「インクルーシブモビリティ」最新技術を活用し既存福祉車両からの脱却、多様なニーズへの対応を図る[FOURIN通信]
[FOURIN通信]
1980年創業、自動車産業調査のパイオニア・FOURIN社が刊行する自動車調査月報より、今後の自動車業界を読み解く特別寄稿。毎月末日更新。
全レポートはこちら:https://www.fourin.jp/
目次
インクルーシブモビリティとは全ての人が利用できる移動手段を意味する。その実現には、既存福祉車両の改善だけでなく、多様なニーズや課題の特定が必要であり、OEMは福祉業界や身体障害者と協力し、CASEを含め様々な領域の技術革新を活用している。
ホンダとマツダは車両の操縦補助装置の開発に加え、ADAS操作スイッチの追加や、UX向上目的で加速用リングのステアリングホイールへの統合を行っている。シトロエンも超小型BEVに車いす利用者向け自走式版を追加し、移動の範囲・自由の拡大に貢献している。
トヨタも下肢障害ドライバーの体幹安定化技術を開発。また、日系スタートアップが開発したウェブの情報格差の解消技術について車載化も含め注目している。GMのコネクテッドサービスではテキスト電話が利用でき、フォードは視覚障害者が風景を楽しめる窓を開発した。
技術を開発するのは健常者だけではない。シームレスな公共交通として期待される自動運転技術だが、そこで使用される定速技術は、約90年前に全盲技術者が開発した速度制御器Statが、各時代の最先端技術と組み合わせられ、進化を遂げたものである。
日本における福祉車両の現状と課題
福祉車両には介護式と自操式がある。介護式とは身体障害者を介助・送迎するための車両、自操式とは身体障害者自身で運転できるように補助装置を搭載したもの。日本での福祉車両全体の販売台数は2019年度で41,521台、その大部分は介護式車両が占める。自操式は91台しかなく、運転補助装置の架装車両を含めても2000〜2500台である。
福祉車両の普及課題として、①通常車両よりも高価格、②駐車スペースなどのインフラの拡充、③運転免許を取得/保有する身体障害者が少ないなどが挙げられる。高価格傾向なのは、運転補助装置や福祉機器(スロープやリフトなど)を架装する必要があるため。インフラ拡充の一例としては、車いす利用者が乗降車の際にドアを大きく開くための広いスペース確保などが挙げられる。
インクルーシブモビリティ、福祉車両に関するOEMの動向
GM
車のバリアフリーの達成に取り組む部門:Accessibility Center of Excellenceを2021年10月に設立。車いす利用者だけでなく、聴覚・視覚障害者までをユーザーとして想定したモビリティの開発に取り組んでいる。コネクテッドサービスOnstarでは聴覚障害向けに通話料無料のテキスト電話サービスを提供。
フォード
Ford Italiaは、視覚障害者向け機器の開発のスタートアップ・AEDOと協力し、ハプティックフィードバックを適用した窓に触れることで、風景を楽しめるFeel The Viewのプロトタイプを2018年5月に開発した。これは、窓に取り付けたカメラで撮影した風景をAEDOが開発したソフトウエアで255段階のグレースケールイメージに変換し、特殊LEDを配置したガラス上に再現するというもの。この変換画像の濃淡に応じてガラスを振動させる。インターネットでの撮影地情報の取得と、音声ガイドも可能。
フォルクスワーゲン
自動運転車両をベースとするインクルーシブモビリティに関し、VWの米国法人は2017年にデザイナー、研究者、技術者、コンピューターサイエンティストからなるチームを立ち上げ、研究開発プログラムに着手した。障害者団体と協力によるニーズの特定、聴覚・視覚障害者も使えるインターフェイスの商用化、車中で車いすを固定する技術の標準化に関する取り組みなど、活動は多岐にわたる。
メルセデス・ベンツ
ドイツ語のウェブサイトで、自操式車両のコンフィグレーションが可能。手動制御ユニット、ステアリングホイールノブ、加速ペダル/主要機能用スイッチの配置変更、ドアシルガードなどを選択できる。対応車種はA/B/C/E/S/Tクラス、EQA/EQB/EQE/EQS/EQT、GLA/GLC。
BMW
1977年に、手動制御装置などを搭載した自操車両を使った安全運転講習(座学と実技)を開始している。8人のグループ講習で、保険と昼食込、記念品付きで、料金は1人当たり165ユーロ(2023年時点)。
ステランティス
超小型BEVのシトロエン・AMIに車いす利用者向け自操式モデルAMI for Allを2023年6月に追加した。バリアフリー車改造専門企業・PIMASとの共同開発で、車いすは車両後部のラックに掛けるか運転席横に収納する。
トヨタ
下肢障害などで体幹が不安定な人は車を運転中、カーブ時に体が投げ出されそうになる。対策として、トヨタはシートの座面と背面が人の骨格と連動し、振動を吸収することで体幹を安定させるキネティックシートを2024年10月に開発した。
また、定額利用サービスを担うKINTOは石川トヨペットカローラと、個人向けに介護式仕様のシエンタを2024年8月に提供開始している。月額11.8万円(消費税非課税)。1ヵ月単位で利用でき、申込金・中途解約金は不要。全国展開を目指し車種を拡大予定。
このほか、自動運転車両e-PaletteはMobility for Allを掲げ、車いす利用者が乗降車しやすい設計、色弱者に配慮した内装を採用する。
ホンダ
Honda SENSINGを搭載する最新足動運転補助装置Honda・フランツシステムを備えるフィットe:HEVの設定と教習車の貸し出し支援を2021年11月に開始。なお、ホンダは1976年に手動運転補助装置・テックマチックシステムも開発している。
マツダ
三代目社長であった松田恒次氏自身、足が不自由だったこともあり、R360クーペ(1960年発売)向けに後付けレバー式手動運転補助装置を開発するなど、60年以上前から自操式車両の開発に着手してきた。2021年には自操式車両をSelf-empowerment Driving Vehicle(SeDV)と名付け、製品拡充に取り組んでいる。
レバー式はロードスターSeDVに採用(2017年発売)。MX-30 SeDV(2022年発売)、CX-30 SeDV(2024年発売予定) はリング式を採用する。
インクルーシブモビリティ、福祉車両などに関するスタートアップの動向
CALLUM(英国、2019年)
福祉車両開発企業・Motability Operationsと、車いす利用者用介護式小型BEVコンセプト eVITAを2024年4月に提案。全長4,520×全幅1,908×全高1,800mm/ホイールベース2,980mm。50kWhの電池の設置位置を工夫してテールゲートと最前列シートの間を平坦化、乗降し易さと車内高1,600mmを確保している。車いす利用者と他の乗員の着座高さも統一した。
KANNON(名古屋、2023年)
老眼・色盲・弱視、失読症などによる情報格差の解消に取り組むSaaS企業。トヨタとも協力。
製品のフェアナビは、コード1行でウェブをバリアフリー化。デバイスやサイトを問わず、即日実装可能。テキスト読み上げ、文字拡大、色彩設定などの機能を20以上提供する。製品開発の背景には、障害者差別解消法の改正(2024年4月)による、オフ・オンラインでの民間事業者の合理的配慮の義務化がある。
タスクレンタカー(兵庫県、2016年)
日本では珍しい自操式車両のレンタルサービスとして、事故対応での代車、観光用として駅や空港への配車を行う。近畿を中心に関東・中国地方でまでサービスを展開(2023年8月時点)。三菱ekワゴン、ホンダ・フィット、トヨタ・シエンタなどを自社改造。1ヵ月レンタルの場合、2,267円/日。
自操式車両の技術概要
[バリアフリー超小型BEV、シトロエン・AMI for ALL]
ドア開口角を90度に拡大。これにより車いすをクルマと並行して置けるようになり、乗降が容易になった。また、乗降サポート品として、ボードと吊り革を装備する。アクセルとブレーキは、ペダルに加えて手動操作用補助装置を備え、ステアリングにはノブを加えた。乗車時の車いすは、運転席横に紐で固定、車体後部外側に装備するアルミ製ラゲッジラックに載せることも可能。