エンジン開発最新動向、BMWやポルシェ等が副燃焼室:プレチャンバーの課題克服に向けたさまざまな手法を考案[FOURIN通信]
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ここ数年の自動車業界ではBEV化の話題ばかりが注目されてきたが、自動車メーカーの多くはこの間もエンジンの先行技術開発を継続している。2023~2024年に各国で公開された特許を見ると、副燃焼室が次世代エンジンの開発焦点のひとつであることがわかる。
副室で混合気に点火し、主室に火炎ジェットを放出する副燃焼室:プレチャンバーは体積点火の実現に寄与し、高圧縮比化と耐ノック性を両立できるという利点を有する。
副燃焼室は2014年からレース車両で使われ、2022年にはマセラティが量産車向けガソリンエンジンNettunoに採用した。しかし、Nettunoは主室にサブ点火プラグを備えており、部分負荷時に燃焼が不安定になるという副燃焼室の課題を克服しきれていない。副燃焼室には、副室の掃気や、壁面での冷却損失、部材過熱による異常燃焼などの課題も残る。これらの課題の解決に向け、さまざまなシステムが考案されている。
理想的な火炎ジェットを形成するには副室の容積に制約がある。そこでポルシェは複数の副室を多段的に構成することにより、火炎ジェットの勢いを保ったまま主室の広範囲に点火する仕組みを考案した。
副室内にある点火プラグが過熱すると、そこがホットスポットとなり早期着火や自着火などの異常燃焼の原因になる。これを克服するために、トヨタは副室の内壁と外壁を熱伝導率の異なる素材にする手法を考案した。また、同じ課題に対して、BMWはねじ構造により点火電極と接地電極を分離する構造を考案した。
スバルはコールドスタート時に副室の壁面に燃料が付着する課題を解決するために、副室内にエアインジェクターを設置する手法を考案した。
これらの特許技術がそのまま量産化される可能性は低いものの、一部の自動車メーカーがエンジンの先行技術開発を続けていることの証でもある。
副燃焼室(プレチャンバー)の概要
点火プラグの先端にキャップ(穴のあいた隔壁)を被せ、主燃焼室と隔てた燃焼室を形成する。この隔てられた燃焼室を副燃焼室と呼ぶ。副燃焼室にはアクティブ式とパッシブ式の2種類がある。
アクティブ式::副室内に専用の燃料噴射弁(もしくは混合気噴射弁)を持つ。高い熱効率と運転状況に合わせた運用を可能にするが、高コストでシステムは複雑になる。
パッシブ式:圧縮行程時に主室の混合気を副室に送り込む方式。アクティブ式に比べて低コストである。
副室の穴から火炎ジェットを主室に放出することで、強い乱流場と複雑な火炎面を形成し、体積点火(燃焼期間短縮)を実現するのがプレチャンバーのねらい。高圧縮比化と耐ノック性を両立する。
一方で、副室の掃気が難しい(特に部分負荷時)、火炎が壁面に衝突し冷却損失が増加する、副室部材の過熱により異常燃焼を招く恐れがある、ジェット火炎による急速燃焼は高周波ノイズを増大させる——などの課題がある。
副燃焼室(プレチャンバー)の開発動向
副燃焼室の開発略史
1972年にホンダがCVCCエンジンで初めて副燃焼室を量産化した。当時の米国で導入された通称マスキー法による排ガス規制に対応するためのものであった。2014年にはメルセデス・ベンツがF1でマーレのパッシブ式副燃焼室(MJI)を採用。以降、多くの自動車メーカーがさまざまなカテゴリーのレースで副燃焼室を採用している。各社は量産車向けの副燃焼室も開発している。
量産車への適用例としては、マセラティが2020年7月に発表した3.0L V6ガソリンエンジンNettunoにパッシブ式副燃焼室が備わる。このエンジンは同年9月発売のスポーツカーMC20に搭載された。もっとも、Nettunoは部分負荷時の副燃焼室の課題を克服しきれておらず、サブ点火プラグが備わっている。
・ メイン点火プラグ:副室内にある。圧縮行程で副室に充填された混合気に点火する。
・ サブ点火プラグ:主室内にある。低中負荷の燃焼不安定な時に、主室の混合気に点火する。
副燃焼室の課題とその克服に向けた開発
フォルクスワーゲン(VW)は、パッシブ式副燃焼室プロトタイプを2019年に欧州で開かれた技術会で発表した。VWによると、パッシブ式副燃焼室は高出力時には最大4%の燃費改善効果が確認されるが、低中負荷領域も含めた作動域全体では壁面の冷却損失の影響で効果がほとんどないかマイナスになる。そのため、高負荷域を常用しない一般車の場合、ハイブリッド専用エンジンとの組み合わせがベターとなる。
また、2020年に公開されたトヨタの特許(US 2020/0165962)によると、パッシブ式副燃焼室では、高負荷時に副室先端部の温度が非常に高くなり、それ自体が熱源になる。これは主室での自着火や早期着火の原因となる。対策としてトヨタは、内壁の熱伝導率を外壁よりも高くする手法を考案した。例えば、副室の内壁を熱伝導率の高い金属、外壁を熱伝導率の低いセラミックで作る手法である。具体的には、内壁の金属が先端部の熱をシリンダーヘッド側に逃がし、外壁のセラミックが主室の燃焼温度を副室内部にできるだけ伝えないようにする。
ホンダは副燃焼室の高周波燃焼ノイズの解析手法について、2022~2023年の自動車技術会で発表している。中国・第一汽車(FAW)はエンジニアリング会社のIAVと共同でアクティブ式副燃焼室コンセプトを開発し、2023年の欧州技術会で発表した。ハイブリッド専用エンジンとして高EGR率を保ちながら広範囲でλ=1を実現し、正味熱効率(BTE)45%を達成したとしている。
最近の副燃焼室関連の特許(主要自動車メーカー出願で2023~2024年に公開されたものから抜粋)
ポルシェ、多段構造の副室
【課題】一般に副室の容積は、ピストンが上死点にあるときの主室容積の約2~5%に相当する。副室の容積が小さいため、副室内での混合気点火による燃焼加速効果は燃焼プロセスの初期段階(総燃焼時間の約0~10%)に限定される。理想的な火炎ジェットを形成するには、開口部直径と副室容積の比率に一定の制限があり、副室をただ単に大きくするだけでは、燃焼加速効果が得られない。
【特許技術】ポルシェは副室を複数持つ構造を考案した(特許番号:DE102022109745B3)。通常の副室に相当する第一副室があり、その外側を覆うように第二副室、さらにその外側に第三~n副室を設ける。火炎ジェットの勢いを保ったまま、主室の広い範囲に体積点火できる。
BMW、点火電極と接地電極を構造分離した副燃焼室
【課題】副室から高速で吹き出す火炎ジェットにより、主室の燃焼速度を従来エンジン比で2倍以上にできる。燃料リッチにすることなく、高い出力密度を達成できる。副室と点火プラグを一体化した構造が開発されているが、この構造では副室内のプラグが過度に高温になり、プレイグニッション(早期着火)やノッキング(自着火)などの異常燃焼のリスクが高まる。特に副室の容積が大きい場合、点火プラグの接地電極(アース電極)が過熱する傾向にある。このため、一体構造の場合、副室の容積が熱的に制限される。
【特許技術】BMWは点火電極と接地電極を構造的に分離する構造を考案した(DE102023105825B3)。接地電極をシリンダーヘッドと構造的に一体化し、点火電極をそれらとは独立させる。点火プラグと点火プラグハウジング、シリンダーヘッドは互いにねじ構造により接続される。点火電極は点火プラグハウジングにねじ込まれ、接地電極も点火プラグハウジングによって支持されるが、点火電極と接地電極の直接的な接続はこの部分に限定される。点火プラグハウジングがシリンダーヘッドにねじ込まれることにより、接地電極からハウジングへ、ハウジングからシリンダーヘッドへ有効に熱を伝達でき、接地電極の過熱を回避できる。その上で図の第1部と第2部の材料を変え、第1部の材料には熱伝導率の低いニッケル合金(例えばインコネル)、第2部の材料には熱伝導率の高い銅合金を用いる。第3部の残留ガス室は混合気の濃縮に寄与する。
スバル、エアインジェクター付き副室
【課題】エンジンのコールドスタート時には触媒を暖機するために点火時期を遅らせる(リタード)戦略がしばしばとられる。ただし、燃焼室の壁が冷えているため、追加燃料が付着しやすくなるという課題がある。
【特許技術】 スバルはこの課題を解決する副燃焼室を考案した(特開2024-050166/US20240110530A1)。このシステムでは副室内に空気を噴射するエアインジェクターが備わっており、圧縮行程中に空気が副室に噴射される。噴射された空気はドーム型の副室内で旋回効果を生み出し、壁面に空気の保護層を作り、燃料の付着を防ぐ。燃焼室内が暖まった後は、エアインジェクターは作動しない。
FOURIN世界自動車技術調査月報(https://www.fourin.jp/monthly/tech_repo.html)