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自動車メーカーの株価指標(投資指標)を投資ストラテジスト望月純夫が紐解く

投資家目線からみた自動車業界(その3)EVで世界市場に大きく出遅れたトヨタ

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自動車メーカーの株価指標(投資指標)を投資ストラテジスト望月純夫が紐解く

株価は、技術的達成度だけではなく社会実装がなされる可能性と期待度などの社会的要因によって大きく変動する。例えばロシアのウクライナ侵攻の影響でレアメタル株、そこから繋がってEVに必須のバッテリー関連市場への影響が出る、といった具合だ。本連載記事では、大変革期にある自動車業界の現状を、株価指標(投資指標)というエンジニアリングとは異なる視点から俯瞰し、今日の自動車市場から電子化、電動化技術によって拡大している周辺市場へと広げて分析、考察をしていく。

世界の自動車業界の雄のトヨタの株価が今年5月23日の大引けの取引で急落し、前日比5%安の1857円で終えた。当日トヨタの株は午後2時59分まで安定していただけに不可解な急落であった。この急落により時価総額にして約1.5兆円分消失したことになる。複数の市場参加者によれば、「アルゴリズム取引」による意図的な注文の影響では?という説が浮上する。「アルゴリズム取引」は、あらかじめ売買の注文をセットすればコンピューター分析でタイミングを判断する仕組みである。翌24日には買いを集め一時5%超「急騰」した。過去にはみずほ証券が旧ジェイコム株の注文を「61万円で1株」とすべきところ「1円で61万株」と発注する事件が起きている。

今回のケースでは、何か深刻な売り材料に気づいた投資家が先駆けて売りを出したと推測する筋もある。ただ、同社は3年連続世界新車販売で3年連続首位と前年比微減ではあるが1048万台(21年は1049万台)を販売するトップ企業である。この微減の要因は、半導体不足による生産制限を受けたことによる。2位のVWも7%減の826万台、3位に浮上した韓国の現代は3%減の685万台と落ち込みを小幅に抑え、日仏連合(日産+ルノー)を上回った。トヨタ自動車は、4月から新体制に入り、佐藤恒治新社長は電気自動車(EV)への取組を加速させ、事業構造を改革する方針を示した。米テスラはEV向けに最適化した生産ラインや車台を構築し収益力を引き上げ2022年4月~2月期の1台当たり純利益はトヨタの5倍強となり、大衆向けにEV販売を伸ばす中国EV大手のBYDも、同期間の1台当たり純利益でトヨタに迫ってきている。

トヨタ自動車(7203)の出来高推移。5月23日にトピックが発生している(出典:Google Finance https://www.google.com/finance/quote/7203:TYO?hl=ja)

トヨタのEV戦略 販売目標と投資額

トヨタは、ようやくEV向けの新しい車台で100万台規模の生産に向けて動き出した。2030年にはレクサスで100万台のEV販売、2035年には販売するすべてのレクサスをEVにする目標を掲げた。EVは単価に高い高級車として需要が高まっているが、レクサスで開発した技術をカローラなどの普及車にも展開し、2030年にはEVの350万販売体制2月14日の段階で公表した。しかし、直近の2022年のEVの販売台数を見る限り3万7000台(EVに限ると28位、シェアは0.3%)にとどまっており、131万台を販売したテスラには大きく水をあけられている。

トヨタの戦略は、米国での生産に加え、日中で生産を増やし、インドやタイなどでも新たに製造を始め世界での生産台数を2026年には100万台に引き上げるとする強気の姿勢を示している。英調査会社のLMCオートモーティブによれば、2030年の全世界EV販売台数は2022年比約5倍の3671万台になる見込みで、新車の35%がEVに置き換わることになる。トヨタの2030年のEV販売目標が350万台ということなので、EVに関しては10%弱のシェアということになる。

次に投資額からEV戦略をみていこう。世界の2030年までのEV投資額は欧米勢を含め160兆円と言われている。トヨタは5月10日に従来計画から1兆円積み増し5兆円投資することを明らかにした。世界の強豪の独フォルクスワーゲン(VW)は今後5年でEV中心に1800億ユーロ(26兆円)、米ゼネラルモーター(GM)は2020~2025年に350億ドル(4兆7000億円)を投資するとしている。トヨタのEV投資額はVWの2割程度、企業規模が比較的小さなやハイブリッド(HV)GMとは同じ水準にとどまっている。トヨタはプラグインハイブリッド車(PHV)を含めた「全方位戦略」を掲げており、EVへ全力投球するVWとは異なるものがある点にも注目しておきたい。トヨタの本業で稼ぐ現金を示す営業キャッシュフローは2023年3月で2兆9500億円と11年連続で2兆円を超えている。2021年度の営業利益の実績でみると、トヨタ1社で上場する製造業の合計(32兆円)の1割を稼ぎ出している局面もある。トヨタは26年以降年20万台規模を目指し、米国で生産する車の2割をEVにする計画で、電池の効率を改善し、航続距離を現在の2倍にする計画を上げている。

米国での市場投入は2025年以降 テスラに迫るのは厳しい?

トヨタのEV販売や次世代車の投入が米国で始まるのは2025年以降となる。テスラのEV生産2万台規模から2022年の100万台に乗せるまでには9年を要している。現地でのトヨタのEV生産は競合に比べ3年以上遅れており、テスラが達成した期間の半分のスピードで軌道に乗せる必要に迫られている。この計画の為にはケンタッキーの主力工場を改修し、2026年にも米国での20万台生産体制を確立し、併せて電池工場も新設する予定である。競合のテスラは中長期で年500万台規模の能力を確保しており、米ゼネラルモーター(GM)も2025年までに北米で年100万台の生産を目指している。さらに米フォードも2026年末までに年200万台の生産体制を整える方針である。米国の補助金制度では北米で組み立てられたEVの購入者は最大で7500ドルの税額控除を受けられる。ただ、米政府が公表した対象車リストからはトヨタや日産など日本勢は外されている。車両の組み立てだけではなく、車載電池の生産も米国内で行うことが求められており、トヨタは完成車と電池の生産拠点を整備するまで税額控除を受けられないと言うハンディキャップを負った状態での競争を強いられる。米のノースカロライナ州の電池工場は2021年に建設を発表していたが、追加投資に踏み切り、追加投資のうち、2.1億ドルは豊田通商が負担することになり、投資総額は59億ドルに達する。

トヨタに電池を供給するパナソニック傘下の電池事業会社「パナソニックエナジー」は2031年3月期の売上高を3兆円以上にする計画を公表し。3兆円は前期実績の3.1倍に相当する数値だ。また北米で3つ目のとなる電気自動車向け電池工場の建設も、今期中には方針が決まる予定となった。来期稼働するカンザス州工場の他に、新工場の建設の検討が始まっている。米自動車会社はバイデン政権が30年にEVなど電動車新車販売率を50%以上とする目標を掲げていることもあり、トヨタは大きく米国でのかじ取りを変更したことになる。

EVで日本の投資市場はどう動くのか

国内でのEV期待値 EV国内販売台数は前年度比3.1倍の7万7238台

国内では軽自動車を中心に電気自動車の普及が進み2022年度のEV国内販売台数は前年度非3.1倍の7万7238台となった。ただEVが乗用車に占める比率は2.1%(前年度0.72%)にとどまり、EV比率が2割に迫る中国や欧州には見劣りする。市場をけん引きしたのは軽自動車で前年度比48.4倍の4万1679台となった。伸びが目立ったのは22年6月に三菱自動車と共同開発した初の軽EV「サクラ」で、航続距離は日産EV「リーフ」に比べて100キロ以上短いが、その分一般的なEV車両コストの3分の1を占めるとされるリチウムイオンの搭載量を減らし、コストを抑えている。国内メーカーの販売台数は、「サクラ」がトップの3万3097台、2位は日産「リーフ」で1万2751台、3位が三菱自の軽EV「eKクロスEV」で7657台である。輸入車のEV比率も高まり、2022年度の国内販売台数は前年同期比64%増の1万6430台となり、テスラやBYD、アウディなどが高価格帯を展開している。少なくともハイブリッド以外のEV市場ではトヨタの存在感はまだ薄いと言えるだろう。

JPXプライム150から外れたトヨタ

1990年のバブル崩壊以降、33年ぶりに株高で沸く日本。今年の夏以降、更に上値を更新する可能性が強い。東京証券取引所を傘下に持つ日本取引所グループ(JPX)が新たに導入する「JPXプライム150」(※)の算出が7月3日に始まった。これが引き金になりそうだ。新指数は、東証プライムに上場する企業の内、資本効率の高い150社を選んだものである。

【JPXプライム150指数】出展:https://www.jpx.co.jp/markets/indices/jpx-prime150/index.html
東証プライム市場に上場する時価総額上位銘柄を対象に、財務実績に基づく「資本収益性」と将来情報や非財務情報も織り込まれた「市場評価」という、価値創造を測る二つの観点から選定した銘柄を「価値創造が推定される我が国を代表する企業」と位置付け、これらの銘柄により構成する新たな株価指数「JPXプライム150指数」を開発しました。
なお、上記のうち「資本収益性」については、ROE(株主資本利益率)と株主資本コスト(投資者の期待リターン)の差である「エクイティ・スプレッド」を、「市場評価」については株価をBPS(1株当たり純資産)で割った「PBR」を指標としてそれぞれ採用します。

構成銘柄の上位には、指数のウエートが高い銘柄が並び、1位はソニー(ウエート5.6%)、2位はキーエンス(同4.2%)、3位はNTT(同3.3%)、4位が第一三共(同2.6%)、第5位が武田薬品(同2.6%)、6位が日立(同2.4%)、第7位が任天堂(同2.3%)、第8位が東京エレクトロン(同2.2%9,第9位がKDDI(同2.1%)、HOYA(同2.1%)となっている。
一方、株式時価総額で日本のトップのトヨタや、日本金融システムの中枢である三菱UFJFG、三井住友FG、みずほFGが採用されていない。疑問を解くカギは「資本収益性」と「市場評価」である。前者の「資本収益性は株主資本利益率(ROE)」株主資本コスト(投資家が期待するリターン)の差」に、後者は株価純資産場率(PBR:株価が割安か割高かを判断するための指標。株価純資産倍率(Price Book-value Ratio))にある。トヨタは、2023年3月期間で2兆4513億円の純利益を稼ぎ出し、日本の企業のトップであるが、PBRは1.05倍(6月12日)と東証の求めるPBR1倍をギリギリ超えている状態で、3メガバンクはPBRは0.5から0.6倍台と低い水準で推移している。今回のような株高局面では、精鋭企業を集めた株価指数にプレミアムが付きやすく、日経平均株価やTOPIX(東証株価指数)だと、PER(株価収益率)だと、PER(株価収益率)で15倍程度が限界であるが、プライム150であればPER25倍まで買われてもおかしくない。その上で「プラム150が上昇すれば、日経平均とTOPIXが追随しやすく、バリュエーション(株価の評価尺度)に格差が生じることで、割安な銘柄に買いが入る裁定が働く」と一部のアナリストは指摘している。今年3月31日に、東証がPBR1倍割れの是正を求める異例の呼びかけをしたことで、日本の株式市場は大きな転機を迎えていると言える。

【JPXプライム150指数】構成銘柄一覧 (2023年5月26日時点)

「海外投資家からみて、日本株を買う際に問題になることが二つあった。ガバナンス(企業統治)のあり方と資本効率の低さであった」世界の市場で見ると「日本のPBRは1倍、欧州が2倍、米が3倍」で、日本企業は資本効率を重視していないと見られている。21年度にようやくアベノミクスの肝いりで企業改革が始まり、スチュワードシップ・コード(企業投資家の行動指針とコーポレートガバナンス・コード(企業統治の指針が始まった。21年6月改正で、プライ未上場企業を対象に独立社外取締役の3分の1以上の選任や、管理職における人材の多用性(女性や外国人などの登用)などを求めている。因みにトヨタの女性取締役は1名、監査役が1名である。日本を代表するトヨタといえども、新指数から外されたこと(荒療治と言っていいだろう)の意味をしっかりと受け止める必要がある。

新たにトヨタは、2027年に充電10分で1200キロ走行できる全固体電池を搭載した電気自動車(EV)を投入する発表を行った。ただ製造コストはリチウムイオン電池の4~25倍と想定できることから、高級車に限定した形で始まることになろう。全個体電池EVのインパクトが今後の市場にどれだけ影響を与えるのかに引き続き注目していこう。







次回は、BYD・タタ等、海外市場で大躍進中の新興EV企業の急浮上について分析をしていく。

著者
望月純夫
投資ストラテジスト/NPO法人ICAS専務理事

山一證券、新日本証券(現みずほ証券)国際部パリ駐在員事務所長を経て、投資コンサルタント・株式評論家として独立。1997年に日本の投資クラブ第1号を設立し、2000年には日本で初めての投資クラブ設立・運営をサポートするNPO法人ICAS(イカス: Investment Clubs Administrative Support)の活動をスタートする。現在ラジオ日経「株式宅配便」に出演中 (月2回:第2・第4火曜日)、サンケイ新聞「ビジネス」欄に株情報記事連載など、投資と株の戦略と楽しみ方を伝えている。主な著書に『アメリカの投資クラブ流・株式投資塾』『株をやさしく教えてくれる本』など。

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