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ASFと佐川急便が共同開発した軽商用EV「ASF2.0」に試乗。乗り心地、開発秘話に迫る。

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ASFと佐川急便が共同開発した軽商用EV「ASF2.0」に試乗。乗り心地、開発秘話に迫る。

東京千代田区に本社を構えるASF株式会社は、流通大手の佐川急便とタッグを組み、配送業務に特化した軽商用EV「ASF2.0」をつくり上げた。自社で工場を持たないファブレスメーカーながら、提供する車体は既存メーカーと一線を画した存在感のある一台に仕上がった。CTO・車両開発部部長の山下 淳氏と事業企画部副部長の村上 多加夫氏に、開発時のこだわりや苦労、メーカーとして今後の展望を伺った。

TEXT&PHOTO 石原健児

徹底的なヒアリングから車両開発をスタート

佐川急便と共同開発した軽商用EV ASF2.0

2020年に創業したASF株式会社。代表取締役社長の飯塚 裕恭氏が、佐川急便から商用軽EV製造の相談を受けたことがきっかけだ。かねてEV開発に興味を持っていた飯塚氏は佐川急便との共同開発を決意。自社で生産設備を持たず、企画は日本国内、製造は海外に委託する、いわゆるファブレスメーカーとしてスタートした。

車両開発に際し、佐川急便側から寄せられた要望は「配送業務に耐えうる車両」だ。車両開発の責任者を務める山下氏は言う。「配送拠点から個人ユーザーや企業へ荷物を届ける物流のラストワンマイルを担う配送業者、というターゲットは最初から明確でした」。車両の使用用途は短距離の利用にフォーカスし、長距離移動は想定しなかった。

しかし、配送業者の業務量が分からない。山下氏は佐川急便に1日の走行距離をヒアリングした。「都市部では100km弱、地方では150kmほどと地域により違いがありました」。最終的に1日の走行距離は約150kmと想定。車両企画段階ではさらに余裕を見て200kmとした。

EV開発の要となるのが、走行距離に直結するバッテリーの選定だ。採用したのはLFP(リン酸鉄リチウムイオン)バッテリー。急速充電は30kWでしか充電できないが、安定性に優れたバッテリーだ。「配送業務中は充電せず夜間に充電する、という使い方を想定していましたので、充電速度は問題ではありませんでした」(山下氏)。走行距離も、当初の予定を大幅に超え243kmを達成した。

ドライバー7200名の声を集約し、車両の使い勝手を追求

ASF株式会社 CTO・車両開発部部長の山下 淳氏

車両開発が本格化し開発チームが力を入れたのが、現場へのヒアリングだ。全国のドライバーへアンケートを募ったところ7200枚以上の回答が集まった。寄せられた声は業務関連から休憩時間の過ごし方まで幅広い。「貨物室の照明を明るく」「収納場所が欲しい」「パソコン作業スペースあれば」「台車の収納に苦労している」「ドリンクホルダーを紙パック対応に」。山下氏ら開発チームは、ひとつひとつを検討し車両企画に反映した。

開発スタートからわずか3年弱の2023年、商用軽EV車両「ASF2.0」がお目見えした。ボディサイズは全長3395×全幅1475×全高1950mm、荷室サイズは長さ1690×幅1340×高さ1230mm、最大積載量は350kgと国内の軽自動車基準に準拠している。貨物室の床はフルフラットを実現。貨物室の下には台車を積むスペースと小物収納の引き出しも設置した。ダンボール小(幅497×奥行315×高さ293mm)で45箱、ダンボール大(幅601×奥行450×高さ453mm)で14箱が積載可能で、ガソリン車と比べても遜色はない。

ドライバー側の席を広く設計し、居住性を向上

開発では、アンケートの意見を参考に、ドライバーの居住性にこだわった。「物流のドライバーさんは、助手席をほとんど利用しません。ですから運転席の幅を広くして居住性を上げました」(山下氏)。運転席と貨物室にはLED照明を設置し、作業環境を改善。伝票などの帳票類やA4バインダーを収納できるようサイドスペースや上部バイザーに収納スペースを設けた。ハンドルには取り外し式のテーブルを設置。食事やパソコン作業に活用できる。ドリンクホルダーも紙パック・ペットボトル両方に対応している。

フルフラットの貨物室、下部には台車収納スペースが
収納スペースの引き出しも完備

ガソリン車よりも大きなバッテリーを積み床下収納を設けた結果、貨物室の地上高はガソリン車よりも高くなった。しかし、「ドライバーからは『荷物の積み下ろし時に、腰を痛めなくて済みます』と高評価をいただきました」。怪我の功名と山下氏は振り返る。

ドライバーの疲れやコスト面にも配慮

ASF2.0は配送業務用の車両のため、足回りには特別な工夫はしていない。しかし、バッテリーの重さや荷物の積載を考え、サスペンションを固めに設定。長時間の業務でもドライバーが疲れないように配慮した。「長時間業務をするドライバーにとって、かなり疲れにくい車を作ることができました」と山下氏は語る。

一方で必要以上のコストはかけていない。サイドブレーキは一般的な足踏み式のものを採用し、駆動用のモーターも吸音材などで覆わなかった。モーターやインバーターといったパーツも海外製を使用している。ただ、パーツの品質面には厳しくこだわった。製品の安全面は何より優先されるべきだからだ。「インバーターであれば何%くらいの効率で制御できるか、品質が担保できるか、弊社が設定した基準を満たすことが重要だと考えています」(山下氏)。

2024年3月の時点でASF2.0は、佐川急便のほか、マツキヨココカラ&カンパニーなど複数の企業に納入が始まっている。今後、その他の企業にも納入を展開していく予定だ。

安全を重視、独自の事故防止システムも開発

ASF株式会社 事業企画部副部長の村上 多加夫氏

開発に際し、佐川急便側から寄せられた大きな要望がもう一つある。それは「安全性への配慮」だ。開発チームは、衝突事故防止のため前方・後方の衝突被害軽減ブレーキ、障害物警報機能を搭載。車線逸脱警報機能、前方車両発進通知機能、坂道発進サポート機能など、さまざまな対策を施し、ドライバーと歩行者の安全を目指した。

それだけではない。独自のセーフティシステム「自走事故防止装置」も考案した。物流事業者で過去、実際に起こった業務上の重大インシデントを参考にしました」と山下氏。ドライバーがシフトポジションを「D」「E」または「R」にしたまま降車した場合、システムが検知し、シフトレバーが自動的に「P」に切り替わる。

また、ドライバーへのアンケートでは「運転席からの視認性を改善してほしい」という要望も寄せられた。両側のドアの窓は前側下部を広くデザインした。ドアミラーはミニバンサイズの大型のものを採用し、前方・速報の視認性を高めている。

車両の安全性を担保するため、衝突実験や寒冷地走行も繰り返しテストした。-30℃から-50℃の環境での走行テストもクリアし、国内寒冷地でも安心して走行できる車両が出来上がった。

著者
石原健児

取材ライター。
1966年東京生まれの北海道育ち。大学卒業後、イベント関連企業、不動産業を経て印刷業へ。勤務先のM&A・倒産をきっかけに2016年からライター業を始める。医療系WEB媒体、ビジネス誌「クオリタス」などで活動。医師、弁護士、企業経営者、エンドユーザーなどを対象に取材してきた。総取材人数はだいたい1500人。就学前までに自動車や転落事故で「九死に二生」位は得ていると思う。最近好きな言葉は「生きてるだけで丸儲け」。

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