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構造用接着剤でボディの要所を固める——長期間の繰り返し応力に耐える性能

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構造用接着剤でボディの要所を固める——長期間の繰り返し応力に耐える性能

自動車ボディへの構造用接着剤使用例が増えてきた。軽量化のための薄肉化がもたらす剛性低下への対策と異種素材の接合という新たなニーズが背景にある。
TEXT&PHOTO:牧野茂雄(Shigeo MAKINO) FIGURE:CEMEDINE

なぜ、モノとモノは接着剤でくっつくのか。その理由はまだ完全に解明されてはいない。わかっていることは「原子レベルで働く結合」と「分子レベルに働く引力」とが存在することだ。原子レベルでは、原子核のまわりに軌道を描く電子を1:1で共有する共有結合、電子を2:0で共有する配位結合、金属と非金属を繋ぐイオン結合、金属原子同士が結合する金属結合がある。分子レベルでは「すべての分子に働く弱い引力」であるファンデルワールス力、極性分子同士が引き合う極性引力、水素分子にフッ素、酸素、窒素が結びつく水素結合がある。これらの要素が絡み合って「くっつく」という現象が作り出される。

たとえば、ガラス板に水滴を少し垂らし、その上にもう一枚のガラス板を乗せると、水滴が大きく広がって2枚のガラスは密着する。水が介在する面に対し垂直方向に引っ張ってもなかなか剥がれない。しかし、ガラスを互いに逆方向にスライドさせると簡単に剥がれる。スライド方向、つまり「せん断」方向の力では剥がすことができるが、「引っ張り」方向には強い、ということになる。

もし、この水が固まってしまったら? ガラスを密着させた水が固まってスライドさせることができなくなったら?

やや乱暴だが、これが「接着剤」の原理だ。被着材の表面には目に見えない凹凸があるが、そこに接着剤が入り込み、凹凸が接着剤でぬれた状態になる。接着面がぬれると前述のファンデルワールス力が働き、近い距離にある分子同士が互いに引き合う。0.5nm(ナノメートル)付近でもっともファンデルワールス力は大きくなる。硬化することでこの状態を固定し、容易には動かなくするのが接着剤である。

接着剤と被着材(くっつけたいモノ)の間には化学的な相互作用があり、それが前述のイオン結合、共有結合、配位結合だ。これによって被着材表面に接着剤が固定される。また、被着材表面の凸凹に接着剤がぬれた後硬化すると「船が錨を下ろす」ような機械的結合が得られる。アンカー効果(投錨効果)と呼ばれる力だ。ファンデルワールス力と、化学的相互作用とアンカー効果。現在はこの3つが接着の有力理論である。

これ以外にも、くっつけたいモノ同士を溶かして接着する「拡散」という現象がある。どういうふうにくっつくのかは、ひとつの理論だけでは説明がつかない。複雑な力と、そのときの条件が重なって、接着剤は「モノ同士をくっつける」のだ。

現在、世の中にはさまざまな用途に適した接着剤がある。そのなかで自動車のボディに使われる構造用接着剤(ストラクチュアル・アドヘシブ)はエポキシ系が主流だが、どのような素材同士をくっつけるのか、求める強度や剛性はどの程度なのか、生産ライン上での要件はどのようなものなのか、どのくらいのコストをかけられるのか......といった条件で接着剤の「設計」は大きく変わる。構造用接着剤といってもそれはひとつではなく、使われる部位や求める機能・性能によってまさに千差万別だ。

今回、取材したセメダイン社は民生用の接着剤では昔から有名なブランドであると同時に工業用、建築用でも多くの製品を持っている。そのなかで近年、需要が増えているのが自動車向けの構造用接着剤だと言う。

「構造用接着剤に求められる性能の基本は10年なり20年なり、ずっと性能を維持すること。鋼と鋼の接合の場合はねじれ・曲げの剛性を上げるという目的がある。抵抗スポット溶接の打点を増やせば部分的に強固になるが、間隔が広いとスポット打点間がたわむ。ここを動かないようにするために接着剤を併用する。同時に、衝突のように瞬間的に大きな衝撃を受けたときや、日々の走行のなかで繰り返し応力を受ける場合の靭性が求められる」

スポット接合した薄板2枚を接着剤で補強接合したサンプル。塗布はロボットによる全自動で行ない、全体に均一な厚みを維持する。当然、塗布のための設備が必要だ。

現在、自動車のボディを構成する鋼板は、部位によって厚みや強度、表面処理が違う。自動車メーカーごとに要求も異なる。鋼と鋼の接着という用途でも、構造用接着剤はほぼオーダーメイドだ。

「たとえば鉄とCFRP(炭素繊維強化プラスチック)のように異種材料の接合時には、双方の線膨張率の違いや熱歪み、さらにリサイクル性にも配慮しなければならない。鋼×鋼の接着で靭性の低い接着剤を使えばシュレッダーにかけるとバリバリと剥がれるが、CFRP×鋼で弾性体の接着剤を使うと、剥がれないで母材に接着剤が残る可能性も想定される」

著者
牧野 茂雄
テクニカルライター

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産業界を取材してきた。中国やシンガポールなどの海外媒体にも寄稿。オーディオ誌「ステレオ時代」主筆としとてオーディオ・音楽関係の執筆にも携わる。

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