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電動キックボードより安全な特定原付が広げる可能性。電動車いすの知見を生かしてスズキが開発中の「スズライド」と「スズカーゴ」 【マイクロモビリティを正しく育てるために 第3回】

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電動キックボードより安全な特定原付が広げる可能性。電動車いすの知見を生かしてスズキが開発中の「スズライド」と「スズカーゴ」 【マイクロモビリティを正しく育てるために 第3回】
スズキがJMSに出展した特定小型原動機付自転車のプロトタイプには、「ならでは」の知見が盛り込まれていた。

昨年7月に道路交通法などが一部改正され、特定小型原動機付自転車(特定原付)および特例特定小型原動機付自転車(特例特定原付)という2つの区分が誕生した。電動キックボードだけでなく、自転車型や四輪タイプなど、規定を満たせば様々な構造のパーソナルモビリティに運転免許なしで乗ることが可能になった(法律の詳細は第1回を参照)。

このシリーズでは、将来的な可能性と安全性という2つの観点から、この新しい交通手段を検証する。第3回は、自動車メーカーが開発している四輪タイプの特定原付を取り上げる。【このシリーズは、最新号を無料公開しています。】

スズキは昨年、2台の特定原付を発表した。東京ビッグサイトで秋に開催された「ジャパンモビリティショー2023」(JMS)でのことだ。今回は、「SUZU-RIDE」(スズライド)と「SUZU-CARGO」(スズカーゴ)と呼ぶ2種類のプロトタイプを紹介する。自動車メーカーの特定原付は、ベンチャー企業が販売する電動キックボードなどとは異なるアプローチで開発されている。スズキの四輪電動車技術本部Eモビリティ開発部の西浦充紘主任に聞いた。

向かって左が「SUZU-CARGO」右が「SUZU-RIDE」。どちらも昨年の秋に発表された特定小型原付のプロトタイプだ。

これまでの知見をベースに新しいモビリティとして提案

--:色々な特定原付が発売されていますが、ベンチャー企業による電動キックボードが中心だと思います。クルマおよびバイクメーカーであるスズキが特定原付を開発した意図は?

西浦充紘主任(以下、敬称略):電動モビリティに関するスズキの技術を生かして、手軽に使える安全な乗り物を開発しようと企画しました。当社は1985年の発売以来、「セニアカー」を量産・販売していますが、電動車いすという従来の法規制の中で何とか「突破したい」と考えていたことありました。それが、特定原付という区分ができたことで可能になったので、コンセプトカーとしてカタチにしました。昨年7月に行われた法改正の枠に入る、新しい乗り物としての提案です。

--:特定原付という分類ができて「突破できた」のは、どのようなことですか?

西浦:セニアカーは身体障がい者用のクルマに分類され、道路交通法では歩行者扱いです。速度は6km/時まで、サイズは全長が1200ミリ、全幅700、全高1200までと決められています。速度と積載量の2点が大きな「壁」でした。

--:車いすとしては十分なスピードやサイズのような気がしますが?

西浦:Eモビリティには、もっと幅広い活躍の可能性があると考えています。例えば高齢者が運転免許を返納すると、移動手段に困ります。(乗用車から)セニアカーに乗りかえると、速度が時速6キロに制限されます。買い物に行ってもあまり荷物を積むことができなくなります。特定原付という区分ができたことで、この2点を解消できる可能性が生まれたのです。

電動車いすで課題だったスピードと積載キャパシティの2点が、特定原付の登場によって解消できる道が開けた。
日常の脚として、クルマが不可欠な地域は少なくないだろう。代替手段がないために、運転免許は返納できないという声を聞くこともある。SUZU-RIDEがあれば、確かに無理にクルマに乗り続けなくても済むケースがあるかもしれない。高齢化時代における、安全な移動手段の1つとなる可能性はありそうだ。

--:この2台それぞれのコンセプトをお聞かせください。

西浦:名前が表していますが、SUZU-RIDEは乗用がメインで、SUZU-CARGOは主に運搬用途を念頭に置いています。特定原付では全長が1900ミリまで認められています。その枠の中で、用途の幅をもたせるために2種類を用意してみました。

--:どんな使用シーンをイメージしていますか?

西浦:SUZU-RIDEは、主に自宅からの買い物や近距離の通勤・通学・通院などを想定しています。そのほか、旅行先を拠点にして周辺の観光地をまわる移動手段としても使えると思います。SUZU-CARGOは配送業や農業などにおける運搬用途を念頭に置いていますが、JMSではアウトドアでの使い方も紹介しました。キャンプ場周辺のお店に買い出しに出かけたり、薪などの調達に使ったりというイメージです。

--:日常用途と、レジャーまたは商用という感じですね。

西浦:そうですね。どちらも操作は電動キックボードなどと同じようにシンプルにしました。さらに、四輪にすることで安定性も高めました。自転車やバイクなど、路上で「見慣れた車両」の仲間に見える形状にも気を遣いました。

先ほどもお話しましたが、この種の乗り物には積載キャパシティも必要です。SUZU-RIDEには全天候型のボックスを装備し、SUZU-CARGOは軽トラックの様な多用途に対応できる荷台を備えています。

SUZU-CARGOの荷台は軽トラックのような多様な使い方ができるよう考えられている。

--:操作は簡単だとおっしゃいましたが、乗り方を教えてください。アクセルはハンドル部分のグリップですか?

西浦:いえ、バイクの様なスロットルグリップではなく、レバーを押し下げて走るシステムです。低速で手軽に扱いたい時に、バイクのようなスロットル操作は過剰だと考えています。セニアカーもレバーを押し下げて進み、離すと止まる仕様です。電動車いすでの経験を基に操作性を考え、親指で押し下げる「サムレバー」を採用しました。

--:二輪(バイク)とセニアカーを長年手掛けておられるスズキさんならではですね。

西浦:押し下げて走る簡単さは非常に便利ですし、操作ミスも起こりづらいメリットがあります。そのレバーの内側に、速度切替えスイッチがあります。これは、電動キックボードなどと同じように配置しています。

--:カメのボタンを押すと特例特定原付(※1)、ウサギが特定原付(※2)ですね?
(※1:時速6キロで自転車の通行が許されている歩道を走ることができる。)
(※2:時速20キロで車道を走行する。)

西浦:そうです。あと、四輪の乗り物ですので、後進モードもあります。カメの下にあるスイッチを押してからサムレバーを押し下げると、「ピーピー」というアラームが鳴り、バックさせることができます。このあたりも電動車いすの考え方を導入しています。

左の手元にはウインカーとホーンのスイッチが並んでいる。
特例特定原付はカメ、特定原付はウサギのボタンを押して切り替える。その外側の「サムレバー」がスロットルグリップの代わり。

クルマや電動車いすメーカーとしての知見を基にベストなバランスを目指して

回生ブレーキについては、現在、検討中とのことだ。電気駆動システム機構およびユーザーの操作性といった両面から、どのような制御/バランスが安全性の確保にベストなのかを中心に検証を行っているという。安全面には妥協せず、綿密な議論を重ねるところは自動車メーカーらしい。車体重量や速度などを考えると、現実的には摩擦ブレーキの必要はないかもしれない。しかし西浦氏は、ブレーキレバーの必要性を強調する。「お客さまは、自転車やバイクの様にレバーを握れば止まることを望んでいると思います」とユーザーの心理面にも配慮して、ハンドブレーキに関しても最善なバランスを検討中とのことだ。

--:プロトタイプということで詳細は未公表かもしれませんが、動力性能はいかがですか?特定原付に搭載する原動機の定格出力は0.6kW以下と決まっていますが。

西浦:左右の後輪にそれぞれ1基ずつ、合計2基のモーターを装備しています。足回りは四輪独立サスペンションにして、走破性を高めています。

--:坂道はいかがですか?上りは問題ないと思いますが、特例特定原付の場合は下りでも時速6キロに抑える必要があります。特定原付のモードでも時速20キロは超えられません。

西浦:どうやって安全に速度を抑制するかは、回生(ブレーキ)と同じでバランスのとり方を中心に検討を重ねています。仮に回生を入れる場合、そのためのデバイスが必要になります。販売価格などとのバランスも大切です。

--:特に時速6キロ、特例特定原付の範疇が難しいように思いますが。

西浦:そこは電動車いすであるセニアカーの領域で、これまでの知見が生きてきます。逆に、時速20キロまで上がることによる制御が課題の1つですね。安全性や安定性の確保が重要です。

--:このプロトタイプにも、電動車いすの経験が生きているところが少なくないのですね。

西浦:たくさんあります。分かりやすいところはフロント周りですね。このあたり(サスペンションなど)は、ほぼセニアカーのシステムがベースです。

両モデルとも、後輪それぞれにモーターが装着されている。
フロント周りを中心に、「セニアカー」で培ったノウハウが活用されている。

--:特例特定原付の場合は歩道を走行できます。歩道走行する上で、ハードウェアの安全性で特に気を遣っているところは?

西浦:これはセニアカーの話ですが、昨年のマイナーチェンジで超音波ソナーを装備しました。障害物を検知して運転をサポートします。運転者に音で警告すると共に、自動的に減速して障害物を避ける時間を確保します。

--:ADASに慣れた自動車メーカーらしい発想ですね。

西浦:ただ、まだセニアカーの「障害物回避サポート」も改良の余地はあります。さらに特定原付の時速20キロでは事故防止できないケースもあると思います。そこを、どんなシステムで解決するかも今後の課題です。

--:歩道の段差や路面の傾きなどはいかがですか?セニアカーで危険なケースはありませんか?

西浦:今のところ(歩道の段差や路面の傾きなどに関しては)現在の技術で大きな事故につながるリスクはあまり感じていません。それよりも、操作ミスによる接触事故などがセニアカーに関しては多いようです。

--:電動車いすにはジョイスティックで操作するモデルもありますが、セニアカーはハンドル操舵ですね。

西浦:過去には標準型と呼ぶジョイスティック仕様もありましたが、現在のセニアカーはハンドル型のみです。標準型のメーカーでは、ユーザーさんから「前につんのめるような気がして怖い」と言われて新たにハンドル型を出すケースもあります。

--:ハンドル型の方が心理的なメリットが大きいのですね?

西浦:そうですが、屋内などフラットな場所ではハンドルは余剰なケースがあるかもしれません。ハンドルの分、車体も大型化するため、威圧感が出たり接触のリスクが高まったりすることが考えられます。標準型が適している場所もありますので、それぞれの特色を生かしていくのが良いと思います。

--:御社はセニアカーやクルマだけでなく二輪車も手掛けておられます。四輪仕様は初めから決まっていたのですか?

西浦:おっしゃるように、スズキのコア事業として二輪車も四輪車も扱っていますので、色々な選択肢を検討しました。その中で、電動車いすは安定性の高さで好評をいただいています。「電動キックボードは不安定じゃないかな?」と心配な方もいらっしゃるという意見もありました。やはり安定性が大切だろうということで四輪に決めました。

安定性の高さから四輪が最善と判断したというスズキの特定原付。機能性だけでなく、見た目の楽しさも開発においては重要なポイントだという。

西浦:実は、(車いすというイメージから)セニアカーを敬遠される方もいらっしゃいます。高齢ドライバーの中には、「そろそろ必要だな…」と思いながら、クルマやバイクに乗り続けておられる方もいると思います。そういった点にも配慮したのがSUZU-RIDEとSUZU-CARGOです。

「これヤバい!」:JMSでも好感触

--:確かに安定性に不安はなさそうですね。乗員が乗っていなくても安定している特定原付はこの2台くらいかなと思います。あと、セニアカーには心理的な抵抗があるお客さまもいらっしゃるのですね。SUZU-RIDEとSUZU-CARGOなら、ネガティブなイメージは払しょくできそうです。

西浦:ありがとうございます!JMSでも、来場者の声を聞くと「高齢者の乗り物」というイメージの壁は崩せたと感じました。「電動車いす」ではなく、バイクや自転車の仲間に見ていただけたと思います。

--:率直に言うと、現状では「しかたないからセニアカー」というユーザーがいると思います。でもこの2台の場合、「これが欲しい!」というお客さんが多いと思います。SUZU-RIDEやSUZU-CARGOを通してイメージが変わり、セニアカーを敬遠している層にも普及していくと良いですね。

西浦:まさに、同じ思いです!

--:JMSでは良い手ごたえを感じたとのことですが、来場者からはどのような意見がありましたか?

西浦:「そんなにか!」っていうくらいポジティブでした(笑)特定原付というカテゴリーについては、(自動車業界内でも)安全性を心配する声が多いと思います。社内でも、(このカテゴリーを)「どう育てていこうか?」という課題意識をもっています。そんな中、JMSでは「こういう解き方もあるね!」という意見をいただきました。社会の高齢化に伴って、若い人も含めた「移動」をどうするかという課題に対して、一言で「いいよね」という声を聞くことができました。

JMSでの反響には、「そんなにか?!」と西浦氏自身が驚いたと言う。

--:一般の来場者からはどんな声を聞きましたか?

西浦:高齢の方からは、「乗ってみたくなるね」と言っていただけました。若い方は、「ヤバい!」とか(笑)「可愛い!」と言いながら、指をさして近寄って来られるシーンが非常に多かったのが印象的でした。使い方について少し聞いてみたところ、例えば学生さんでも荷物は多いことがあるそうで、「バイトに行くのに使いたい」という意見もありました。昨今のアウトドアブームにもすごく合うようです。屋外のレジャーに使いたいとおっしゃるお客さんもいました。

--:やはり、「これ欲しい!」と言う人は多いと思います。

西浦:海沿いに暮らしておられる方が、JMSのブースにいらっしゃいました。海岸を散歩した後、お気に入りのカフェで休憩するのが定番コースだそうです。今は海までクルマで移動されているそうですが、「実はクルマを使うほど(の距離)じゃなくて…」ということで、「これがいいな」とおっしゃっていました。散歩は大型犬とご一緒とのことでしたが、(SUZU-CARGOの)荷台にケージを固定すればわんちゃんも乗せられます。

大切なのは安全な使用に関する周知の徹底

--:今後も開発を続け、将来的に量産することは既に発表されています。是非、このままのカタチで製品化して欲しいです。

西浦:まず、公道を走って製品性評価を行うことが必要です。その上で、実際にお客さまに試していただきます。そこで初めて分かることもたくさんあります。今(のプロトタイプ)は、まだ私たちの頭の中で「使えそうだよね」という期待値の方が大きい状態です。ですので、「現状では」大きく変えることはまだ考えていません、という表現になります。歯切れが悪くてすみません(笑)

--:いえ、「作ってみて、売ってみてから改善する」のではなく、可能な限り完璧を期してから製品化するというのは、とても大切だと思います。ハード面以外で意識していることはありますか?電動キックボードでは交通ルールやマナーの問題が取りざたされています。

西浦:(電動車いすと特例特定原付は)同じ速度で移動しますが、扱いが違う乗り物でルールが違います。普及だけでなく、そこを(社会全体に)理解していただけるような努力が重要だと思います。

--:扱いが違うというのは?

西浦:道路交通法上、電動車いすであるセニアカーは歩行者扱いですが、特例特定原付は自転車扱いです。したがって、歩行者であるセニアカーは右側通行。特例特定原付は基本的に左側通行です。まずは、そこの理解が必要です。電動キックボードも車道や歩道を走る新しい乗り物ですが、その際のマナーが課題になっていると思います。それと同じです。

--:そうしたことの啓蒙活動の重要性を、メーカーとしても感じておられますか?

西浦:そちらの重要性を、最も重く感じています。これまでになかった物なので、安全性の確保が一番重要です。

--:では、そうしたコミュニケーション活動も行っていく計画ですね?

西浦:(モビリティ)製品を作って販売するということは、皆さんの移動に対する安全を担っているわけです。ルールの説明は、メーカーとしてもしっかり行う責任があると考えています。

--:具体的には?

西浦:セニアカーの販売にあたっては、ユーザーさん1人1人としっかり話をして、十分に理解した上で使っていただくようにしています。また、全国の警察が高齢者向け電動車いすに関する講習会をやっており、私たちも講師として参加する場合があります。

具体的な方法の決定はこれからですが、これまでの(電動車いすでの)経験を生かせば、特定原付のルール周知に関しても適切なアプローチができると考えます。特定原付も、「売り切り」の商品ではないと思っています。免許のいらない乗り物ですから、特にルールはしっかり伝えていくべきだと考えています。

--:よくわかりました。ありがとうございました。発売を楽しみにしています。

西浦:ありがとうございます!

取材を終えて:四輪タイプの特定原付は、新しいモビリティとして免許返納後の有力な選択肢にもなり得る可能性を秘めている。公共交通機関が不足する地域の増加や高齢化などによって、便利な移動ソリューションの確保は重要な社会ニーズの1つと言える。さらに安全なのは当然だが、積極的に「乗りたい!」と思わせるマイクロモビリティがスズキの目指す特定原付のようだ。

このシリーズでは、次回以降も様々な構造のモデルを紹介しながら、特定原付のパーソナルモビリティとしての可能性と課題を探っていく。

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