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話題のプレチャンバーについて考えてみる

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話題のプレチャンバーについて考えてみる

「プレチャンバー」と呼ぶリーン燃焼技術がF1ではスタンダードになっているようだ。この古くて新しい技術は、レーシングエンジンで磨かれ量産に降りてこようとしている。

TEXT:世良耕太(Kota SERA) PHOTO&ILLUSTRATION:HONDA ILLUSTRATION:イートラビット(eat rabbit)
*本稿は2017年8月に執筆したものです

エンジンが1.6L・V6直噴ターボに切り替わった2014年から、燃料流量規制が導入された。10500rpm時に最大燃料流量は100kg/hに制限される。それ以下の回転数では「rpm×0.009+5」の計算式で求められる流量が割り当てられる。9000rpmなら86kg/hだ。

出力を高めるなら燃料をたくさん噴けばいいが、上限が設定されているのでその手は使えない。では、どうやって出力を高めるかというと、手段はふたつしかない。すなわち、圧縮比を高めることと比熱比を高めることである。比熱比を高めることとは空燃比をリーンにしていくことを指す。空燃比は空気の質量と燃料の質量の比(A/F)のことだ。空気中の酸素と燃料が過不足なく燃焼する比率は14.7(燃料1に対し空気14.7)で、これを理論空燃比、あるいはストイキオメトリー(略してストイキ)と呼ぶ。14.7より燃料の比率が高い(数字は小さくなる)場合をリッチ、反対に、空気の比率が高い(数字は大きくなる)場合をリーンと呼ぶ。

ターボチャージャーを利用して空燃比をリーンにしていき、出力(熱効率)を高める開発をリーンブーストと呼んでいる。これが、新規定が導入された14年以来、F1で取り組まれている開発の方向性だ。燃料流量が規制されているのはWEC(世界耐久選手権)も同様で、トヨタが開発している2.4l・V6直噴ターボはλ1.5〜1.8で回っているという。λ(ラムダ)は理論空燃比の混合気に対して、どれだけ空気が過剰かを示す値だ。燃料がガソリンならλ1.5〜1.8のA/Fは22.0〜26.5になるが、WECはガソリンにエタノールを20%混合したE20を使っているので、ストイキのA/Fは13.6になり、λ1.5〜1.8のA/Fは20.4〜24.5になる。

燃料に対する空気の比率を高めていくと、問題が起きる。混合気が薄くて着火しにくくなるのだ。ここに開発の壁がある。後半燃焼が遅延するのも課題だ。燃焼が遅くなると、比熱比を高めた割に熱効率の向上につながらない。これらの課題を解決する技術がプレチャンバーだ。サブチャンバーとも言うし、副燃焼室あるいは副室とも言う。ホンダはCVCCと呼んでいる。Compound Vortex Controlled Combustionの略で、副室式ジェット燃焼のことだ。

HondaのCVCCエンジン
プレチャンバーは最近出てきた画期的な技術のような騒がれ方だが、副燃焼室を設けた構成はCVCCそのもので、ホンダは高効率化を目指した最新の副室式エンジンの構成について、そのものずばりCVCCと呼んでいる。オリジナルのCVCCは、副燃焼室専用の吸気マニフォールドと吸気バルブ、専用のキャブレターを持ち、副燃焼室内で少量のリッチな混合気を形成して着火。一方、メインの吸気バルブからはリーンな混合気を吸入し、全体としてはリーンな空燃比とした。

1970年にアメリカで制定された厳しい排ガス規制、通称マスキー法をクリアするために開発した技術の名称である。複合渦流調速燃焼とも呼んだが、「複合(Compound)」は燃焼室が主燃焼室と副燃焼室のふたつあることに由来。「渦流(Vortex)」は副燃焼室の火炎がノズルから主燃焼室に噴流となって噴出した際、渦流を起こして燃焼速度を早める作用をすることからあてられた。「調速燃焼(Controlled Combustion)」は、燃焼速度を適正に制御することに由来する。CVCC技術を搭載した1.5L・直4エンジンは72年に発表され、73年にシビックに搭載されることで商品化された。

全体としてはリーンな混合気だが、副燃焼室の点火プラグまわりにリッチな混合気を形成して着実に着火。ノズルを通じて主燃焼室に噴き出した火炎は、リーンな混合気を確実に燃焼させる。この技術が現代のF1にも使われている。

著者
世良 耕太
テクニカルライター

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめとするモータースポーツの取材に携わる。10年間勤務したあと独立。モータースポーツや自動車のテクノロジーの取材で欧州その他世界を駆け回る。

部品サプライヤー・自動車メーカーのエンジニアへの数多くの取材を通して得たテクノロジーへの理解度の高さがセリングポイント。雑誌、web媒体への寄稿だけでなく、「トヨタ ル・マン24時間レース制覇までの4551日」(著)「自動車エンジンの技術」(共著)「エイドリアン・ニューウェイHOW TO BUILD A CAR」(監修)などもある。

興味の対象は、クルマだけでなく、F1、建築、ウィスキーなど多岐にわたる。日本カー・オブ・ザ・イヤー2020-2021選考委員。

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