後編:トヨタ 4A-GEUエンジン:3Aエンジンの実力をうまく昇華させた16バルブ【兼坂弘の毒舌評論 復刻版 #5-2】
1983年からモーターファン誌で始まった「兼坂弘の毒舌評論」。いすゞ自動車の技術者を経てエンジンコンサルタントとして活躍した兼坂氏が、当時のエンジンを「愛情を込めてめった斬り」したことで人気を博した。今回は、モーターファン1984年1月号からトヨタの直列4気筒14バルブDOHCエンジン「4A-GEU」に関する記事の後半部分を転載して紹介する。
当時の時代背景や筆者、編集者の意図を尊重し、文章はすべてオリジナルのまま掲載。写真および小見出しの一部はTOPPER編集部が追加した。写真提供:トヨタ
「低速トルクが出なくて5段ミッションのお助けに」
ところで、運転がウマイと信じているガキどもを集めて、このエンジンを搭載しているトレノに試乗させたら、「このエンジンはヒッパッてもガーッと来ない」という。今はやりの言葉でいえばスパルタンでないとでもいうのかネ。T-VISを否定する発言に、「これでは日本の自動車工業に将来はない」と思ってガッカリした。
カメラやオートバイが世界一になれたのは、日本の若いユーザーが真実の評価をして、まやかしの技術商品を淘太し、若いエンジニアもそれに応えてホンマモンの技を出したので世界に評価されたからである。
自動車はカメラやオートバイのようにマニアックな商品でないので、例えば24バルブのようにメーカー指導形のムード作りで怒れる若者達をダマシ易いのは事実だが、それにしても情けないガキどもだ。
「フラットなトルク特性をもつエンジンと5段ミッションとの組合せでこの車は……」かつてこんなキャッチ・フレーズにユーザーがダマされた。
目を転じて、電車や蒸気機関車をみるとクラッチもトランスミッションもない。原動機と駆動輪と直結のままで発進も登坂も自由自在である。
それはトルクカープがフラットなのではなく、図15のように馬力一定型だからできるのである。つまり走行抵抗が増えるとトランスミッションで変速しなくとも勝手に速度が低下し、トルクが上がってくるのである。
図15では坂にさしかかるとフラットなトルクカーブの130psのエンジンは変速しないでも登れるが、4Aエンジンでは変速しなければエンストしてしまうことを示している。ロールスロイス風エンジンでは余裕シャクシャクである。もっと坂が急になっても平気である。このような “ねばり” のあるエンジンでは、ミッションは3段もあれば充分である。
5 Speedと車のケツに書き込んで誇りに思っているエンジニアは「低速トルクが出なくて5段ミッションのお助けにたよっています」と恥部を露出しているようなものだと思うが。
図15のαは加速能力を示し、電車ではDCモーターが低速トルクが高すぎるのでもっと低いモーターを研究中とか、エンジンでは低速高トルク型のほうが断然車を良く加速する。ただし、無過給エンジンでは低速トルクは排気量に比例するので、ロールスロイス風に130psのエンジンを作るには、排気量を4リッターくらいにする必要がある。ps/Lをエンジンの本質と考えていないロールスロイスでは、エンジンの馬力を公表したことはない。
図16は機械設計10月号のオレの論文『エンジンのGD2』からの引用である。驚くべきことに、大型トラックではロー発進のとき出力の75%はフライホイール(GD2)の加速に費やされ、残りのたった25%で車を加速しているのである。乗用車のこの数値は計算したことがないのでハッキリしたことはわからないがあまり変わらないと思う。
トヨタ4A-GEUエンジンはフライホイールのGD2を小さくした。だからレスポンスも良くなった。もちろん良いことではあるが、フライホイールに蓄えられるエネルギーはGD2 × W2であるから、最高出力時のエンジン速度を下げ、(馬力は変えないで)ローのギヤ比を下げれば、交差点グランプリレースで抜群の車ができる。
高速トルクを下げ、オマケに回転まで下げたら馬力はどうなんダ?勿論下がる。EFIからノレン(TOPPER編集部注:前編で解説した「暖簾」)をとった、弁も4つにした、もうこれ以上パワーのでるシカケは無過給エンジンにはない。各社に4弁が出揃った時、次のシカケとして過給しか手がない。だから過給するときはこんなホンマモンのエンジンを作った会社が生残ると思う。
何故、静かになったのか納得できない
燃費を気にしながらスポーティなクルマに乗る人もいないと思うが、このエンジンの開発のねらいは、優れた燃料経済性を得ること(ヘンな日本語だと思いませんか?)と自動車技術の9月号に書いてはある。4弁のため真中にしかプラグが置けず、それで圧縮比が9から9.4になったので、いくらか燃費が良くなるだろうということはわかる。でも燃費のことをいうのだったら、兄弟の3Aエンジンのようにバリエブル・スワールのシカケ(尊敬してます)でもつけてくれなくては困る。「達者なり」という外はない。
エミッション対策は各社同じで三元触媒にたよっている。三元触媒が働くための条件は理論空燃比(ストイキオメトリー)でなくてはならぬ。だが理論空燃比の混合気ではエンジンがかからない。始動してもエンジンが温まるまでは濃いミクスチュアーを食わせなければリキが出ない。温まっても理論空燃比ではリキが出ない。だから止むを得ず理論空燃比の1:14よりホンのわずか濃いめの1:12のミクスチュアーをエンジンに吸わせるのだ。
内燃機関の83年8月号には三元触媒用のフィードバック・キャブレターの解説が載っているが、空燃比制御論理は図20に示すようにフィードバック域だけ。この制御論理がチットも論理的でないことは図21を見ればわかる。
厳密にストイキオメトリーな混合気のときしか三元触媒は働かないのだ。だからO2センサーがコンピューターに混合気の濃さを教えて、キャブレターやEFIを7000rpmのときでもサイクル毎に計算した結果に基づいて制御するのだが、図20を見ると「止むを得ず」でクルマを走らせて、ときどきフィードバック域で制御するが、HCとCOを出しっ放しという感じがする。それでもニッサンVGエンジンはヒーター付O2センサーを使用して、少しでもフィードバック域を拡げようとしているが…。
このエンジンの開発のねらいは排出ガス規制を充分に満足する低公害エンジンということになっている。どうしてこんな規制になったのか学識未経験者の教授に聞いてみよう。
4気筒エンジンは1回転に2回上下に揺れるが、気にするほどのものではない。三菱はこれをとるバランサーを発明し、ポルシェにもこの特許を売っている(スゴイ)。
一般大衆はこの2次の慣性力は気にならないが、体中の神経を集中して、イヤミの固まりと化すれば感じないわけでもないし、それによるコモリ音も聞き分けられるはずである。ナニ、ベンツだって190エンジンはL4だ。で気にしないことにする。
図1の3Aエンジンは4カウンターウエイトで図3の4A-GEUエンジンは8カウンターウエイトのクランク・シャフトを使っているが、V6やV8のバランサーとは異なり、カウンターウエイトによってバランスは変わらない。だから、これはなくてもバランスには一向に差しつかえない。4A-GEUエンジンが8カウンターウエイトである理由は、メイン・ベアリングの荷重を減らすためだけである。
メイン・ベアリングの荷重を滅らすと、確実にいくらか音は静かになると思う。だけど、それに加えて図17のように3.5mmの厚さのペラペラのシリンダー・ブロックをリブをつけたとしても、図18に示すように静かになるとは信じられない。それにピストンはニッサンV6同様、ディーゼル式である。ディーゼル・エンジンは音を気にしてガソリン・エンジン特有の技術、オートサーミック・ピストンをいただいて音を下げているのに。エンジンを加振する音源の第1はいうまでもなくメイン・ベアリングであり、第2はピストン・スラップである。図18は自動車技術会の会誌『自動車技術』の9月号からの引用であるが、それでも信じない。
そのわけは、まず音の計算法から説明しなければならない。音の単位dBの計算は、100 + 100 = 103、103 – 100 = 100、100×10 = 110なのである。
図19によって説明すると、オイルパンその他の10個所から90dBの音を出すとすると、90×10 = 100の全体音になる。
そしてあり得ないことだが、理解し易いようにオイルパンから出る音をまったく消してしまったとすると、100 – 90 = 10ではなくて99.5となり、音の大きさはほとんど変わらない。オイルパンから吸気マニホールドまで5つの音源を全部消して、やっと97dBである。だが残りの4つの音源、その6からその9までを消して行くと急にdBが下がる。最後は93 – 90 = 90と一気に3dBも静かになってしまうのである。
だから音を静かにするのに何が一番効果的かと聞くのは愚問である。いつでも最後の対策が一番良く効くのである。
日野のV8エンジンを設計したオーストリアのエンジン研究所、AVLのティーンやアッハバッハなどはリブを付けても音は静かにならないという論文を書いている。
そこで素朴な疑問(振動論が分らないから)を持ったオレは、鉄の固まりをハンマーで叩いてみたらカーンと良く響くではないか、納得。だがオレの経験からすると、図17の位置にリブを追加すると静かにはなる。
ニッサンV6ならば、「静か」といわれても納得できるが、リブだけで静かになったとは信じてやら
ない。逆に前のエンジンが4dBもうるさいということも信じられない。
まさかトヨタのレーザー・エンジンは、ダブルパルス・レーザーホログラフィーの研究によって静かになったなどと「達者なシャレ」をいう気はないと思うが。