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TECHNOLOGY

MTにADASを組み合わせる難しさ[スバル・BRZ-MTのアイサイト]

運転する楽しさは安全があってこそ味わえるもの

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MTにADASを組み合わせる難しさ[スバル・BRZ-MTのアイサイト]
マイナーチェンジでスバルはBRZのMT仕様にもアイサイトを搭載した。

2023年9月にスバルはBRZをマイナーチェンジした。MT仕様を好むユーザーからも、アイサイト搭載の要望が多かったというのは時代の流れだろうか。ブレンボ製ブレーキとの最適化や、ACC使用時の再加速に要するタイムラグを0.7秒まで縮めるなど様々な開発が行われた。その根底にあるのは、「運転する楽しさは、安心・安全が基盤にあってこそ味わえるものであり、それを支えるのがADAS」と位置付けるスバルの哲学のようだ。

衝突被害軽減ブレーキの義務化(※)に伴い、MT車でもADASを装備するクルマが増えてきた。スバルBRZ とトヨタGR86にも、2023年9月のマイナーチェンジを機に6MT車に“アイサイト”が標準装備化された(6AT車は現行ZD8型の発売当初から搭載済み)。その開発経緯を、スバルADAS開発部で初代アイサイトからシステム設計を担当している大郷道夫氏に伺った。

ユーザーの要望に応えたMTへのアイサイト搭載

--:BRZ(& GR86)は2021年7月発売の継続生産車なので、法規適用にはまだ2年余の猶予がある。なぜ前倒ししてアイサイトを搭載したのか。

大郷道夫氏(以下、敬称略):BRZは当初、AT車にしかアイサイトを搭載していませんでしたが、発売して間も無く、お客様から「MT車にも搭載してほしい」という声が寄せられました。社内でも「着けるべきだ」という意見が大きくなってきました。トヨタさんも同じ見解でしたので、前倒しして搭載することにしました。

スバルは2030年までに「スバル車の関わる交通死亡事故ゼロ」を目標に掲げている。対応可能な技術は、法規を待たずに投入していくのが基本姿勢だ。

--:BRZのMT車となると、「必要ない」と考えるユーザーが多くはなかったか。

大郷:ご家族が運転される際の安全性を気にするお客様が少なくなくないのです。実際に、「MT車にAEB(衝突被害軽減ブレーキ)が付いていれば買いたいのに」という声が、お客様相談室やディーラーに寄せられていました。SNSにも、そうした声は多く見られます。また、社内にもBRZでサーキット走行を楽しんでいるユーザーが多いのですが、「帰りの高速でACC(アダプティブクルーズコントロール)が使えたらいいよね」という要望も多くありました。

MT仕様ユーザーにもADASが求められていたという。

衝突“回避”や停止保持へのこだわり

--:MT車にアイサイトを採用するのは初めてだが、技術的な難しさはなかったか。

大郷:まずAEBですが、MTの場合はクラッチを自動で切ることができません。クルマが停止するとエンストしてしまい、オルタネーターから電力が供給できなくなります。オルタネーターからの電力供給が止まると、アイサイトに限らずECU類は停止するようになっています。したがって、ブレーキ制御もできなくなってしまいます。

MTへのAEB搭載にあたっては、エンストした後も鉛電池から電気を供給できるよう、アイサイトやブレーキユニットのソフトウェア変更を行いました。これは自部署だけで完結する話ではないので、調整にはいろいろと苦労しました。

--:AEBが作動してもクラッチはつながっているため、エンジンはタイヤに引きずられて回っている。ならば車速がゼロになるまではオルタネーターも回っており、クルマが停止するところまでは制御が継続できるのではないか?

大郷:実際には車速がゼロになる直前に、タイヤをロックさせてクルマを止めます。その段階でエンストしてしまい、完全に停止する前にブレーキ制御をやめてしまうのです。また、停止できたとしても、そのあとでクルマが動いてぶつかってしまうこともあり得ます。クルマが停止した後も、数秒間は停止を保持するようにしています。

著者
安藤 眞
テクニカルライター

大学卒業後、国産自動車メーカーのシャシー設計部門に勤務。英国スポーツカーメーカーとの共同プロジェクトや、SUVの電子制御油空圧サスペンションなどを担当した後、約5年で退職する。その後しばらくはクルマから離れ、建具屋の修行や地域新聞記者、アウトドアライター兼カメラマンをしていたが、気付いたら自動車技術解説の仕事がもっとも多くなっていた。道路交通法第38条の認知度を高める会会長(会員は本人のみ)。

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