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熱効率は50%オーバー。水素エンジンの出力と効率を高める 〜Westport Fuel Systems〜【水素という選択肢 Vol. 4】

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熱効率は50%オーバー。水素エンジンの出力と効率を高める 〜Westport Fuel Systems〜【水素という選択肢 Vol. 4】

出力を稼ぎづらいとされる水素エンジンのパフォーマンスを大幅に向上させる技術が登場した。すでに50%超という熱効率をも実現しているこの技術、カギとなるのはユニークな構造をもつ直噴インジェクターだ。

CO2排出量削減に向けて、BEV以外の選択肢にも注目が集まるようになってきた。その1つが水素を燃料に使用するICEだ。水素エンジンについて、Motor Fan illustrated 200号(2023年6月)から抜粋して紹介する。<情報は当時のもの>

TEXT:髙橋一平(Ippey Takahashi)
Photo:MFi FIGURE:Westport Fuel Systems

2035年のパワートレーン構成を占ううえで、忘れてはならない存在が、水素を燃料として用いるという水素燃焼エンジンだ。文字通り水素の燃焼に伴なう熱を利用するというものだが、燃料として用いられる水素には、当然ながら炭素が一切含まれていないため、基本的に環境規制で問題になるCO2の排出を伴わずに運転することができる。EVに偏った論調が“猛威”をふるうなか、“燃やす”という行為に“後ろめたさ”を感じるかもしれないが、燃焼イコール“悪”というわけではないのである。

そして現在、この水素燃焼エンジンは、長距離を移動する大型トラック向けの技術として注目を集めている。莫大なまでのエネルギーを必要とする大型トラックでは、EV化に必要となるバッテリーが巨大なものになるうえ、充電にかかる時間も相当なものになってしまうなど、そのハードルがパッセンジャーカーよりもはるかに高いものになってしまう。単刀直入にいえば、大型トラックのEV化は現実的ではないのだ。

では水素といえば、日本国内ではFCEVがその代名詞(水素エネルギー車の)にもなっているわけだが、こちらには(大型トラックのFCEV化には)コストという要素がのしかかってくる。それは、すでに発売されているFCEVが決して安価とはいえないことをみればわかるはず。国内でも近年問題になっているように、物流、とくに陸上輸送の世界はシビアなのである。それでも、同じ水素を利用するということで、水素燃焼エンジンにおいて最大のライバルとされるのはやはりFCEVだ。

水素を車載するためには、現在のところFCEVと同様に高圧タンクに収めるしかなく、それなりにスペースが必要となるうえ、搭載量にも限界がある。エネルギー効率で優れるFCEVのほうが、限られた燃料(水素)で、より遠くまで走行することができることになる(つまり、より長い航続距離を確保できる)わけだが、そういった利点をもってしても、少なくとも欧州を中心とした海外では、大型トラックのカーボンニュートラル化に向けた取り組みは、やはり水素燃焼エンジンのほうに傾いていると思って良さそうだ。

ボルボのトレーラーヘッド、FH型をベースに、HPDIシステムを用いて水素燃料化された車両。ページ上側の写真はそのエンジン(13ℓ/6気筒のターボディーゼル)。すでに北米と欧州において、公道での実証実験が進められている。

今回、話を伺ったカナダのWestport Fuel Syetems(以下Westport)は、この水素燃焼エンジンを手がけている企業。もともと、燃料システムを得意とするエンジニアリング会社であり、水素噴射用のインジェクターをはじめとする、燃料システムのコンポーネントを自社開発、生産まで手掛けるというティア1サプライヤーでもある。同社の水素燃焼エンジンは、大型トラックのディーゼルエンジンをベースとするもので、H2 HPDI(Hydrogen High Pressure Direct Injection=水素高圧直接噴射)と呼ばれる、独自の燃料システムが用いられている。

この燃料システムは、その名称が示すとおり、30MPa(300bar)という高圧で、シリンダー内(筒内)に直接水素を噴射するというもので、興味深いのがその構造だ。水素に加えて軽油も扱うのだが、ふたつの要素、つまり2本のインジェクターとしての機能を1本にまとめているのである。これを聞くと“バイフューエルか?”と思うかもしれない。筆者も実際、最初はそのように勘違いしたのだが、じつは違う。軽油は点火用に使用するものなのだ。

H2 HPDIシステムにおける最大の特徴が、軽油と水素、二種類の燃料を同時に扱うことのできるインジェクター。いわば2本分の機能を1本にまとめたものだが、ニードルバルブを独自の二重構造とすることで、ディーゼル用インジェクターとほぼ同等のサイズを実現。既存のディーゼルエンジンの構造はそのままに、ほぼボルトオンで取り付けが可能だ。
水素は軽油とは異なり基本的に圧縮熱では自己着火を起こさない。そのため、最初にわずかな量の軽油を噴射(パイロット噴射)、燃焼させることで種火を形成することが必要となる。そこに水素を噴射すると種火に引火するかたちでメインの燃焼(ディーゼルと同様の拡散燃焼)が始まるという仕組みだ。
H2 HPDIシステムにより水素燃料化したエンジン(トップ画像)と、そのベースとなった13ℓ/6気筒のターボディーゼルのトルクと出力を比較したもの(赤:水素、青:ディーゼル)。ともにベースのディーゼルを大きく上回っていることがわかる。高圧の筒内直噴により、シリンダー内に十分な量の水素と空気が送り込めるということが大きく効いた結果だ。

水素燃焼エンジンのメリットは、FCEVに比べてコストを低く抑えられることだ。同社もH2 HPDIを用いる水素燃焼エンジンの利点として、投資金額に対しCO2削減効果が高いことを挙げている。もちろん比較対象はFCEVである。そこで、ディーゼルエンジン、あるいはそれを搭載する大型トラックをベースに、水素燃料に対応するようコンバージョンを施して、水素燃焼エンジン化する。これは同社に限ったハナシではなく、先にも述べたように欧州をはじめとした諸外国で、大型トラック向けの水素燃焼エンジンに注目が集まる理由もある。大型トラックにおける水素燃焼エンジンは、ほかにもエンジニアリング会社やサプライヤー、あるいはOEMなどが手がけているのだが、そこで用いられる手法は、やはりWestportと同様のディーゼルエンジンをベースとするコンバージョンだ。

イラストは6気筒分のフューエルデリバリーを示すもの。
著者
Motor Fan illustrated

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