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新世代アイサイト/アイサイトX|ハードからソフトまで、すべてを自社開発【AD/ADASの現状をおさらいする Vol. 10】

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新世代アイサイト/アイサイトX|ハードからソフトまで、すべてを自社開発【AD/ADASの現状をおさらいする Vol. 10】

ステレオカメラによる認識技術を用いるスバル独自の先進運転支援システム、アイサイト。最新世代のアイサイトXではカメラユニットの生産体制に大きな変化があったが、ソフトウェアはもちろんハードウェアの設計から内製で手がけるという姿勢はこれまでと同様だ。本稿では、アイサイトの現行システムをMotorFan illustrated 183号(2022年1月号)より改めて紹介する(情報は当時のもの)。

TEXT:髙橋一平(Ippey TAKAHASHI) PHTO&FIGURE:SUBARU/MFi

高精度地図ロケーターの搭載やカメラの視野角と解像度のアップ

アイサイトは2020年、レヴォーグ(VN系)の登場とともに新世代へと進化した。さらに上位に位置づけるアイサイトXを設定。準天頂衛星「みちびき」の測位情報を利用する高精度地図ロケーターの搭載や、アイサイトの特徴であるステレオカメラの大幅な視野角拡大と高解像度化など、最新世代にふさわしい技術が盛り込まれた。なかでも注目を集めたのが、スウェーデンのVeoneer(ベオニア)社製カメラユニットの採用である。

アイサイトver.3までは、日立オートモティブシステムズ(現在は日立Astemo)製のカメラユニットが用いられてきた。まだカメラという精密光学機器の車載など考えられなかった1989年から、世界に先駆けるかたちでステレオカメラによる画像認識技術を用いた先進運転支援システム(ADAS)を手掛けてきたスバルは、当初カメラユニットの技術を手の内に収めるところからスタートしている。

画角はver.3比で横方向に約2倍拡大|アイサイト最大の特徴ともいえる基線長350mmのステレオカメラユニット。ふたつのカメラの向きを常に揃えるべく、一体のケースで繋ぐという構造を採用。1990年代の開発初期では左右のピラーに隣接するように独立したカメラが置かれていたが、そこから両者の距離(基線長)を短縮していった結果、現在の350mmに落ち着いたとのこと。さらなる短縮も常に検討されてはいるものの、測距精度とトレードオフの関係もあり、いまのところ350mmがベストという結論は変わらないという。

スバルがステレオカメラを市販車に搭載したのは1999年。アイサイトの前身となるADA(アクティブ・ドライビング・アシスト)と呼ばれるシステムが最初だ。当然ながらこの時点では“吊るし”のステレオカメラユニットは存在していない。

しかも、画像から車両前方の状況を認識するADAS用のカメラは、カメラや電子部品などを集めて組み立てれば、それで完成というシロモノではない。カメラが捉えた画像をどのように処理し、どうやって認識するのか、そこにはハードウェアとしての性能や構成だけでなく、ソフトウェアの要素も密接に関わってくる。ましてやハードウェアのスペックに大きな制約がともなう車載条件下では、「ソフトウェアで難しい処理はハードウェアで」というような各要素の棲み分けの“さじ加減”も重要となってくる。

隣接車線を認識し走行車両を検知する|アイサイトXでは大きく向上したカメラの解像度(1.2M→2.3Mピクセル)を、おもに左右の視野角拡大に生かされており、その角度範囲は2倍近くまで広がっている。これに加え、後方や側方の状況を捉えるべくミリ波レーダーを配置。センサーによる監視範囲は、360度の全方向をカバーするかたちで、これにより交差点などで横方向から近づく車両に対応するブレーキ制御や、車線変更支援制御などが可能になった。

ハード、ソフトともに内製にこだわるわけ

そこでスバルではソフトウェアのアルゴリズムはもちろん、ハードウェアの試作まで行なったうえで、量産への落とし込みを日立オートモティブシステムズが担うかたちでステレオカメラユニットを、アイサイト向けに開発してきた。ADASの普及が進む現在、車載用のカメラユニットは珍しいものではないが、カメラ(イメージセンサー)をふたつ揃えて立体画像として捉えるステレオカメラは、いまもなおごく一部の少数に限られる。

「使用する電子部品についてはスバル側でひとつひとつ、事細かに指定しています。それを組み立ててカメラユニットに仕上げ、量産するところをVeoneer社に担当してもらっています。ソフトウェアの開発はもちろん、ハードウェアの試作までスバル社内でやっています。これまでと開発姿勢は同じです」と、ステレオカメラの画像処理を担当する木戸辰之輔氏は説明する。

|コア技術であるステレオカメラとのマッチングは不変人間の眼と同様の原理で前方画像を3Dの立体として捉えるアイサイトのステレオカメラ。画像処理により物体の輪郭などといった特徴点を抽出したうえで、視差効果により測距、LiDARのそれにもよく似た距離情報をもつ点群データを生成する技術が用いられている。画像信号を高速、かつ最適に処理する技術で、ver.3まではASICが、アイサイトXではMPSOC内蔵のFPGAがこれを担当。ステレオカメラのみで高精度の運転支援制御を可能とするアイサイトの核ともいえる部分だ。

日立製からVeoneer社製カメラユニットへの変更は、あたかも“吊るし”のステレオカメラユニットを調達してきた印象を受けるかもしれないが、「新世代アイサイトでもスバルの姿勢は、これまでとなんら変わっていない。生産こそVeoneer社だが、あくまでスバルが開発した」、スバル専用のステレオカメラなのである。

アイサイトXにおいて、大きな、かつ重要な変化がMPSOCと、そこに含まれるFPGAと呼ばれる構造の採用だ。なんとも暗号じみた名前が並ぶが、MPSOC(Multi Processor System On Chip)はプロセッサーを複数搭載するシステムオンチップ(プロセッサーに加え、さまざまな機能を持つ集積回路をひとつのチップ上にまとめたもの)、FPGA(Field Programmable Gate Array)とはハードウェアの構成を自由にコーディングでき、何度でも書き換えることができるというもの。アイサイトXが搭載するのは米Xilinx社の「Zynq UltraScale+」である。このMPSOCはスバルがVeoneerに対して指定したものであり、これがなければアイサイトXは成立しなかったといっても過言でない。

処理能力が飛躍的に向上したのはなぜ?

スバルはアイサイトXの新たな心臓としてXilinx社のZynq UltraScale+を選択。ひとつのチップ上にARM系のIPコア(プロセッサー)を複数搭載することに加え、FPGA領域も持つという MPSOC。これによりver.3で画像処理に用いていたASICと画像認識用のマイコンの二要素がひとつにまとめられており、システムの小型化に大きく貢献。Busを介さずにチップ上で直接信号のやり取りが行なわれるようになったことで、高速化と省電力化という効果も生み出している。
FPGAを内蔵するMPSOCを採用|FPGAはハードウェア記述言語(HDL)と呼ばれるものにより、電子回路をコーディングするかたちで形成できる。アイサイトではこれを利用して画像信号を処理するためのプロセッサーとして利用。基本的な機能はASICも同様で(ただし何度でも書き換えが可能なFPGAに対し、ASICの書き込みは1回のみ)、これまではASICのほうが量産に向いているとされてきたが、普及によりFPGAのコストが下がったことで状況が変化しつつある。
著者
Motor Fan illustrated

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