開く
FEATURES

前編:トヨタ 4A-GEUエンジン:3Aエンジンの実力をうまく昇華させた16バルブ【兼坂弘の毒舌評論 復刻版 #5-1】

公開日:
更新日:
前編:トヨタ 4A-GEUエンジン:3Aエンジンの実力をうまく昇華させた16バルブ【兼坂弘の毒舌評論 復刻版 #5-1】

1983年からモーターファン誌で始まった「兼坂弘の毒舌評論」。いすゞ自動車の技術者を経てエンジンコンサルタントとして活躍した兼坂氏が、当時のエンジンを「愛情を込めてめった斬り」したことで人気を博した。30年以上前に、現在のエンジン技術を予言していたかのような内容も少なくない。また、今となっては逆に新鮮な、当時のカルチャーを文章から感じることもできる。

テクノロジーの紹介だけでなく読み物としても面白いこの連載を、TOPPERでは抜粋してシリーズでお届けしている。今回はモーターファン1984年1月号から、トヨタの直列4気筒14バルブDOHCエンジン「4A-GEU」に関する記事を前編・後編の2回に分けて転載する。

当時の時代背景や筆者、編集者の意図を尊重し、文章はすべてオリジナルのまま掲載。写真および小見出しの一部はTOPPER編集部が追加した。写真提供:トヨタ

<編集部追記:4A-GEUエンジン>
そのDNAが現在まで受け継がれているトヨタの "86" = ハチロク。これは、1983年(昭和58年)に発売された「カローラ レビン」と「スプリンター トレノ」の車両形式番号であった「AE86」が起源。当時のクルマが次々とFFに移行していく中、手ごろなサイズのFRとして特にスポーツ走行愛好家にファンが多かった。

このAE86と共にデビューしたのが1.6リッター直列4気筒 DOHC 12バルブの4A-GEUエンジン。スポーツツインカム(※)として、セリカやMR2などの高性能モデルに幅広く採用された。シリンダーあたり合計5つの吸排気弁をもつ20バルブ仕様やスーパーチャージャーつき(4A-GZE)なども登場し、2002年までトヨタにおける主力エンジンのひとつとして活躍した。

なお、トヨタは2023年の東京オートサロンで水素仕様に改造した4A-GEUをAE86(スプリンター トレノ)に搭載し「AE 86 H2 Concept」として展示した。

※ 当時のトヨタは高効率を狙ったDOHCもラインナップしており、「スポーツ」に対し「ハイメカ」 ツインカムと呼んだ。

水素仕様の4A-GEU型エンジンを搭載した「スプリンター トレノ」。リトラクタブルライトが懐かしい。
同車に積まれていた水素仕様の4A-GEU。鮮やかなブルーのヘッドカバーが新鮮な印象だ。

TWIN CAM 24VALVEでヒットしたから、次はTWIN CAM 16VALVEと柳の下から2匹目のドジョウが踊り出てもオレは驚かない。

西独のMTUの前身はマイバッハ。このエンジンはなんと1シリンダーに弁が6個もついているのだ。今もヨーロッバの鉄道で活躍している、このオレの大好きなV12エンジンはトヨタ風にいえば、QUADRUPLE CAM 72VALVEということになり、おまけにターボ+アフタークールだ。

わずか16バルブ。しかも無過給のトヨタ4A-GEUエンジンは、オレ達を感動させるサムシングを持っているか?

何故6600rpmか?

一体なんで16バルブにしなければいけないのか。考えてみるまでもなく、TWIN CAM 24とボディに書き込むことによって、隣の車が遅く見える程スタイルが向上したので、4気筒エンジンにも応用しなければウソである。

ではトヨタになり変わって、16バルブ・エンジン作りの作業を進めてみよう。これまでの2T-GEUエンジンでは、DOHCではあるがチェーン駆動で、音がうるさく、コスト高で古くさい。バルブはシリンダー当たり2弁で8バルブではボディの横に書き込めるバルブ数ではない。それにボア×ストロークが85×70mm。ボアストローク比0. 83では圧縮比も9とさえない。

このエンジンの最高回転速度のポテンシャルは8500rpmであるのに8バルブのせいか、6000rpmでパワーがサチュレートして115ps、リッター当たり73psではパンチが効かない。このオールド・ファッションで146kgと鈍重なエンジンを捨て、ファッショナブルな1.6L、16バルブ・エンジンを誰にでも買える値段で作り出すのがトヨタの腕の見せ所だ。

3A-Uエンジンはカローラ系に使われていて、ナント月産10万台である。当然のことながら「多ければ安くなる」で、第一感としてこの1.5L SOHC 8バルブ・エンジンの頭だけ変えてDOHC 16バルブにできないか?ボア・アップかストローク・アップによって1.6Lにできないかと考えてみてあたりまえである。

可能ならば、憧れのレーシング・エンジンが他社のSOHCエンジン並みの値段で作れる筈である。作れたので8月にはもう1万台以上売れた。

図1の3Aエンジンの断面図を見て、ボア・アップは可能か?と考えてみると、シリンダーは完全サイアミーズド(シャム双生児風)で、シリンダー間に水の通路がない。そこでボア・アップは無理と考えて、ストローク・アップを考えてみる。

77mmストロークの1.5Lエンジンは、ストロークを82mmに伸ばせば1.6Lエンジンとなる。では早速クランクシャフト改造にとりかかろうと、図2を見るとメイン・ジャーナルとクランク・ピンとの重なり、オーバーラップが小さく、さらにクランク・ピンを外側に追い出すとオーバーラップは0になってしまう。

オーバーラップ0のクランク軸は強度が低下するばかりでなく、強さにもバラツキが多くなって折れやすい。クランク軸としてアンタッチャブルな領域である。

そこでこのオーバーラップの小さい弱いクランク軸には手を触れず、やはり何が何でもボア・アップすることになる。3Aエンジンを設計するときシリンダー間の壁の厚さは限界にまで薄くしていた筈だが、さらにボアを77.5mmから81mmに拡げると、壁の厚さをもう3.5mm薄くすることにした。これに着手するときの設計者の気持は、エンジニアやサイエンティストのそれではない。「もう少し何とかならないか」の助平根性そのものである。

助平でもかまわない。兎にも角にも出来上ったのが4Aエンジンで、その断面図(図3) をみて、シリンダー間の壁の薄さにも冷や汗を出してもらいたい。

話変わって、ピストン・スピードはディーゼル・エンジンで12m/sec、ガソリン・エンジンで20m/secが限界でもある。ピストン・スピード20m/secは100mmストロークのエンジンで6000rpmに相当し、50mmで12000rpmである。これ以上スピードを上げても、どういうわけかパワーの増加量よりもロスの増加量が増えて、パワーアップにならないのである。図4は4A-GEUエンジンの性能曲線であるが、このエンジンは6600rpmでサチュレートして最大出力となり、これ以上回転を上げてもかえってパワーダウンしていることがわかる。

ストローク77mmのエンジンは、7800rpmのときピストン・スピード20m/secになる。すなわち燃費もドライバビリティも捨ててひたすらパワーチューン・アップすれば7800rpmで最高出力となり、リッター当たり100psを超えるエンジンとはなるが、それはあくまでも職人の操るエンジンであって、先生にスパルタンであったヤングの操りうるものではない。

一方、このひ弱に見えるクランク・シャフトの強さはどうか?

4A-GEU型エンジンの性能曲線。
クランクシャフトに発生するネジレ

クランク・シャフトが爆発圧力に耐えきれず折れるということはまったくない。恐ろしいのは爆発圧力によって加振されるねじり振動の共振だ。L6よりも短く、この面で楽であるはずのこのエンジンのクランク・シャフトのねじり振動は、図5のねじり歪値に見られるように、だいたい8000rpmにおいて4次の共振点に突入しヤバイ。ねじり振動ダンパーでこのねじり歪価を低くおさえ込むワザもないわけではないが、ダンパーにしたところで1分間に32000回もプルプルやられると破損したがるので、ダンパーがやられるとクランク・シャフトまでやられてしまうので、8000rpmまでこのエンジンは回すべきではない。

最高出力時の回転数6600rpmにせざるを得なかったのだと思う。

最高出力回転数5600rpmの3A-Uエンジンは鋳鉄製のクランク・シャフトで間に合っていたが、このエンジンでは鍛鋼製にした。しかし、それでも試験の結果はヤバイ応力値を示したに違いない。そのわけは大型過給ディーゼル・エンジンでも殆んど採用されていない図6に示すようなクランク・ピンやジャーナルの高周波R焼入れをしているからである。

高周波焼入れをすると圧縮残留応力を発生する。例えば20kg/mm2の圧縮残留応力が残ると20kg/mm2の引張応力が発生しても -20 + 20 = 0となる。物が破捐するのは圧縮応力ではなく、引張応力が主原因であって、クランクシャフトのR部は引張応力の集中する所だから、大変に効果のある強度向上方法である。

ところが好事魔多し。圧縮残留応力が、場所によっていくらかムラがでて、強い方から弱い方に向けてクランク・シャフトを曲げてしまうのである。ヨーロッパやアメリカでは曲がったままのクランク・シャフトを時間をかけて研磨して仕上げるが、これでは金がかかり過ぎる。

世界最高の能率を誇るトヨタではエイ、ヤッとばかりに反対方向に曲げて曲がり直しをしてしまうのである。これではせっかくゼニを使って発生させた圧縮残留応力は消し飛んでしまう。うな丼のうなぎを捨ててメシばかり食っているような気がする。

それでも7000rpmまでしか回さないこのクランク・シャフトは、折れることもないだろう。

ここで総括すると、月産10万台の3Aエンジンのシリンダー・ブロックのボアを77.5mmから81mmと極限まで利用つくし、クランク・シャフトの強度の限界内ギリギリまでパワーチューニングした。

こうして最も安く、軽く、そしてパワフルなスポーティ・エンジン、4A-GEUを創造したトヨタの商品企画力には、まさに脱帽するのみだ。

その代わり、残念ながらスポーツ・チューンする余力がない。8000rpmでレース・トラックを疾走することは望むべくもない。果して、全開のメイン・スタンド前から第1コーナーに突入するとき、エンブレのためのシフト・ダウンによる8000rpmを越えるオーバーレブに、このクランク・シャフトはどのくらい耐えられるだろうか?

近頃では、BMWレーシング・エンジンはホンダに負けてはいるが、かつては市販エンジンをベースとしたレース・エンジンを供給していたBMWには、これによって高性能車のイメージ・アップと裏付けがある。

BMWユーザーには、レース・エンジンをデチューンしたエンジンのクルマに乗っているんだ、という誇りがある。この感激、この信頼感はホンダに満たしてもらう外はないのか!

何故16バルブか?

いつもいっているように、ガソリン・エンジンでは重さで1/14のガソリンを混ぜた空気の時間当たりの流量によって、それを燃やした時の熱エネルギーのわずか1/3が馬力に変わるのである。

だからエンジンを速く回すのもひとつの手ではある。ピストン・スピードの限界が20m/secであるならば、ストロークを短くしてオーバースケアのエンジンにすればよいわけだが、低速が安定しない、低速トルクが出ない、圧縮比を上げられないから燃費が悪いといった問題がでてくる。それに振動その他の問題で思ったほど回転が上げられない。

2T-GEUエンジンでは、ストローク70mmで6000rpmとわずか14m/secのピストン・スピードで性能が頭打ちになっている。それに対し4A-GEUエンジンではストロークを77mmに伸ばし、ピストン・スピードも17m/secにまでガンバッテ6600rpmにしたてたとは、低速トルクを上げてドライバビリティを向上し、燃費まで良くする大変に良い方法である。

だが、このエンジンからリッター当たり82ps、130psを引き出すには6600rpmにおける風通しを良くしなければならない。

調べてみよう。

このエンジンも高性能エンジンの例に違はずEFIを採用している。

ボッシュが発明し、商品化に成功したEFIは、日本ではニッサンがヂーゼル機器、トヨタはデンソーにボッシュの図面通りに作らせている。この優れた外国技術製品EFIは、ニッサンでは風通しを測るのに熱線風速計を採用して偉大な改良をした。三菱ではカルマン渦。(何という高貴な造語であろうか。5年前にボディ・サイドにカルマンEFIと書き込むベきだったのだ)

トヨタ4A-GEUエンジンではバキュームセンサー。いずれにしても、わが国得意の電子技術によって、ボッシュ・オリジナルの “風にノレン式” 風速計を排除してしまったのは見事である。

図8はATZ6月号に記載されたベンツの最新型16バルブエンジン、190EのEFIである。オレのシビレルほど大好きなベンツは今も矢印に示すノレンを使っているのである。図7に示すようにノレンを使用していないトヨタ式に比し、ボッシュの方式では2~3psのパワーロスがあると思われる。2馬力でもかまわない。なんとFEIは本家を超えて極めたのダ!!!

次はバルブ。いうまでもなく4弁のほうが2弁よりも風通しが良い。そして図9に示すように、平面に弁を並べるよりも傾斜させたほうが弁を大きくできる。そうすると、必然的に燃焼室は屋根型になってしまう。5角形(ペンタ)のこんな家の屋根をペントルーフという。だから「ペントルーフ燃焼室を採用」したのではなくて、そうなってしまうのだ。

ペントルーフの良いところは図10右に示すように、燃焼室の真中にプラグを置くことができることだ。左の2弁エンジンではプラグを真中におくことができず、燃焼距離が長くなる。ガソリン・エンジンの燃焼は、プラグから遠ざかると急激にスピードアップしてノッキングする。

ヘミスフェア燃焼室で2弁の85mmボアの2T-GEUエンジンは圧縮比が9であり、4T-GEUの兄弟エンジンの3Aはウエッジ型燃焼室でボア77.5mmと小さいにもかかわらず、やはり圧縮比は9である。これとまったく同じ技術レベルでも、4A-GEUエンジンはペントルーフのお陰で、ボア81mmでも圧縮比を9.4にまで高めることができたのである(プレミアム・ガソリンを使う輸出仕様では圧縮比10だ)。

図3を見ればおわかりのように、SOHCではカム・シャフトが邪魔で、ド真中にプラグを置くことはできない。だからカム・シャフトは吸気用と排気用とに左右に分かれてプラグ様のお通り道を開けなければならない。

これで馬力も出るし、燃費も良くなったが、これだけではリッター当たり82psは無理である。

吸気系統を調査してみよう

PICK UP