後輪操舵はなぜ21世紀に蘇ったのか
BEVの普及によって再び注目を浴びる4WS
大きなクルマ、もっと詳しく言えば長いホイールベース車の旋回性能を高めたい。そのための手段として後輪操舵を開発し市販車に搭載したのがかつての日本勢だった。しかしそれらは長く続かず、その後に続く技術も現れない状況が長く続いた。
時を経て、このところのドイツ勢を主とした大きく長いクルマたちが後輪操舵を積極的に採用している。なぜ4WSは蘇ったのか。システムの有力サプライヤーであるZFに話をきいた。
目次
日本で勃発した後輪操舵の開発戦争
乗用車に「後輪も操舵する」という考えかたを最初に導入したのは、1966年の「フォード ゼファーMk.IV」というクルマらしい。しかし、他の自動車メーカーにも影響を与えたという点では、1978年にポルシェが「928」に採用したヴァイザッハ・アクスルではないかと思う。これらはいずれも、外力によって受動的に後輪の向きが変わるもので、“性能を高める”というより、“欠点を克服する”という意味合いが強かった。タイヤ接地点よりサスペンションの支持点が前にあるセミトレーリング式サスペンションは、制動力でも横力でもブッシュの変形(コンプライアンス)でトーがアウトに向く。オーバーステアが出てしまうため、それを補正するのが狙いだった。
しかし外力に頼っていては、操舵に対する位相遅れが生じる。そこで「アクチュエータを使用して能動的に切ったらどうか?」というアイデアが生まれ、1985年に日産がHICASを発表。セミトレ式リヤサスをサブフレームごと動かすという大胆なものだった。これをきっかけに、能動的な後輪操舵システムの開発競争が勃発。日産以外にも、スズキといすゞを除く6社が参入し、1990年には軽自動車のダイハツ・ミラに搭載されるまでに至っている。
急速に鎮静化した開発競争
ところが、日産以外のほとんどのモデルは1世代で採用をやめてしまい、4WSの技術開発は急速に沈静化してしまった。それはなぜか。
現在、「AKC(アクティブ キネマティック コントロール)」の名称で後輪操舵システムをOEMに提供しているZFは、以下のように分析する:
「当時は制御則が未完成だったため、違和感を指摘されました。安定性を高めるために同相制御を強くすると、旋回姿勢が外向きになって軌跡が外に膨らみ、クルマが曲がらないように感じられます。位相反転制御(最初に逆相に切って、途中から同相に切り直す)をすると、切った瞬間に後輪が押し出され、スピンするように感じられるという意見もありました。当時は国産車メーカーを中心に開発が進められていたのですが、欧州メーカーは『安定性は基本性能で出すもの』と否定的でした(百瀬信夫 テクニカル・キー・アカウント・マネージメント)」
だから欧州では、コンプライアンスステアやロールステアによるトーコントロール技術=マルチリンクサスペンションの開発が主流になった。
「また、同相制御は高速域ほど効果が大きいのですが、当時の日本は高速道路の最高速度が100km/hで、効果が感じられる場面はあまりありませんでした。クルマのサイズが小さく、逆相に切って最小回転半径を小さくする必要性が少なかったことも、普及に至らなかった理由だと思います(百瀬氏)」
加えて言えば、折り悪しくバブル経済が崩壊し、メーカーもユーザーも、メカニズムの新規性よりコストダウンを重視するようになった。そんな社会背景も、理由のひとつに挙げて良いのではないか。
欧州での復活
こうして一時は“過去の技術”になったように思えた4WSだが、21世紀に入ってしばらくすると、状況が変わり始める。2009年のBMW7シリーズを皮切りに、13年にはポルシェが911(991)GT3に採用。15年にはフェラーリがF12tdfに、16年にはランボルギーニがアヴェンタドールに採用するなど、かつては否定的だった欧州メーカーが相次いで採用するようになったのだ。特にメルセデス・ベンツは、CおよびSクラス、EVのEQEやEQSにも採用しており、今後も拡大する様相を見せている。
そして、その4WS復活を支えているサプライヤーがZF。同社のAKCは、前記のモデルが軒並み採用している。2019年には出荷台数が50万基に達したことが報告されている。