前編:ニッサンPLASMA RB20DE/RB20DET:現代の最高の技術の集大成版だが…【兼坂弘の毒舌評論 復刻版 #4-1】
1983年からモーターファン誌で始まった「兼坂弘の毒舌評論」。いすゞ自動車の技術者を経てエンジンコンサルタントとして活躍した兼坂氏が、当時のエンジンを「愛情を込めてめった斬り」したことで人気を博した。30年以上前に、現在のエンジン技術を予言していたかのような内容も少なくない。また、今となっては逆に新鮮な、当時のカルチャーを文章から感じることもできる。
テクノロジーの紹介だけでなく読み物としても面白いこの連載を、TOPPERでは抜粋してシリーズでお届けしている。今回は、前回に引き続き日産の「RB」型・直列6気筒エンジンに関する記事を紹介する。DOHC 24バルブ化された「RB20DE」およびターボ仕様の「RB20DET」をメルセデス・ベンツの「M103」直列6気筒SOHCエンジンと比較した評論を、モーターファン1985年12月号より前編・後編の2回に分けて転載する。
当時の時代背景や筆者、編集者の意図を尊重し、文章はすべてオリジナルのまま掲載。写真とキャプション、および小見出しの一部はTOPPER編集部が追加した。写真提供:日産自動車
<TOPPER編集部追記:RB20DEエンジンの歴史>
日産の直列6気筒エンジン「RB」シリーズは、前回紹介したように1984年、5代目ローレルに搭載されてデビューした。SOHC 12バルブだったRB20Eは、その後DOHC 24バルブ化されてパワーアップ。RB20DEが翌85年にモデルチェンジした7代目スカイライン(R31型)と共に登場した。デビュー当時の最強グレード「ツインカム24Vターボ パサージュ」には、最高出力210PS/6,400rpm・最大トルク25.0kgm/3,600rpm(当時の「グロス値」。「ネット」では180PS・23.0kgm)のRB20DETが搭載された。
1987年のマイナーチェンジでは、タービン変更などのチューニングが施された「RB20DET-R」型が生まれた(ネット値で最高出力210ps/6,400rpm・最大トルク25.0kgm/4,800rpm)。このエンジンは、当時の「グループA」の技術規定に基づき、レース参戦車両としての認証(ホモロゲーション)取得を目的に800台が限定生産された「クーペGTS-R」の心臓部として開発された。
その2年後の1989年には、2.6リッター (2,568 cc) DOHC 24バルブツインターボ「RB26DETT」が登場。8代目のR32型でファン待望の「スカイラインGT-R」復活につながる。
国乱れて忠臣出で、家乱れて孝子出づ、と老子がいえば、非老子(ヒロシ)は、ニッサン・ヨタリて名車出づ、とワメクのである。美女には名器か、名車には良いエンジンが必要不可欠・ネッササリイである。歳月人を待たず、ニッサン客を待たせて2年間、果たしてライバル、トヨタを超えたであろうか? 史上最強の7th SKYLINE、その原動力、ニッサンPLASMA RB20DETエンジンは我われの期待に応えてくれただろうか?
SAEでKミラーが拍手喝采
アメリカにはSAEがある。もちろん日本にもSAE of Japan (日本自動車技術会)があって、本家がギンザとすれば日本のはワッカナイ・ギンザという感じである。
SAEは論文を英語で書きさえすれば“このエンジンは特長のないのが特長である”でも何でも講演OKなのだ。だから英語で論文が書ければ、英語でスピーチができさえすれば、観光旅行のついでにハクをつけてくることができる。ましてや旅費が税金や会社から出るのであれば行かなければソンである。
「先生、これボクのSAEペーパーです」と差し出されると、「オレのはASME(アメリカの機械学会)だよ」と背伸びをして優越感にヒタろうとし、他人がムズかしい審査をパスしてASMEに論文が採択されると、4年前のCIMAC(国際内燃機関連合会)でのシミのついた論文をチラつかせてユズラない。オレは何故、他人に嫌われるのだろうか?
バカにしていても内心は尊敬しているSAEに論文を書いた。そしてペケになった。
オレのダチに旧華族なのだから、絶対にクビになれない学習院をクビになったヤツがいて、もちろん大物である。オレも誰でもパスするSAEがペケになったのだから大物かも、と諦めた。だが、東大の洒井研で実験したミラーシステムをガソリン・エンジンに応用した論文に、オレの名前が載っているし、小松製作所もディーゼル・エンジンのミラーシステムを発表するというし、コンサルタント仕事もあってゼニをくれるというので、やっぱりミルウォーキーにまで出かけたのだ。
ミラーシステムを発明したミラーさんはアメリカ人で、ノードバーグというガス・エンジンを作る会社のエンジニアだった。ガス・エンジンはガソリン・エンジンと同じく火花点火エンジンで、もちろん、ノッキングは発生し易いし、過給しようとすれば圧縮比を下げなければ無理である。そこでミラーさんは考えた。ノッキングしそうになったら圧縮比を下げよう。ただし、膨脹比だけは大きいままにした熱効率の高いアトキンソン・サイクルのエンジンが簡単にできないかと。これは何時もいっているように、吸気弁の弁閉時期だけを変えることによって簡単にできたので、ミラーサイクルとか、ミラーシステムとかいわれるユエンである。
9月10日に開かれたオレ達のセッションImproving Diesel Cycle Performanceでは話題の中心はミラーシステムで、TACOM(米軍戦車司令部)のプライジックさんが議長、オーガナイザーはかのセラミック・エンジンで有名なロイ・カモさんと二人とも旧知の間柄である。
最初は、イートン社のチュートさんが断熱エンジンにミラーシステムを組合わせると燃費が良くなるはずだ、というコンピューターによる計算結果を発表した。オレも似たような命題で、カルキュレーターさえもっていないオレは暗算で燃費はトテモ良くなる、と英語で書いてみたところで落とされて当たり前だったのだ。アハハハハ。
次はカールクビストさん。この人はデンマークの舶用エンジンメーカー、バーマイスターのエンジニアだと思う。カモさんと共同で断熱エンジンの熱い排気でスターリング・エンジンを駆動するという画期的なものを発表した。しかし、スターリング・エンジンが実用化されていない現在、計算結果だけの発表であった。
エンジンの排気ガスでボイラーをたいてスチーム・エンジンを動かして動力回収するのがランキン・ボトミングで、スターリング・エンジンで動力回収するこれはスターリング・ボトミングというのだ。オボエてダチに差をつけよう。
次はオレ逹の番で、野口クンという東大院生がスピーカーである。このガキの英語、オレみたいにヘタクソで、もしもオレがスピーチすればどの程度ハジをかくかが良くわかって面白かった。中身はミラーシステムの理論的解析とガソリン・エンジンによる実験結果であって、圧縮比が無過給のままであってもノッキングなしで過給できること、排気温度が低く、もちろん燃費も良くなるというものであった。
最後は小松製作所の石附クン。このコドモはイカニモ・マージャンの強そうな感じで、英語もウマい。最高圧力がタッタの130気圧しかもたないチンケな2弁のディーゼル・エンジンをミラーシステムと2段夕ーボ過給で無過給エンジンの2倍半もパワーアップしてしまったのだ。低速1000rpmのトルクも2倍半である。燃費の良さに会場はザワメキ、終れば拍手喘采、雨アラレの如くであった。
思えば、明治以来百年の長きに亘って欧米の尻馬に乗ってヒタスラにマネをし続けて追いついた日本が、アメリカ人が良くなるはずだとスピーチをしたら、ホントだ、君のいっていることはもう実験が終ってしまっているんだ。そしてホントに良いエンジンができたよ、と発表したということは、このとき初めて追い越したのかも。とは考えすぎか…。