開く
FEATURES

世の中は学びに溢れてる ④ 事件は現場で起きている

公開日:
更新日:
世の中は学びに溢れてる ④ 事件は現場で起きている
(PHOTO:Shutterstock)

一見関係なさそうなことでも、抽象化することで示唆を見出し、それを自分の業務に直結する具体的な学びに繋げる、という考え方を紹介する連載の第4回。今回は、生活者を知るという原点回帰の大切さについて述べてみたい。
TEXT:貝瀬 斉(Hitoshi KAISE:ローランド・ベルガー)

先日、味の素冷凍食品が、冷凍餃子が鍋底に張り付いてしまってうまく焼けない購入者に対して、調理の際に使用しているフライパンを郵送してもらうよう募ったところ、2,000ものプライパンが集まったというニュースがあった。元々は水なし、油なしできれいに焼けることを売りにしていた餃子だが、実はうまく焼けないことがあるのを、とある購入者のツイッターのつぶやきで味の素冷凍食品が認識して、プライパンを着払いで郵送する依頼をリプライしたことがきっかけである。

そのフライパンはコーティングが剝がれていたため、大さじ1程度の油をひくか、弱火で10分蒸し焼きする(元々の説明は「中火で約5分蒸し焼き」)のいずれかで張り付きが改善できることを突き止め、公表した。その間も、同様の張り付き餃子が次々とSNSにアップされる状況を見て、より大々的に家庭での餃子の焼き方の実態を理解し、「誰でも、どんな調理でも、簡単にうまく餃子が焼ける」ことを実現すべく、うまく焼けないプライパンを募集するに至ったのである。実際、集まったフライパンは、想定以上に使い込まれたものが多く、それでもうまく焼けるための改良を数年がかりで講じていくとのこと。それに先立って、初期検証の結果として、従来の説明通りに焼いた場合、油をひいた場合、10分蒸し焼きにした場合を写真付きで公表し、郵送してもらったフライパンの活用が早速進んでいることも発信している。

これまでも味の素冷凍食品は50年に亘り、餃子を改良してきた。肉や野菜などの中身に関する改良はもちろんだが、例えば「中火とはどんな火加減か」をイラストで追加する、トレイにミシン目をつけて分割しやすくするなど、購入者に委ねられている調理工程でも積極的に工夫し、餃子を食べておいしさを実感するというカスタマージャーニーの最後まで抜かることなく突き詰めてきた。その根底にあるのは、購入者が自ら調理するシーンに対する深い理解である。なぜ中火の説明をつけたのか。それは、ガス台のメーカーやガスの種類(都市ガス、プロパンガス)により、ツマミを真ん中にしたときの火の強さが異なるためである。更にはIH調理器も増え、ますます「うちの中火は、お隣さんの中火と同じとは限らない」という状況が増えた。そこで、「中火とは、炎の先がフライパンの底に届く程度の火加減」という説明書きを加え、写真も掲載して、曖昧な中火という表現を、揺らぎがない具体的な表現に変えた。

ここから何をお伝えしたいか、鋭い方は察しがついているだろう。まさにタイトルの如く、生活者の利用実態を自ら理解しよう、そのために自ら働き掛けよう、ということである。完成車メーカーはもちろんだが、車両に組み込まれている様々な機能を提供しているサプライヤーも、そのような利用実態を直接理解することが重要である。当然、様々な利用方法を想定して、繰り返し検証することで、問題が起きないように市場投入前に十分に対策しておくことも大切である。その上で、「本当にその利用方法の想定だけでよいか?」「逆に、その利用方法は今でも想定しておくべきか?」というのが問いかけである。

例えばカーシェア。コロナ前の時点で、利用時間中の移動距離がゼロ、つまり停車状態のみで使うケースが1割近くあると聞いたことがある。車を移動するためでなく、仮眠や電話会議など、街中のクローズドな空間として利用するためである。このように、利用者は提供側が想定していなかったような使いこなし方をする。それを事前に全て洗い出しておくことは難しい。であれば、利用者との繋がりをサプライヤーも自ら持ち、どんな使い方をしているのか、なぜそういう使い方をしているのか、他にどんな使い方をしたいのか、などを常に把握できる状況にしておくことが大切である。

(PHOTO:Shutterstock)

もちろん、コネクティビティで把握できる情報は増える。但し、そのような情報は完成車メーカーが主に管理するため、サプライヤーが入手できる情報は限られるかもしれない。しかし、味の素の例は、アナログでも、むしろデジタルではわからない実態をあぶり出し、自社の製品開発に活かすことができることを示唆している。例えば、利用実態や困った瞬間を懸賞金付きで動画投稿してもらったり、アフターでの補修無償を対価に継続議論するコミュニティを設けたり、やり方は様々あるだろう。

同じような取り組みは、トイレタリーの花王でも、生活者研究センターという組織で行っている。研究員が一般家庭に継続的に訪問して、製品の使い方はもちろんのこと、くらしぶりそのものを把握することで、解決すべき課題や価値の提供余地を見出すための組織である。その歴史は古く、前身の家事科学研究所が設立されたのは1937年、実に90年近く前である。もちろん、B2C事業をやっているから、というのはあるだろう。但し、車の使い方が多様化し、思いもよらぬところに価値が見出される、逆にこれまでの価値がいつの間にか求められなくなる、という昨今、そもそもの使い方の実態把握はB2Cの完成車メーカーの仕事、という考え方自体を変える必要がある。

「生活者のことを理解しよう!」なんて言うと、「今更なにを言ってるんだ!」という声も聞こえてくる。しかし、理解するという意味は、生活者の車の使い方を深く、手触り感を持って把握し、課題の真因を突き詰め、継続的な製品進化に着実に繋げる、ということである。本当に生活者のことを理解しているか、理解しようとしているか、自問自答したり組織に投げ掛けて、具体的なアクションに繋げていってはどうか。

著者
貝瀬 斉

ローランド・ベルガー パートナー。
横浜国立大学大学院工学研究科修了。
完成車メーカーを経てローランド・ベルガーに参画。その後、ベンチャー経営支援会社、外資系コンサルティングファームなどを経て復職。
​20年以上、モビリティ産業において、完成車メーカー、部品サプライヤー、総合商社、ファンド、官公庁など、多様なクライアントにサービスを提供。
未来構想づくり、コアバリュー明確化、中長期事業ロードマップ策定、新規事業創出、事業マネジメントの仕組みづくり、協業の座組み設計と具現化支援、ビジネスデューデリジェンスなど、幅広いテーマを手掛ける。
特に、クライアントと密に議論を重ねながら、生活者や社会の視点に基づき、技術を価値やビジネスに昇華するアプローチを大切にしている。

PICK UP