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空気を読む電動レースカー:フォーミュラEのエアロダイナミクス

ジェット戦闘機をイメージしたフォーミュラEにも、空力的な工夫が

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空気を読む電動レースカー:フォーミュラEのエアロダイナミクス
BEVのレースカー「フォーミュラE」の車体にはまだ謎が多い。見た目の華やかさ以外の、エアロダイナミクス(空力)について探る。

BEVによるモータースポーツ、フォーミュラE世界選手権(FE)について、これまで技術や競技ルールに関する概要を紹介してきた。今回は、レーシングカーそのものについて、少し掘り下げてみよう。

パワーユニット(モーター、インバーター、トランスミッション)以外は共通部品が使用される「ワンメイク」なため、あまり技術的なトライは行われていない。車体に関しては、「ジェット戦闘機をイメージした」とオーガナイザーが表現するように見た目の華やかさを優先した印象が強い。だが最新の“Gen3”(第3世代)を観察すると、空力面での工夫も施されているのが分かる。

現在のところ、残念ながら得られる情報はチームやオーガナイザーから公開されている映像や写真に限定される。今回はあえて、限られた情報から垣間見えるFEの特徴について、空力の専門家であるNMC/NISMO(日産モータースポーツ&カスタマイズ)の山本義隆 車両開発部主管に聞いた。

平らなフロントのアッパーウイング

マシンで最初に目をひくのは、大きなウイングだろう。FEのフロントウイングは、平らで反りが少ないのが特徴だ。ある程度のダウンフォースを得ながらも、空気をできるだけ乱さずに後方に流すコンセプトのようだ。

アッパーウイング(フロントウイングを構成する上段の翼)は非常にフラットで、「ガー二ーフラップ」(後端の返し)もない。したがって、ドラッグ(空気抵抗)は少ないが、ダウンフォース(空気による下向きの力)もあまり発生しないと考えられる。結果として、レーシングカー周囲の気流を乱すことも少なく、フロントウイングよりも後ろにある空力部品に与える悪影響は少ないだろう。

平らで反りがなく、ガー二ーフラップもないアッパーウイング(カーボン素材の黒い部分)。赤にペイントされたロアウイングは、中央部と両端で役割が異なるようだ。©NISSAN

ちなみに、F1のフロントウイングは大きなダウンフォースを発生させるが、ウイングを通過した空気はマシン上方とサイドに抜けるように設計されている。これは、リヤウイングの空力効果を妨げないよう、乱れた気流を後方に流さないためだ。

極端な角度の翼端版

フロントウイングの翼端版は極端に斜めに取り付けられているが、空力的効果はあまり考えられないそうだ。狙いはクラッシュ対策ではないかというのが山本エンジニアの見解だ。フォーミュラカー同士が接触すると、タイヤとタイヤが絡み合ってクルマが飛び上がる事故が発生するケースがある。翼端版の極端な角度は、接触の際にタイヤが乗り上げるのを防ぐ効果を期待したものである可能性が考えられる。

フロントウイングの翼端版は、前から見ると「ハの字」に傾斜が付いている。©Formula E

Gen2(第2世代)のFEはフロントタイヤをフェンダーが覆っていた。これもクラッシュ時にタイヤが乗り上げるリスクを低減するメリットはあったが、部品代が高額なため多発するアクシデントによってチーム予算を圧迫したという話も聞かれた。Gen3では、これを廃止する代わりに翼端版でマシンの浮き上がりを抑制しようとしているのかもしれない。

Gen2のマシンにはフロントにタイヤを覆うフェンダーが装着されていた。空力的効果だけでなく、接触時のダメージ軽減も狙ったものと思われる。©Formula E

ロアウイングには2つの役割?

フロントのロアウイングは、中央部と両端で使い方を変えている印象だ。センター部分が平らな面構造をしているのはアッパーウイングと同様だが、その後端にはガー二ーフラップが取り付けられている。山本エンジニアによれば、「ガー二ーフラップで空気の流れを変えても、位置が低いためマシン後部への空力的な悪影響はあまりない」とのことだ。また、翼弦長(翼の前後長)を長くとっているのは、ベンチュリー効果(負圧により下向きの力が発生する現象)を狙っていると思われる。

両端にはフラップが取り付けられている。この部分は翼弦長が短く、ロアウイングと合わせたウイング構造になっている。ドラッグを増やさないために小型化したと思われるが、ある程度のダウンフォースを求めた設計だと考えられる。

フロントのロアウイング両端には小型のフラップが追加され、ある程度のダウンフォースを狙っているようだ。©Fromula E

ボディに見られる様々な空力的工夫

三角形状のカウルは、上面と側面の役割分担をはっきりさせている。エッジによって、空気の流れを上と横にしっかり分ける形状になっている。「“ヨコは横、ウエは上”というのは、空力ではよくやる手法です」と山本エンジニアは言う。

ボディサイドは、エッジを付けることで空気の流れを上と横に明確に分けるよう設計されている。©PORSCHE

マシン上方の空気は、できるだけ抵抗なく綺麗にリヤウイングまで流れるように考えられている。側面は、空気を後ろに流すのではなく、ボディ下の空気を積極的に外に導く構造だという。

車体前方からボディの下に入ってきた空気を真っすぐマシンの後ろに流すと、路面やマシン下部の形状などが抵抗になり流速が衰える。すると前から空気が入りづらくなり、空気の流れるスピードが落ちることで負圧がなくなりベンチュリー効果低下につながる。そこで、前から入った空気は短い距離で外に出す流れを作る必要があるという。

FEのマシンをよく見ると、「フロア前方に“バージボード”が取り付けられています。この隔壁によって、(空気の)渦を発生させている可能性があります。その渦を斜めに通して外に抜けるようにすると、マシン下を流れる空気の速度を上げることができます。それによって、ベンチュリー効果を得ているように思います」というのが山本エンジニアの見解だ。

フロントサスペンションの後ろに装着されているバージボードが空気の渦をつくり、ボディ下の空気を斜め横に吸い出すようだ。©NISSAN

また、フロアの最も出っ張った部分はウイング形状をしている。ここからも、フロアの前部でベンチュリー効果を狙っているのが想像できる。

翼に似た形状をしているフロアの先端部分も空力効果を発揮していると考えられる。©NISSAN

リヤはディフューザーとウイングでダウンフォースを発生

マシンのリヤを見ると、ディフューザーは左右に加えセンターにも小型のトンネルが設けられており、「適度な角度」が付いているという。「“それっぽく”見せつつ、なるべく抵抗の少ない場所でダウンフォースを確保している印象です」と山本エンジニアは語る。

リヤで最も目立つのは、極端に低いウイングだ。この位置であればドラッグはあまり大きくならないそうで、ある程度、反りがある形状にすることで積極的にダウンフォースを稼ごうとしているようだ。ディフューザーの出口にも近いため、ウイングが空気を跳ね上げることで発生する負圧によって、マシンの下から来る気流が合流しやすくなる。上下の空気の流れが相乗効果を発揮することで、ドラッグを抑えながらダウンフォースを発生させていると考えられる。

低くマウントされたリヤウイング。©Formula E

ディフューザー外側の「ハの字」部分には、内側にベーン(プレート)が取り付けられている。これは、ディフューザー内部を流れてくる空気が外に漏れるのを防止する役目を果たす。こうした細かい部分を見ても、単なる見た目上の演出だけではないFEの車体設計方針がうかがえる。

ディフューザーには空気の流れを確実にするベーン(外から2枚目のプレート)も装着されており、単なる見た目の演出ではないことが分かる。©NISSAN

ちなみにF1では、非常に角度のついたディフューザーと反りの深いリヤウイングによって大きなダウンフォースを発生させている。雨のレースでは、跳ね上げられた空気に乗って水しぶきが高く上がるのが見られる。一方FEの場合、マシン後方の空気がF1ほど上方に抜けないため、後方の水しぶきは高く上がらない。

Eはマシン後部の空気が高く跳ね上げられていないのがよく分かる。©Formula E

全体を振り返って:さらなる分析を

限られた情報からの分析ではあるが、FEのマシンも「空力面で肝心な所には必要なパーツを配置している」(山本エンジニア)と判断できそうだ。最低限必要なダウンフォースを、小さいドラッグで達成しようとした工夫がうかがえる。Gen3では「雰囲気重視感」は減った印象を受けると山本エンジニアは言う。

「先代(Gen2)のマシンもフロントフェンダーなど、空力的なトライはありました。でも、個人的にはGen2の方が見た目は奇抜だったと思います。雰囲気や安全性の確保など様々な要素を鑑みて、FEが“どうあるべきか”を模索しているのかもしれないですね」というのが全体的な印象のようだ。

来年3月には東京でのレースが計画されているFE。現場で直接マシンを観察し、さらに深く掘り下げてみたい。

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