開く
FEATURES

1965年型ロータス・スーパーセブンS2購入記 ③ 1965年物語

福野礼一郎のTOKYO中古車研究所™ 第163回

公開日:
更新日:
1965年型ロータス・スーパーセブンS2購入記 ③ 1965年物語

「TOKYO中古車研究所」などと大袈裟なタイトルですが、私=福野礼一郎が1993年から2012年まで自動車雑誌3誌で152回連載し、多くの方に読んでいただいた連載記事のタイトルの復刻です。TOPPER編集部の依頼で11年ぶりに連載再開しますが、内容的には単なる「私的ブログ」です。TOPPERのコンテンツの中では一人浮いてると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
(このコンテンツは著者の希望でTOPPERの「総合人気ランキング」には反映されません)

(本文文字量16400字) *通常は雑誌1ページで2000〜2500字

福島正美と福野礼一郎??

荒井 うわすげ。これいつの少年マガジンと少年サンデーですか?

福野 もちろん1965年ですよ。

荒井 福野さんのセブンS2が製造された年! 持ってたんですか?

福野 いえいえ。もちろん当時は両誌とも毎週買ってましたからこの2冊も読んだはずですが、そんなの読んで1~2週間ですてられちゃいましたから、セブンS2買ったあとにフリマで探して買いました。この年=1965年は、2月に少年マガジンの人気連載だった「8マン」の作者が拳銃不法所持で逮捕されてしまって連載が突然打ち切りになったり、そのすぐあと少年マガジンで連載がスタートした手塚治虫の「W3(ワンダースリー)」が、6回連載した時点でライバル誌の少年サンデーに突然移籍するという「W3事件」が勃発したりして、音羽(少年マガジンの講談社の本社所在地)と神田(少年サンデーの小学館の所在地)は緊張状態にありました。この一連の事件で少年マガジンの売りは「ハリスの旋風」と「丸出だめ夫」くらいになってしまって、「おそ松くん」「オバケのQ太郎」「スーパージェッター」「W3(ワンダースリー)」「伊賀の影丸」と人気作が居並ぶ少年サンデーに販売部数で大差をつけられてました。ちょうどそんなころです。

荒井 「W3事件」調べてみます。ちなみにこの2冊の発行日はどうなんですか。福野さんのセブンS2=SB2102が工場から出荷したのはロータス社の記録によれば1965年11月9日(火)、初年度登録はその3日後の1965年11月11日(木)とはっきりわかってますよね。

福野 ここにある少年マガジン1965年第48号と少年サンデー1965年第48号は、どちらも1965年11月6日(土)の発売号です。

荒井 誕生日までぴたり合わして探したんですね。まあそうじゃなきゃあんまり意味ないか。でもってこちらのモーターファン1965年12月号とCARグラフィック1965年12月号は、どちらも1965年11月1日(土)発売ですよね。2000GTのプロトが表紙のこのカーグラはうちにもあります。

福野 両誌が12月号で特集を組んでいる第12回東京モーターショー(1965年10月26日~11月10日)は父に連れられて行きました。2000GTのプロトタイプ(280A-1/2号車)も間近でみました。「出たらこれを買おう」と約束したのに、4年後にまんまと裏切られた(→ポルシェ914/6購入)。

荒井(初めて見る当時のモーターファンを手に取ってぱらぱらめくってみる)うわ~、モーターファンはめちゃくちゃ広告多いですねー。自動車メーカーの広告はホンダ以外全社はいってるし、大手部品メーカーや大手販売会社の広告はカラーとか1ページ広告で入ってますね。あと後半のモノクロページにもほぼ全ぺージ、左右に中古車屋さんやパーツ屋さん、整備屋さんなどの小さな広告が入ってます。新聞のような3行広告見たいのも何十と入ってる。福野さんが前に言ってた通り、当時のモーターファンは本当に新聞がそのまま雑誌になったみたいな誌面ですね。ここに広告が載ってる中古車屋さんなんて知らないところばかりですが、「コミネオートセンター」っていうのはあのコミネさんですよね。このころからあったんですねえ(1947年創業。現・株式会社コミネ)。モノクロで5ページも広告出してて、自社ブランドのヘルメットを大々的に売ってます。当時のヘルメットなんてちょっと怪しいですが(笑)。

福野 いえいえそんな失礼な。コミネのヘルメットは当時SNELLの認証ちゃんと受けてましたよ。だから公式レースに使えた。

荒井 あ、「富士スピードウエイ1965年12月5日開場式」って広告が出てます! FISCOも1965年暮れのオープンでしたか(公式オープンは66年1月3日)。

福野 ホンダF1(RA272)がメキシコGPで初優勝したのが1965年10月24日ですよ。

荒井 そうか。まさにこの秋は日本のモータースポーツの開幕期だったんですねえ。

福野 1965年のCARグラフィックはまだ広告がびっくりするくらい入ってないですね。なので当時のクルマにかかわる社会や世相、風俗を知りたいなら、モーターファンの古本を買った方が100倍面白い。大学の自動車工学の先生が執筆してたりして、技術解説記事も深いです。1965年12月号読んでたら丸1日つぶれました。

荒井 「光文社カッパコミクス 鉄腕アトム第24号 ロボイドの巻(下)」の発売日も11月ですか。

福野  1965年11月10日(水)です。

荒井 まさにあのセブンS2が完成して登録されたそのタイミングです。

福野 少年マガジンと少年サンデーについては、「反射幻燈機」の作り方が詳しく解説してある「オバケのQ太郎」は確かに読んだ記憶がありましたが、そのほかのマンガや記事を見てもまったく記憶が喚起されませんでした。でもこの「鉄腕アトム」の24号は、当時住んでいた家のキッチンのテーブルに座って、わくわくしながら読んだときのことをはっきり覚えてました(当時小学校3年生)。「ロボイドの巻」は鉄腕アトムを読んだことがある方なら誰でも知ってる名作回ですが、私はこのときにこの本で読んだ以外、それ以後は単行本とかではまったく読んでないので58年ぶりに読んだということは確実なんですが、世界から集まってきた各国の腕利きの諜報部員ロボットが一人また一人やられていくというストーリー展開や、ロボイドの隊長が息子を救うためわざとアトムに負けて自爆するシーンなど、当時読んだときの印象をはっきり思い出しました。

荒井 「七人の侍」的なシリアスなストーリーなんですね。

福野 でも鉄腕アトム第24号でもっとよく覚えているのは、巻末の記事ページにSFマガジン編集長の福島正美さんが書いていた「四次元の恐怖」という5ページの記事です。1865年にドイツの数学者のアウグスト・メビウスが発表した有名な「メビウスの輪」のことは、この記事で初めて知りました。また四次元をテーマにしたSF小説の傑作であるロバート・A・ハインラインの短編「歪んだ家」、フレドリック・ブラウンの長編「発狂した宇宙」のあらすじもいっしょに紹介されていました。私はマジでこの記事を読んでSFに惹かれたんですよ。中学生になってから当時毎月の定期刊行を始めた早川書房のSF全集を毎月3年かけて全35冊買ってもらって読破したわけですが、そのときにハインラインとブラウンの作品も読むことができました。福島正美さんはハインライン、ブラウンの黄金時代(1955年前後)の作品の翻訳を一手にやってたんで、それで鉄腕アトム24号で紹介したんでしょうし、全集にも収録したんでしょう。当時からの私のお気に入りはハインラインは「夏への扉」、ブラウンが「みみず天使」です。

荒井 「みみず天使」?

福野 翻訳で読むとこれは超難解なの。主人公の人生におかしなことが多発する。しかも1秒の単位までそれが周期的なんですね。それで気がついた主人公が、そのトリックとタイミングを使って天国に行き、天国で自分の歴史を印刷している活字鋳造機が故障してることを天使に指摘するというファンタジー。活版印刷の仕組みを知らないと理解できないし、英単語の入れ間違いによって奇妙なことが起きるというトリックなので、翻訳で読んで笑うのはちと難しい。しかし星新一に多大な影響を与えたフレドリック・ブラウンの傑作です。

荒井 じゃあ少年時代に貪り読んだSF小説というのは、のちの福野礼一郎になにか影響を与えていますか?

福野 多感な時期にSFばかり読んでたから、当然未来のことばかり考えている「未来少年」になったわけですが、この仕事に対して受けた影響と言うなら、福島正美さんのその翻訳文でしょうね。大人になってから「夏への扉」も「みみず天使」も原文で読んでみましたが、非常に簡易であっさりしたジュブナイル小説(年少者向け)でした。でも福島さんの翻訳は大人向けだったし論理的で、ややこしい構文を使っていても日本語文法はつねに完璧でしたから、「夏への扉」なんかは福島正美訳で読んだ方がむしろ全然面白い。難解な「みみず天使」をちゃんと理解できるように説明しながら翻訳してる技術も素晴らしいです。福島正美さんの翻訳文章には知らず知らずのうちに大きな影響を受けていると思いますね。

荒井 つまり「光文社カッパコミクス 鉄腕アトム第24号」こそ福野礼一郎の原点といえなくもないですね。そのとき同時に作られたクルマを58年後に買うなんて。これは運命です。

福野 ははは。いやそんなものはなんとでも言えるんでね。運命なんて感じませんよ。

荒井 クルマも正確なお誕生日がわかるといろいろ面白いです。11月にはセブンS2のお誕生会しましょう(笑)。

著者
福野礼一郎
自動車評論家

東京都生まれ。自動車評論家。自動車の特質を慣例や風評に頼らず、材質や構造から冷静に分析し論評。自動車に限らない機械に対する旺盛な知識欲が緻密な取材を呼び、積み重ねてきた経験と相乗し、独自の世界を築くに至っている。著書は『クルマはかくして作られる』シリーズ(二玄社、カーグラフィック)、『スポーツカー論』『人とものの讃歌』(三栄)など多数。

福野礼一郎のTOKYO中古車研究所™

PICK UP