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世の中は学びに溢れてる ③ ずらした嬉しさ

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世の中は学びに溢れてる ③ ずらした嬉しさ
(PHOTO:Shutterstock)

一見関係なさそうなことでも、抽象化することで示唆を見出し、それを自動車に係る自分の仕事や趣味に直結する具体的な学びに繋げる、という考え方を紹介する連載の第3回。今回は、嬉しさの多面性と奥深さについて考えてみたい。
TEXT:貝瀬 斉(Hitoshi KAISE:ローランド・ベルガー)

先日テレビ番組の新商品紹介で、炊飯器を取り上げていた。何が新しいかというと、米びつと給水タンクを備えて、文字通り全自動で炊飯ができる点である。筆者も1年ほど前に炊飯器を買い替えに家電量販店に行ったが、どれも基本は「おいしさ」の訴求であった。もちろん、その中にも「冷凍してもおいしい」「3日保温してもおいしい」「古米でもおいしい」など、さまざまな切り口があるのだが、大きく括れば「おいしい」という価値である。一方で、上述の新商品の価値は、おいしさとは全く異なる、「手間が省ける」「融通が利く」というものである。

もう少し具体的なシーンに分解すると、「手間が省ける」というのは、「水加減を調整する必要がない」「浸水時間も加味して洗米タイミングを調整する必要がない」「炊きあがり時間から逆算したタイミングで炊飯ボタンを押す必要がない」といった嬉しさがある。「融通が利く」というのは、「急に外食から自炊に変えたが帰宅時にちょうど炊けているので待たずに済む」「外出前に洗米してタイマーセットしたが外食で炊飯をやめた時でもお米が無駄にならない」といった嬉しさがある。おいしいという価値は、試食しないと実感が湧きにくい。一方で、手間が省ける、融通が利くという価値は、生活者が自分の生活に組み込んで想像することで、その嬉しさを理解しやすい。

ここから得られる示唆は何か。①本質からずらした嬉しさを発掘する、②ピンポイントでも具体的でイメージしやすい嬉しさを訴求する、ということである。車に置き換えて考えてみよう。車を積極的に選ぶ理由だけでなく、車を消去法的に選ぶ理由、つまり車以外に対するストレスを考えてみるのも一案だろう。子供が小さいうちは、公共交通機関を利用する際、「子供が泣いて迷惑をかけるから」「ベビーカーの置き場所が見つけにくいから」といったストレスがある。そのストレスがないという理由で、車での移動を選ぶ人もいるだろう。では、そのような人に徹底的に寄り添って、関連する嬉しさを多重的に提供することもありえるのではないか。「小さい子供がいて周りを気にする人」をターゲットに絞ることで、フットセンサー付きスライドドア、防汚シートといった既存機能から、置き去り防止モニタリングやアクティブスモークガラス(授乳やおむつ替えの車外からの視線遮断)、液体温度調整装備(ミルクの温度調節)など新規機能まで、様々な価値提供の手段が考えられる。

重要なのは、これらが一連のストーリーに基づいてセットで語られること。個々の機能は今でも存在するものも多い。しかし、それをぐっと絞り込んだターゲットに、具体的に伝えることができるか。逆に言えば、カバーできる他の顧客層への訴求はあえてしない、ということでもある。しないことがあることで、することがより明確に浮かび上がる。同じ車両や機能でも、絞り込んだターゲットに訴求することのセットと伝え方をパッケージにして、それを複数重ね合わせることで、確度と規模の両立を目指しうる。これを車両や機能をひとつの大きな塊のまま訴求しても、イメージが定まり切らずに刺さる嬉しさは見えてこない。

車の価値など出し尽くした感があるかもしれない。しかし、生活者の価値観は多岐にわたる。おまけ機能を深掘りしてみる、車以外へのストレスに着目してみる、といったことで、見落としていた価値を探索してみる余地もありそうだ。

著者
貝瀬 斉

ローランド・ベルガー パートナー。
横浜国立大学大学院工学研究科修了。
完成車メーカーを経てローランド・ベルガーに参画。その後、ベンチャー経営支援会社、外資系コンサルティングファームなどを経て復職。
​20年以上、モビリティ産業において、完成車メーカー、部品サプライヤー、総合商社、ファンド、官公庁など、多様なクライアントにサービスを提供。
未来構想づくり、コアバリュー明確化、中長期事業ロードマップ策定、新規事業創出、事業マネジメントの仕組みづくり、協業の座組み設計と具現化支援、ビジネスデューデリジェンスなど、幅広いテーマを手掛ける。
特に、クライアントと密に議論を重ねながら、生活者や社会の視点に基づき、技術を価値やビジネスに昇華するアプローチを大切にしている。

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