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シャコタンの運動学| ロールとロールセンターの真実:応用編 ①

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シャコタンの運動学| ロールとロールセンターの真実:応用編 ①

以前、ジムニーを素材に「リフトアップで何がおきるのか?」の講義をしましたが、今回は逆の「シャコタン」をテーマにその運動学と課題について解説します。

リフトアップはSUVなど一部のカスタマイズですが、シャコタン(※ロワリング)はあらゆるクルマで行われます。見た目がカッコいい、重心が下がって操縦性が向上する、などの理由で行われているようです。

わずかなシャコタンであれば車検上も問題ありませんが、車検の際に計測される最低地上高の基準は9cm(車検時は小数点以下切捨てなのに注意)です。

車高の低いスポーツ車の工場出荷状態の最低地上高は105〜120mmほどですので、合法的シャコタンの余地は15〜30mm、余裕(リスク)も考えると10〜25mmくらいしかありません。

ミニバンなど最低地上高が高めのクルマだったら、もう少しシャコタンの余地は増えると思われます。今回はその点も含めて、40〜50mmくらいのシャコタンについて考えましょう。

※ロワリング(Lowering):
日本では「ローダウン(Low-down)」といういい方が一般的ですが、英語では車高を下げることを「ロワリング(Lowering)」、車高を下げた状態を「ロワード(Lowered) 」といいます。この講義では、あえて「シャコタン(車高短)」と呼ぶことにします。

これは、ストラット式サスペンションのロールセンターを簡易的に求めるための図です。

この図はオリジナル車高で作図されていて、ロールセンターは重心の1/5くらいの高さにあります。実際のクルマも大体このくらいの高さ(100mm前後)です。

サスペンションは当然ながら工場出荷状態の車高で設計されています。リンクやストラットの配置もオリジナル車高の状態で最適に設計されているので、シャコタン化はこれらも変えてしまうことになります。

シャコタンによって変化する特性は、予想以上の多岐にわたります。キャンバー角、キャスター角、トーインといった静的なホイールアライメントだけでなく、バンプストロークが減少したり、キャンバー変化やトー変化の傾向が変わるなど、さまざまな特性が影響を受けます。

ホイールアライメント(キャンバー、キャスター、トーイン)は一定程度は調整が可能ですが、キャンバー変化やトー変化の特性は容易に変えることができません。

さらに、アンチダイブ、アンチリフト、アンチスクォートなどのサスペンションの動的特性も変化してしまいます。

これが「シャコタン」の状態です。

重心高が低くなるとともに、ロアアームの角度に上向きの角度が付き、いわゆる「バンザイ」状態になっています。その結果、ロールセンターは重心高の低下分よりさらに下がり、容易に路面より下になります。

ロールセンターが路面より低くなると、タイヤ接地点の軌跡が図の水色の両矢印のようにバンプするとトレッドが少なくなり、リバウンドすると広くなる動きになります。これは「アンチロール率」がマイナスになることを意味します。

ちなみに、アンチロール率がマイナスになると、旋回時に内輪から外輪への荷重移動以上に、大袈裟にロールすることになります。

図はオリジナル車高とシャコタンの比較です。

車高を低くすることで重心も下がります。しかしロールセンターは車高が低下した分よりもさらに下がってしまいます。

これは大雑把にいうと背面視でのロアアームの長さが短いためです。もしロアアームの背面視の長さが無限になる(たとえばフルトレーリングアームの場合)と、ロールセンターは重心と完全に連動して下がります。

これが車高を下げてロアアームが「バンザイするとロールが増える」という都市伝説の根拠です。

 ただし、実際には、「バンザイ」状態かどうかは、さまざまな現象の分岐点であったり、諸悪の根源であったりするわけではありません。

 この点については後で詳しく解説します。

★シャコタンでロールセンターが低くならないサスペンション★

通常の独立懸架はシャコタンにすると、ロールセンターがかなり低くなってしまいます。しかし
サスペンションを工夫すればロールセンターが低くならないサスペンションも設計することができます。

たとえばリジッドアクスルはタイプにも寄りますが、ロールセンターの変化は少ないです。また昔流行した(セミ)トレーリングアーム式サスペンションもロールセンターがあまり変化しません。

BMW(旧3シリーズ、Mini)のセントラルアーム式サスペンションもほとんどロールセンターが変化しません。

ストラット式でもロアアームを工夫すればロールセンターが低下しないサスペンションも作ることができます。この図のようなロアをトレーリングアームにしたストラット式サスペンションです。

このサスペンションは、背面視のロアボールジョイントの軌跡が直線になり、ロアアームが無限長とみなせます。そのためロールセンターはほとんど移動しません。

こんなサスペンションのクルマなんであるの?と思われたでしょうが、なんとトヨタの初代センチュリー(VG20)のフロントサスペンションはこうなっていました。

著者
J.J.Kinetickler

日本国籍の機械工学エンジニア。 長らくカーメーカー開発部門に在籍し、ボディー設計、サスペンション設計、車両企画部門を経験。 退職後、モデルベース開発会社顧問を経て、現在は精密農業関連ベンチャー企業の技術顧問。
「物理を超える技術はない」を信条に、読者に技術をわかりやすく伝えます。

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