フォーミュラEの観客を楽しませるための仕組みと限られた電力で勝負するためのルール
モータースポーツテクノロジー Vol. 2
BEVによるモータースポーツ、フォーミュラE世界選手権(FE)について、前回は主に技術面の概要を紹介した。今回は、FEのエンターテインメントとしての側面を見てみよう。スポーティング・レギュレーション*やそれに対応したチーム戦略にもBEVならではのポイントは多い。脱炭素化だけでなく、FEは観て楽しいスポーツのための工夫も凝らしている。
*レーシングカーの設計など技術面の規定である“テクニカル・レギュレーション”に対し、主に競技方法を定義する規則
勝ち抜き方式の予選
予選は2つのセッションに分けられており、まず22台がAとBの2グループに分かれ、最高出力300kWで走行しながら1周のタイムを競う。それぞれのグループで上位4名のドライバー、計8台が次のセッションである「デュエル」と呼ばれるトーナメントに進む。
準々決勝から決勝までの勝ち抜き戦となるデュエルでは、最高出力を350kWに上げて単独走行でのアタックを敢行する。対戦する2台のマシンはタイミングをずらして1台ずつ出走するが、その時間差を修正してテレビ画面の左右に映し出される。コース上に複数設定された計測ポイントでのタイム差もリアルタイムで表示されるため、あたかも2人のドライバーが同じタイミングで競い合っているかのような臨場感が味わえる。テレビやインターネット中継を意識した演出だろう。
難しい「アタックモード」の使い方
決勝レースでは、基本的に4分の「アタックモード」を2回に分けて使用することが義務付けられている。300kWから350kWに最高出力を上げることができるが、このモードに入るためにはレコードラインを大きく外れた場所に設定された「アクティベーション・ゾーン」を通過する必要がある。ほとんどの場合、一時的ではあっても後続に抜かれる「諸刃の剣」であり、使うタイミングが非常に重要になる。
コースの特性によっては、パワーアップのメリットがほとんど得られないケースもある。したがって、ドライバーとチームの柔軟な戦略変更やレース中の迅速な判断が大切だ。
バッテリー状態の見極めが勝敗を分ける
また、BEVのレースではエネルギー(バッテリー充電量)の効率的な使い方も鍵となる。過去のシーズンでは、トップチェッカー目前で「電欠」のためにストップするマシンを何度か見ることがあった。後続とのギャップや残り周回数を慎重に判断し、アクセルを踏む(つまりエネルギーを使う)所と、セーブする、もしくは回生で充電するタイミングを見極めることが求められる。
各マシンのバッテリー残量は、ある程度レースが進行した段階でオーガナイザーによってモニター画面上に公開される。そのタイミングはレースごとにまちまちで、「何周目と何周目」といった規定は無いようだ。前後を走るライバルと自身のバッテリー残量をその都度確認しながら、レース展開に応じた戦略変更が必要になる。
バッテリーに関しては、温度管理にも注意を払う必要がある。市販のBEVでも、負荷の高い状態が続くとバッテリーの温度が上がりパフォーマンスは低下する。FEでは、設定温度を超えるとオーバーヒートを防ぐためにシステムに制限がかけられる。充電量だけでなく、温度にも注意した戦略が求められるのはBEVのレースならではだ。
ちなみに、今季から導入された「Gen3(第3世代)」のマシンに採用されているバッテリーは、ウィリアムズ・アドバンスド・エンジニアリング社が製造する。先代のマクラーレン・アプライド社製のものよりも10%から30%ほど効率が良い一方、約60%発熱量が多いとも言われている*。今シーズンは、これまでよりも温度管理が戦略面で重要になっているだろう。
*“Optimal Energy Management for Formula-E Cars with Regulatory Limits and Thermal Constraints” (2020) Daniel J. Auger et. al
観戦しやすさとエンターテイメント
ピットとドライバーの無線交信やドライバー視点での映像などを含め、バッテリー残量など様々な情報はテレビやインターネットでのライブ中継で誰でもアクセスすることができる。サーキットに出かけなくても、レースが多角的に楽しめるのもFEの特徴だろう。
現地での観戦もしやすい配慮が随所に見られる。FEのレースは基本的に市街地の一般道を一時的に閉鎖した、いわゆるストリートコースで行われる。ロンドンやローマ、ベルリンやパリといった大都市もしくはその近郊で行われるため、アクセスは非常に良い。これには、排気ガスや大きな音を出さないBEVのメリットが大きく貢献しているのは間違いないだろう。また、予選と決勝を1日で観られるのも、手軽さの1つだろう。
そのほか、ナイトクラブ風のパドッククラブやイルミネーションと花火でショーアップされる表彰式など、エンターテインメント要素がふんだんに盛り込まれている。レースだけでなく、様々な演出で幅広い層をファンとして取り込もうとする努力がうかがえる。