ホログラフィ技術、フォードとヒョンデがAR-HUDや透明ディスプレイに採用へ、次世代内装としても注目[FOURIN通信]
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1980年創業、自動車産業調査のパイオニア・FOURIN社が刊行する自動車調査月報より、今後の自動車業界を読み解く特別寄稿。
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SF映画でお馴染みのホログラフィ技術の車載化が始まりつつある。この技術を応用し、回析や波長選択性などの光学特性を持つ透明フィルム(ホログラフィックフィルム、以下フィルム)をフォードとヒョンデがAR-HUDとフロントガラスのディスプレイに採用しようとしている。
AR-HUDは表示情報が増加傾向にあり、広角遠方表示が求められているが、それにはシステムの大型化が伴う。フィルムは微小光学素子を備えるため、光学システムに採用されれば、光学部品の削減に貢献できるため、AR-HUDはフィルムに最適な用途と言える。
ホログラムは複製が難しく、フィルム量産化の障壁であったため、AR-HUDでは類似技術の計算機合成ホログラム(CGH)の採用が先行しているが、CGHは画像再生に高精細高速ディスプレイが必要な上、既存ディスプレイ方式を採用し、小型化・広画角化に限界がある。
フィルムに関する特許を持つZeiss(ドイツ)は、フィルムの光学特性と透明かつフレキシブルな形状を活用した、大型透明ディスプレイ、必要な時に呼び出せる3D空中スイッチ、内外装用3D照明、見えないカメラ・Holocamなどを次世代モビリティの内装として提案している。
ホログラフィ技術の概要
ホログラフィとホログラム
ホログラフィとは光の干渉を利用して光の振幅(強さ)・波長(色)・位相(光が来た方向)の3つの情報を干渉縞(1μm以下のピッチの明暗パターン)として記録し、物体をどこから見ても立体映像として再現する技術。錯視を利用した3D映像技術と異なり、偏向フィルタが不要で、目も疲れない。
ホログラムとは高感度・高解像度の記録媒体(ハロゲン化銀などの感光材)に干渉縞を記録したものを指す。暗室でレーザー光をふたつの方向に分割、一方を被写体に反射させた物体光として、一方を参照光として、記録媒体の上で重ね合わせると、位相の情報を含む干渉縞が発生し、記録される。被写体の除去後、ホログラムに参照光と同一条件の光を当てると回折光が観察され、3D像を見ることができる。
被写体は実在する静物が対象。物体、記録材料、光学部品の位置、入射角度などは手作業で調節する。
計算機合成ホログラム:CGH
ホログラフィにデジタル技術を導入することで、干渉縞の記録ではなく、コンピュータで被写体(仮想物体も含む)からの物体光・参照光の伝搬を計算し、ホログラムをシミュレーションしたものが計算機合成ホログラム(CGH)という手法である。十分なサイズと視域を備えるCGHの作成には、莫大な解像度が必要なため、効率的な計算手法が不可欠。例えば、自然な奥行感を出すには重なり部分の消去も必要になるなど、精度を高めようとするための計算時間が長くなる。
SeeReal(スイス)は、人間が立体画像を認識している時、実際の視覚範囲はその全体ではなく一部であることに着目。観察者の視点を追跡し、視線に合わせてホログラムを計算することで、計算量を削減している。
ホログラフィック光学素子:HOE
CGHで設計し、電子ビーム描画したフォトマスクを用いて、フォトリソグラフィで微細な干渉縞を記録媒体表面に描くことで、HOEのホログラム:原版ができる。ホログラムの複製には、原版を別の記録媒体の表面に蒸着する、原版の金型を押し付ける(エンボス)、光学的手法などがある。なお、体積型ホログラムは表面だけでなく内部にも干渉縞が記録されているため、光学的記録手法でしか複製ができない。
ホログラムはその波長選択性によって、同じ領域に複数の記録があっても、選択的に再生できる。この利点を活かしたのが体積型ホログラムである。体積型は、入射光を無駄なく使用できる回折効率に優れることに加え、RBGの3色の多重記録ができることで、単色表示しかできないという従来のホログラムの欠点も解消できる。
体積型ホログラムは、以下のようにして作成する。ベースフィルム上の感光性樹脂層に原版のフォトマスクを積層し、マスク側からレーザー照射すると、原版で回析された光(物体光)と入射光(参照光)による干渉縞が樹脂層に記録される。これは、干渉光の強度分布に応じた感光性樹脂の非可逆な光重合や分子の移動によって、材料内の屈折率分布が変化することを利用している。感光性樹脂の重合反応は吸収された1個の光子に対して連鎖的に起きるため、記録感度も高い。
ホログラフィックフィルムのAR-HUDへの搭載動向
ホログラフィックフィルム
ホログラフィック光学素子(HOE)を備える透明フィルム。HOEとはホログラフィ技術の応用のひとつで、ホログラムを光学素子(鏡やレンズなど)のように使い、入射角度に応じて特定波長を選択的に回折させ、残りを透過させることや、他の光学特性を付与することもできる。
このような特性を持つ透明フィルムの車載用途として、AR-HUDがある。AR-HUDは、従来HUDにナビや危険喚起、POIなどの情報をドライバーが見ている風景に遅延なく重ね合わせる。そのため、より幅広い視野角(FOV)と表示の遠方化が必要だが、次の課題がある。
① フロントガラスの表面反射と裏面反射による二重像の発生
② 表示視認性と前景視認性の両立
③ 目から表示までの距離(VID)延長とシステム小型化の両立
VIDが近いと、表示を読み取る際、視線を下げ、短距離に焦点を合わせようとし、運転安全上のリスクや眼精疲労が高まる。一般的にAR HUDではVIDは10m/FOVは10度とされているが、理想では20m/20度とされる。