍となっている。
ちなみに大手電機産業と比較してみると、日立は11.5倍、パナソニックは14.3倍、富士通は13.4倍、ソニーは17.4倍、ニデック(日本電産)は62.8倍、村田製作所は21.6倍、安川電機は28.6倍と投資家の将来の期待値が反映した数値になっている。
参考までに、日本製鉄の4.1倍、日本郵政の9.7倍、郵船の1.7倍という大型企業の実態が、日本経済の低迷を如実にをしている点も興味深い。
PBR(Price Book-value Ratio)
株価が1株当たりの純資産(BPS:Book-value PER Share)の何倍まで買われているか、すなわち1株当たり純資産の何倍の値段が付けられているかをみる投資尺度である。
現在の株価が企業の資産価値(仮に会社が活動をやめて(解散して)資産を分けた場合に株主に分配される資産(金額)であるため「解散価値」とも呼ばれる)に対して割高か割安を判断する目安として利用され、低い方が割安と判断される。
近年は解散価値である1倍割れ銘柄も多く、東証プライム市場とスタンダードに上場する全3300社に対し1800社が1倍を下回っている。この値が必ずしも底値の判断の基準とは言えなくなったが、東京証券取引所では、株価の価値を上げる為の方策を推し進めている。
面白い事例としては、米国の有名な投資家のバフェットはPBRが1倍割れしている5大商社株3年以上前に購入し現在も保有し続けている。PBRは企業の純資産の価値を評価する指標であり、バフェットは手堅く純資産が増加することを想定しているのだろう。
自動車株のPBR
トヨタは0.89倍、日産は0.37倍、マツダは0.53倍、スズキは1.11倍、SUBARUは0.71倍、いすずは0.93倍、ホンダは0.52倍、日野自は0.71倍、三菱自は0.98倍となっている。日産の0.37倍という低さが際立っているが、これは大株主のルノーの株売却意向によるものといえる。
配当利回り
配当利回りは、1株当たりの年間配当金を現在の株価を割って求める。例えば、現在の株価が1000円で、配当金が年10円であった場合、配当利回りは1%(10円÷1000円)となる。
なお、投資をする時は、年間配当の予想値で計算し、投資の判断材料とする。株価が下落すると、配当利回りは上昇する。企業が剰余金の配当を減少させるリスクはあるものの、配当金は株価上昇の値上がり益よりも確実性が高いため、配当利回りを重視する投資家も存在する。
トヨタは2023年3月期は減益の見通しであることから配当は未定としている。2022年3月期の配当148円をベースに考えると株価1802円は8.2%になる。100円まで減配しても5.5%となる。
日産の利回りは1%と非常に低いが、業績の回復次第では増配の可能性も期待出来るだろう。
いすゞは、現在までのところでは4.68%である。
ホンダは3.42%、スズキはトヨタ同様未定としている。前期は91円で利回りは1.98%となる。
SUBARUの配当は未定で、前期は56円、今期は増配予定で76円と増配が予定されている。予想通りの増配とすれば3.61%の利回りとなる。
三菱自は、2年連続の赤字で無配であったが、今期は復配の可能性があり、20円の復配とすれば、利回りは3.97%が期待出来る。
日野自は国内認証関連損失計上で赤字幅拡大で無配転落の可能性が高い。自動車業界は半導体不足や円高・円安に振れやすい状態で利益の変動幅が大きく、配当を見ている企業が多いということになる。
自動車業界の売り上げに占める海外比率 ー為替が業績へもたらす影響力ー
事業の重要なファクターとなっている自動車業界の売り上げに占める海外比率を見ていくことにする。
まず日産の海外比率は82%、いすずは65%、トヨタが80%、日野自は80%、三菱自は81%、マツダは82%、ホンダは84%、スズキは70%と、海外売り上げの比率がかなり高いのがわかる。
米国の利上げ停止が視野に入るなかでも円安圧力が根強く、2002年度の円相場は対ドルで11円ほど下落し、26年ぶりに2年連続で10円を超える円安となった。
貿易赤字の拡大で円をドルに替える需要が根強いほか、企業が海外で稼いだ外貨を円に戻す動きも乏しく、人口減少や国内産業の空洞化といった国内経済の円安基調が続く可能性がある。22年10月には一時1ドル=150円までドル高・円安が進み、自動車株など輸出株の追い風となった。
三菱自動車は6割近く上昇し、トヨタの株価は2022年11月1日には2072円の高値を付け、4月21日1802円と13.1%の下落。三菱自動車は665円の高値を付け、4月21日503円)と24.6%の下落、トヨタは今期の想定レートを1ドル=135円と、実勢よりも約5円の円安で設定しており、利益ベースでは対ドル円で1円の円高が年450億円押し下げることになる。それだけに自動車業界の業績は為替の影響力が高い業種と言える。
今後米国の金利上昇が収まると円高にブレやすい状況にあるということも覚えておくと良いだろう。
今回は株式指標の簡単な解説と、自動車業界の本丸である自動車メーカーの株価指標(投資指標)を見ていく事で、国内、国外の様々な社会的要因が株という数値に反映されるということを感じてもらえたと思う。次回は、同様に株式市場からみたEV関連市場の動向にふれてみたい。
(本記事に記載している数値・評価値は、執筆時点で株探、日本経済新聞、会社四季報ほか株式投資情報媒体に掲載されたものを参照しており、必ずしも最新の数値とは一致しない事があります)