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電動化時代を迎えた今、トランスミッションの役割は終わるのか?

内燃機関と共に進化してきたトランスミッションの将来

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電動化時代を迎えた今、トランスミッションの役割は終わるのか?
オートマチックトランスミッションも電動化が進む。(写真はZFのPHEV向け "8HP")

2050年を目途とするカーボンニュートラル社会の実現に向けて、クルマのパワーユニットも大変革を迫られている。長期的には電池式電気自動車(BEV)が主流となるという見方が有力だ。その一方で、ドイツでは合成燃料が、日本では水素燃焼エンジンが提案されるなど、内燃機関生き残りに向けた取り組みも進められている。

パワーユニット改革の影響を受けるコンポーネントのひとつが、トランスミッション。EV化されれば多段トランスミッションの必要性は小さくなるため、サプライヤーにとっては死活問題だ。トランスミッションの将来について、この分野におけるグローバルプレーヤーの1社であるZFジャパンに聞いた。パワーユニットの動向をどのように予測し、どういった取り組みを行なっているのだろうか。

ハイブリッド化を容易にする8速AT

ZFといえば、縦置き8速ATの “8HP”が欧州車を中心に数多くのモデルに採用されている。2008年に第一世代がデビューし、レシオカバレッジやトルク容量を拡大しながら進化を続け、現在は第4世代(Gen.4)。ICE(純粋な内燃機関)向けのほか、2種類のハイブリッド仕様を用意し、来るべきBEV時代への橋渡しを企図する。

ZFの8速ATは第四世代まで進化を遂げた。

ZFジャパンの宮関哲也シニア アカウント マネージャーが背景を説明する:「縦置きの8速ATを積むクルマはボディサイズが大きく、エンジン排気量も大きいですから、どうしても電動化は避けられません。とはいえ一足飛びにBEVには行けませんから、そこに至るステップとしてハイブリッド化が必須になりました。弊社の顧客は欧州メーカーが多いので、CO2排出のクレジットが稼げ、長距離走行する際もICE車同様に使えるPHEVが適していると考えています。早い時期から、P2システムの開発を進めていました。」

P2システムとは、モーターをエンジンとトランスミッションの間に配置したもの。モーターとエンジンの間にはクラッチがあり、これを切ることでモーターのみのEV走行が可能になるほか、エンジンを連れ回すことなく減速エネルギーが回生できる。またHV走行する際、エンジンの負荷率が高効率領域を外れるときには、発電負荷をかけたりモーターアシストを使ったりして高効率領域に入るように調整。要求負荷が小さい時にはバッテリーを充電し、電力が溜まったらエンジンを止めてEV走行するという運用ができる。

8HPのPHEV仕様は、トルクコンバータと置き換える形でモーターがレイアウトされており、トランスミッション全長はICE仕様とまったく同じ。OEMは、パワートレーン系のレイアウトを変更することなく、ICE車をPHEV化できる。

特にGen.4は、インバータをトランスミッションケースに直付けする機電一体型を採用。OEMはバッテリーを調達し、インバータ用の冷却水を引いてくるだけで良い。

モジュラートランスミッションキットは様々な応用が可能。

ZFは、フライホイールとトルクコンバータの間にモーターを配置したP1型のMHEVも用意。PHEVに比べて必要なバッテリー量が少ないため、コストが抑えられる。モーターの駆動電圧を48Vに抑えることで、高電圧を取り扱う資格を持たない整備士でも整備や修理ができるメリットもある。こちらも全長は共通化されており、OEMの要求に応じて柔軟に対応できる体制を整えている。

BEV化時代に変速機は生き残るのか?

このようにHEVやPHEVには、これまでの資産であるトランスミッションシステムが有効活用できるが、問題はBEVだ。電気モーターは低回転域で最大トルクが出せるため、減速比の大きなギヤは必要ない。高速側も、200km/h程度までならモーターの許容回転数内で収めることができる。

EVに変速機は不要、というのがこれまでの認識である。多段式トランスミッションを備えた量産BEVは、ポルシェ・タイカンとその兄弟車ぐらいしかない。

BEVでは、2〜3速の変速機を商用車のアプリケーションとして検討していると言う宮関氏。

「BEVの変速機については、一時、活発な議論が行われていましたが、今は落ち着いています。商用車では、変速機を使用するのがメジャーになっていくと考えています。2〜3速の変速機を、商用車のアプリケーションとして検討しています(宮関氏)」

なぜ商用車に変速機が必要かといえば、空車で平坦路を走る時と、積車で坂を登る時では要求される駆動力の差が大きいためだ。そこをカバーするには、低/高2速のギヤがあると都合が良い。

「一方で、乗用車の95%は1速で賄えると考えています。残りの5%は、牽引荷重と最高速の両立が必要なモデルに求められると考えています。2速化への対応はすでに準備しており、OEMから求めがあれば、いつでも提案できます(宮関氏)」

欧米では、乗用車でもモーターボートを湖から引き上げたり、大きなモーターホームを牽引しながら旅をしたりというライフスタイルが定着している。そうした用途には、変速機はあったほうが良い。ZFでは、並行軸式と遊星歯車式の2種類の変速機構を用意しているという。しかし、今の所、目立ったオファーは無いようだ。

「変速機には、ギヤセットと変速機構、それを動かす油圧系が追加されるため、その分だけコストは上がってしまいます。それならば、電流容量の高いインバータを積んで、トルクでカバーする方が良いと考えるOEMが多いようです(宮関)」

変速機構を入れることでモーターを高回転で使用し、その分モーターを小型化してコストを下げようというアプローチもある。それについては、否定的だ。

「もちろんそうしたスタディも行っています。しかし、あまり高回転化してもメリットは少ないというのが、現在のわれわれの結論です(宮関)」

エレクトリファイド・パワトレイン・テクノロジーの清水健司シニアアカウントマネージャーは、「長距離を一定速度で走り続ける場合、特定のギヤレシオを選ぶことでモーター効率の最も良いところが使えるのであれば、変速機を付ける意味はあると思います。ただ、一般の乗用車では、それが当てはまる条件が揃わないだろうと考えています」と話す。

電動化が進んでも変速機そのものの活躍する場は残りそうだが、多段トランスミッションはBEV化の中で役割を終えていくのだろう。

清水氏は、一般の乗用車には変速機のニーズはあまりないと考える。

駆動系の効率化は歯車からモーターへ

「実際にお客様とプロジェクトを進めている感触では、調査会社などの予測よりもドラスティックにBEV化が進むのではないかと感じます。会社としても、それに対応できる準備を進めています。(清水氏)」

今回、見せていただいたグラフ(21年12月のシナリオ)によると、2035年における乗用車カテゴリーのBEV化率は約84%と予測されている。こうしたシナリオに対応できるラインナップを用意すべく、準備を進めているという。

2035年における乗用車カテゴリーのBEV化率は約84%と予測される。

具体的には、電気駆動ユニットの拡大。ZFでは2008年からハイブリッド用モーターの内製を開始しており、モーターに関する知見もある。既に、メルセデスベンツのEQAやEQCなどにZF製の電気駆動ユニットが搭載されている。また、2018年からは電動車のF1とも言えるフォーミュラーEにもモーターとインバータを供給しており、モータースポーツを通しても電動化技術の開発を進めている。

「出荷台数としては、電気駆動ユニットのほうが増える可能性があります。トランスミッションはクルマ1台にひとつですが、BEVの場合は前後に装備するケースもありますから(清水氏)」

さらに、インバータの核心部品となる半導体事業にも進出している。今年2月、アメリカ屈指の半導体メーカーであるウルフスピード社とのパートナーシップが発表され、世界最大のSiC半導体工場と共同研究開発センターをドイツに建設する計画が公表された。半導体供給が安定するだけでなく、急速充電のために充電電圧が高まった場合でも、対応可能な半導体をいち早く手に入れることができるようになる。

歯車工場(Zahnradfabrik)に出自を持つZFが、電動化対策も充実させている。多段トランスミッションは、これまでICEの効率化に大きく貢献してきた。そうした経験をもつグローバルプレイヤー各社が、電動化時代における駆動系の効率化にどう挑戦していくか興味は尽きない。

著者
安藤 眞
テクニカルライター

大学卒業後、国産自動車メーカーのシャシー設計部門に勤務。英国スポーツカーメーカーとの共同プロジェクトや、SUVの電子制御油空圧サスペンションなどを担当した後、約5年で退職する。その後しばらくはクルマから離れ、建具屋の修行や地域新聞記者、アウトドアライター兼カメラマンをしていたが、気付いたら自動車技術解説の仕事がもっとも多くなっていた。道路交通法第38条の認知度を高める会会長(会員は本人のみ)。

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