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世の中は学びに溢れてる ②「整う」をクルマで

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世の中は学びに溢れてる ②「整う」をクルマで
(PHOTO:VOLVO)

一見関係なさそうなことでも、抽象化することで示唆を見出し、それを自分の業務に直結する具体的な学びに繋げる、という考え方を紹介する連載の第2回。今回は、近年流行しているサウナを通じた「整う」を取り上げてみたい。
TEXT:貝瀬 斉(Hitoshi KAISE:ローランド・ベルガー)

そもそも整うとは何か? 「多幸感やリフレッシュした気分」「体内の血流が良くなり、酸素が脳を駆け巡って深いリラックス状態になること」といった説明がある。これだけメディアでも「整う」が取り上げられているのは、それだけ魅せられている人が多いからであろう。では、その魅せられる状況を、クルマを通じて提供するには、どんなアプローチが考えられるだろうか? もちろん、車室内を高温にして血流を良くした上で、付属の子供用ビニールプールに飛び込んでもらい、更にドアを開けたシートで外気を感じながらリラックスしてもらうことで、サウナと同じ経験を提供するというのもあるが、ハードルはなかなか高い。なぜなら、車室を高温にするヒーター(しかも乗員の安全を担保した上で)の準備、ビニールプールへの大量の水の確保、心地よい外気を感じられる気候や風など、コスト的にも環境的にも様々な前提が成り立つ必要があるためである。

しかし、この連載のテーマは、クルマ以外の物事を抽象化して抽出したエッセンスを、クルマに落とし込むことで示唆を活かす、ということである。つまり、「整う」の意味を解釈し、クルマで「整う」を実現するにはどうすればよいか、が趣旨である。「整う」の意味に着目すると、多幸感、リフレッシュした気分、リラックス状態といったキーワードが出てくる。では、自分自身がクルマに関わる中で、多幸感やリフレッシュやリラックスを感じるのはどんな時か、考えてみよう。

(PHOTO:Mercedes-Benz)

例えば、春や秋に窓とサンルーフを全開にして夜風を感じながら海辺をドライブする、といった状況が思い浮かぶ。これを更に進化させると、心地よいシートやサスの振動、ミントの爽快な香り、シーンにフィットした音楽、走っていて気持ち良い場所、といった要素の追加が考えられる。重要なのは、それらをパッケージで提供することで、生活者の経験を誘導することである。個々の要素は、シートバイブレーションも、フレグランスも、音楽も、ルートをガイドするナビも、既に存在するもので、ADASのように今のクルマに何十万円も追加しなくても使えるものである。それを経験の提供へと昇華するためには、生活者のスケジュールや天気予報から最適なタイミングを特定し、ナビでルートを設定してドライブを提案すること、そして実際の走行時に香りや音楽をタイムリーに提供すること、走行後にそのルートやドラレコ画像を自動ファイリングして「整ったドライブ履歴」として格納して、後から振り返ったり思い出したらすぐに同じ経験ができるようにしておくこと、といったアプローチが考えられる。繰り返しになるが、このような「整う」という体験の誘導に、最先端で高度な技術を用いているわけではない。整うという価値をベースに、ありものを組み合わせることで、カスタマーエクスペリエンスを実現しているのである。

(PHOTO:Mercedes-Benz)

もうひとつ、生活者に「整う」を提供するために重要なことは、ダイレクトな伝え方、提案である。先述した通り、既存のクルマでも、生活者に整う経験を提供することは可能である。しかし、生活者は「クルマ」と「整う」という考えが繋がっていない。クルマを通じて整うことが可能であること、そのようなパッケージを用意していること、それを活用することで素晴らしくユニークな経験ができることを、生活者に直接コミュニケーションすることで、「クルマで整う」という繋ぎこみをする必要がある。

今回は、サウナという異なる領域での「整う」を抽象化して解釈し、それをクルマの領域に落とし込むことで、価値を提供するアプローチを紹介してきた。もちろん、「整う」の解釈には他にもいろいろあるだろう。クルマでの経験提供手段もまだまだあり、上述したことが唯一の解ではない。筆者が伝えたいことは、世の中で多くの人が価値と感じていること、嬉しいと思っていることに着目すれば、クルマに係る様々な業務に活かすことができる、ということである。だからこそ、「世の中は学びで溢れてる」のである。

著者
貝瀬 斉

ローランド・ベルガー パートナー。
横浜国立大学大学院工学研究科修了。
完成車メーカーを経てローランド・ベルガーに参画。その後、ベンチャー経営支援会社、外資系コンサルティングファームなどを経て復職。
​20年以上、モビリティ産業において、完成車メーカー、部品サプライヤー、総合商社、ファンド、官公庁など、多様なクライアントにサービスを提供。
未来構想づくり、コアバリュー明確化、中長期事業ロードマップ策定、新規事業創出、事業マネジメントの仕組みづくり、協業の座組み設計と具現化支援、ビジネスデューデリジェンスなど、幅広いテーマを手掛ける。
特に、クライアントと密に議論を重ねながら、生活者や社会の視点に基づき、技術を価値やビジネスに昇華するアプローチを大切にしている。

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