エンジンテクノロジー超基礎講座037|畑村博士に訊く点火と燃焼の基礎知識—ノッキングを知ればエンジンがわかる
エンジンにとっての大敵、ノッキングとはどのように起こっているのか?そして、どのような対策が施されているのか?ノッキングを軸に見ていけば、点火と燃焼は理解しやすい。多くの人が知りたいであろう点火と燃焼の基礎知識をDr.畑村がノッキングをキーワードに伝授する。
TEXT:小泉建治(KOIZUMI Kenji)
目次
燃焼と爆発、そしてノッキング
──まず、ノッキングとはどういう現象のことを指すのでしょうか?
畑村:点火した炎が伝わって燃え広がっていくことを「燃焼」、至る所でそれぞれ自己着火してしまうことを「爆発」とすれば、ノッキングは後者と言っていい。通常、ガソリンエンジンでは燃料蒸気と空気が混ざったところに点火し、それが燃え広がることで熱エネルギーを得ているわけじゃが、常に綺麗に燃えるわけではなく、どうしても偏りが生じてしまうんよ。
ある部分は燃えたのに、まだ燃えん部分もあって、シリンダーの圧力と一緒にそこの圧力が上がる。で、圧力が上がると温度も上がるけえ、燃え残った混合気が自己着火してしまう。つまり、それが爆発というわけじゃ。シリンダー内の隅の方でその爆発が起こり、その圧力が反対側まで伝わって反射する。とても高く、キンキンという音がする。ノッキングとはそういうことじゃ。
──音の発生のほかに、どんな悪影響があるのでしょうか?
畑村:大きな圧力振動が加わって、シリンダー内側の壁面やピストンに大きなダメージを与えてしまう。通常、シリンダーの内側の壁面には数十ミクロンの空気の層があって、それが断熱層のような役割を果たしとる。
しかしノッキングのような圧力振動が加わると、その層が壊され、直接シリンダーやピストンに熱が伝わってしまう。その結果、ピストンの温度が上がって焼き付いたり、ピストンリングが固着したりする。酷い場合はプレイグニッションを誘発してピストンに穴が開いたり溶けてしまったり...。コンロッドが曲がったりもする。
───そのプレイグニッションとは?
畑村:ノッキングによってピストンやプラグなどの温度が上がると、点火する前にそれに接した混合気が燃え始めてしまう。それがプレイグニッションで、点火時期を早めたことと同じことになる。ただでさえ圧縮することで温度が上がっているのに、その過程で火がついてしまうことでさらに熱うなってしまう。
通常は上死点を過ぎて、ピストンが下がりながら火がついて圧力が上昇するのに、それが圧縮過程で起きてしまうんじゃけえたまらん。強烈なノッキング、いわゆるスーパーノックが起こってしまう。それでさらに温度が上がると、次はもっと早く火がついてしまう。
──まさに悪循環ですね。
畑村:そんな状態のことを暴走プレイグニッションとも言う。だんだん早うなって、そのうち壊れてしまう。
低速プレイグニッションという恐怖
──デトネーションという言葉もたまに聞くのですが、どういう意味なのでしょう?
畑村:日本語に訳すと異常燃焼と言うことになるが、日本のエンジン開発の現場ではあんまり使わん表現じゃ。それよりも最近よく問題となっているのは、過給エンジンにおける低速プレイグニッションという現象じゃ。
──初めて聞く言葉ですね。
畑村:ピストンに付着したオイル液滴が燃焼室内に飛び込んで自己着火して、それが火種になって発生するらしいが、全容は解明できておらん。ただ、これは多くても数回で収まってしまう。熱うなったプラグやバルブが火種となるものは、火がついてますます温度が上がるんで暴走してしまうが、オイルが原因ならそのオイルがなくなったら収まるということ。面白いのは、低速プレイグニッションはシリンダーを冷やした方が起きやすいということ。こいつを解明することが、いまの研究課題のひとつじゃ。
──開発段階でプレイグニッションは起きるのでしょうか?
畑村:最近は容積比を高くするんで、自然給気エンジンでも起こる。特に過給エンジンではエンジンの破壊につながるので重要じゃ。自分もルーチェのV6ターボを2基くらい壊した。ピストンが溶けコンロッドがひん曲がった。コンロッドが折れて、それがクランクケースを割って、オイルが飛び出し火が出ることもある。
──燃焼のムラが原因ということであれば、やはりボアが大きいとノッキングしやすい?
畑村:その通りなんじゃ。ボアが大きいと炎が伝わるのに時間がかかるけえ、残ったところが熱せられて点火による火炎が来る前に火がついてしまう。逆に言うと、火炎の伝播が速いほどノックしにくい。それでタンブルをつけたりして、火炎の伝達を早めるようにしとるんじゃ。
速う伝わりゃあ自己着火する時間がない。じゃけえ高回転はノックしにくい。ノックもプレイグニッションも低回転で起こりやすいんじゃ。最近はストローク/ボア比で1.1~1.2に落ち着いてきている。船舶用のディーゼルのように4くらいが理想じゃが、自動車用として研究しとるんは1.5くらい。
あちらを立てればこちらが立たず、点火時期の難しさ
──ノッキングを防ぐには、具体的にどのような方策が採られるのでしょうか?
畑村:まずは圧縮比を下げる。容積比で下げるか、吸気の閉じタイミングを変えて実質的な圧縮比を下げる。これがミラーサイクルじゃ。圧力が下がれば温度も下がる。圧力が高いと温度が低うても自己着火しやすいが、圧力が低ければかなり温度が高うならんと火はつかん。
──でも、本当は圧縮比は下げたくないわけですよね?
畑村:もちろん。ミラーサイクルで実効圧縮比を下げると空気が入りにくうなる。容積比によって下げると膨張比も下がってしまう。膨張比とは、火がついてピストンが下がり、何倍に膨張するかを表したもので、熱効率に直結する。膨張比を下げると熱効率が下がって排ガス温度が上がる。ピストンが貰うエネルギーが減って、その分が排ガスのエネルギーにいってしまう。
──点火時期とノッキングの関係はどうなっているのでしょうか?
畑村:ピストンが上がっていく過程で燃焼すると圧力と温度が激しく上がるためノッキングが発生しやすい。逆に下がって行く過程じゃったら、燃焼によって圧力と温度は上がるが、ピストンが下がるぶん圧力も下がるんで、ノッキングは発生しにくうなる。
しかし、今度は燃焼して圧力が上昇した位置から下死点までの距離が短うなってしまう。つまり膨張比が小そうなって効率が落ちる。結果、排ガス温度が高うなってしまうんよ。で、例えば過給機付きだと、タービンを保護するために燃料を多めに噴く。そんでますます燃費が悪うなる。
──いったいどうすればいいんですか?(笑)
畑村:本当は上死点で一瞬に燃やしてしまうのが効率面では理想。早すぎても遅すぎてもようない。じゃけえ点火時期は本当に難しいんじゃ。
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