電動モビリティが支える "歩行領域":私たちの「移動を楽しくスマートにする」電動車椅子の将来とは? 【マイクロモビリティを正しく育てるために 第5回】
モビリティの電動化が世界中で進んでいる。脱炭素社会の実現に向けた施策の1つだというのが世界的なコンセンサスになっているが、そのほかにも大きな可能性を秘めているのが電動マイクロモビリティだ。TOPPERでは、自転車タイプから四輪まで、様々な仕様の特定小型原動機付自転車(特定原付)を紹介してきた。
電動マイクロモビリティ関連事業者の中で、あえて電動キックボードなどの特定原付には進出せず「歩行領域」に限定して事業を展開する企業がある。2012年創業のWHILL(ウィル)は、電動車椅子の開発を中心に、関連サービスや近距離モビリティ機器を活用したMaaSを総合的に提供している。ミッションとして掲げる「すべての人の移動を楽しくスマートにする」という考え方について、事業開発担当の堀出志野 執行役員に聞いた。電動車椅子が、“すべての人”にどう貢献するのか?
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まだ足りない「歩行領域」でのソリューション
--:WHILLの製品はすべて、道路交通法上は歩行者扱いとなる電動車椅子という理解でよろしいですか?
堀出志野 事業開発担当執行役員(以下、敬称略):その通りです。ISOにも電動車椅子の規格がございまして、日本を含め世界中どの国でも基本的には同様のルールでお使いいただけます。
--:製品としての「WHILL」開発のきっかけは?
堀出:「100m先のコンビニに行くのを諦める」というお話を、車椅子ユーザーさんから創業者が聞いたことがきっかけです。諦める理由は主に2つあります。1つ目が物理的なハードルで、2つ目が心理的なものです。
物理的なハードルというのは縁石や坂道といった道路事情です。電動車椅子では、5センチの段差を超えるのに苦労することもあります。心理的なハードルというのは、「乗っている姿を見られたくない」といった、ネガティブな“スティグマ”のようなものです。そこで、テクノロジーとデザインの力でこのハードルを越えていくことを考えました。「すべての人の移動を楽しくスマートにする」というミッションのもと、12年間、事業に取り組んできました。
--:電動マイクロモビリティが注目され始めたのは最近ですが、以前から活動されていたのですね。
堀出:最初のプロトタイプを2011年の東京モーターショーに展示しました。「展示したからには、(製品として世に出す)責任があるぞ!」ということで、翌年の2012年に(WHILL株式会社を)創業しました。どんなにカッコよくて優れた物でも、使ってもらわなければ意味はありません。「お客さまに届ける」ということが、徹底して今まで続いている会社の精神です。
--:初期投資なども大きいモノづくりベンチャーが長く続くケースは多くはないですね。
堀出:世の中にニーズがあったから、受け入れていただけたのだと思います。
--:WHILLのような電動マイクロモビリティを必要としている人は以前から多かったのですね。
堀出:そうですね。それから特に最近は、道路交通法が改正されて小型モビリティが話題になっています。数年前からは、運転免許返納後の選択肢として行政から意見を求められることもあります。世の中のニーズに加え、世論の高まりも電動車椅子が注目された要因だと思います。
--:電動キックスケーターが話題になったのも、電動マイクロモビリティを考える良いきっかけではありますよね。
堀出:そうですね。短距離移動に対する注目度が上がったのは弊社にとってもメリットではあるとは思います。同時に、電動車椅子にも交通ルールの周知徹底など課題もまだまだあるということは認識しています。
--:特定原付や、いわゆる「ミニカー(第一種原動機付自転車)」などへの参入計画はありますか?
堀出:弊社は、「歩行領域」にずっとフォーカスしております。基本的には、この領域の中で課題解決のソリューションを提供していくことになると思います。
--:現状では、非常に実効的な戦略だと思います。
堀出:代替ソリューションが存在しないこの領域で12年間事業を行っていますが、まだまだ、この領域だけでも解決できていない課題がたくさんあります。例えば、日通さん(日本通運株式会社)とは共同プロジェクトを進めています(※)。
荷物の分別をする方々は、広い倉庫内で毎日1万歩から2万歩も歩くそうです。歳をとると、「こんなに歩くのは無理」と辞めてしまったり、時間短縮勤務に変わったりというケースは多いそうです。移動に関する課題が、人手不足など労働市場の課題にも繋がるケースがあることに気づきました。近距離移動という狭い領域でも、まだまだ課題は残っています。
物理的&心理的ハードルを越えるパートナー
--:電動車椅子はスズキの「セニアカー」など、他にもあります。「WHILL」の特長を教えてください。
堀出:(会社としての)WHILLは、電動車椅子メーカーとしてだけではなく、近距離移動の製品/サービスソリューションを提供する会社として事業を行っています。その土台として存在しているのが、ハードウェア(= 電動車椅子のWHILL)というふうに思っております。もちろん、そのハードウェア自体にも強みはございます。特にフラッグシップの“Model C2”は、デザインと機能性で2020年の発売から5年近く根強い支持を得ています。
--:C2はフロントホイールがとても大きいのが印象的です。
堀出:一番大きな特徴は、その「オムニホイール」です。創業のきっかけになった「物理的なハードルを越える」という思いを実現する重要なテクノロジーが集約されています。全体としては大きなタイヤなので、5センチまでの段差を楽に乗り越えることができます。でも、前輪を大きくすると小回りが利かなくなります。これをオムニホイールにすることで、後輪を中心に「その場で回転」ができるようになっています。小回りと走破性を両立しているので、オムニホイールのついたモデルは非常に人気があります。
--:一番の特徴は走破性と小回りの両立ということですね。
堀出:機能面ではそうですね。もう1つは、先ほどお話した心理面でのハードルを越えるためのデザイン性です。「これに乗って、ワクワクした気持ちで出かけていただきたい」という願いを表現した、“前向きな気持ちになるデザイン”です。
また、サイドのプレートは色をかえることもできます。ご自分で装飾を追加されるユーザーさんもいらっしゃって、皆さん本当に「可愛がって」くださいます。WHILLに乗っていらっしゃる方は、必ずちょっと斜めから撮撮影されるんです。「“ここ”を見せたいんです!」とおっしゃいますね。
--:WHILLのデザイン上の特徴でもありますし、個性も演出できる…
堀出:見せたくなる、アピールしたくなる、そんな存在としてお付き合いいただいているんだと思います。左右を違うデザインにしたり、シールを貼ってミニーちゃん風にしたり、色々楽しんでいただいているようです。カバーの取外しも簡単なので、何個か持っていて付け替える方もいらっしゃいます。
--:色を変えて服とコーディネートもできそうですね。
堀出:よく、メガネを例にお話しします。もともとは視力を矯正するための機器でしたが、今はファッションの用途で使っておられる方もいらっしゃいますよね。電動車椅子も同じような感覚で、日々の生活にちょっと彩りを加えるような、必需品であると同時にファッションアイテムの一つになれるような製品でありたいと思っています。
--:スズキが開発している四輪タイプの特定原付を取材した時も、開発者が同じようなことをおっしゃっていました。例えば運転免許返納後に、「これしかない」ではなく、「これに乗りたい」と積極的に選んでもらいたいという思いで製品化を目指しているそうです。
堀出:私たちも、「乗りたいと思えるモビリティじゃないと意味がない」と思って開発しています。「これがいい」という、ポジティブな形で選択いただくことが多いと思います。
--:心理的なハードルが低くなれば、用途も幅が広がりそうです。
堀出:「我々が提供しているのは、近距離移動の課題を解決するソリューションです」、と先ほどに申し上げました。美術館や空港といった施設内やテーマパークなどでの利用も、一つのソリューションだと思っています。日々の生活では必要ないけれど、アウトレットのような広い場所では歩き疲れて楽しめないといったお客様は多いと思うんです。家族の方も、一緒に外出することを控えてしまうケースがあると思います。そういったことが解決できれば、より豊かな生活に繋がるのではないかと思います。一時利用ができる場も増やしているところです。
--:私も、去年のJMS(ジャパンモビリティショー2023)では会場内の移動に借していただきました。
堀出:JMSでの貸し出しは好評でした。アメリカではスクーター型の電動車椅子がかなり普及していて、コンベンションセンターなどでは必ずレンタルサービスがあります。広いホールを歩き回るので、ビジネスマンが1日1万円くらい支払って普通に借りているんです。
--:創業の1年後にはアメリカに進出されたと聞きましたが、そういった市場性が背景にあったのですね。
堀出:高齢社会の到来に伴って、移動に困難を抱える方の増加は世界共通の課題です。当初から世界を舞台に「移動の課題を解決していこう」ということで、まずは一番大きなマーケットであるアメリカに最初の海外拠点を設けました。
ハードウェアはシンプルに
--:モーター出力やサスペンション構造などを教えてください。
堀出:機種によって、少し仕様が異なるものもありますが、最量販モデルのC2には後輪に150Wのモーターが1基ずつ付いています。
--:転回時は後輪の回転差で制御するわけですね。
堀出:そうです。その場で回転するような場合は、一方が逆回転します。
--:C2の場合は前輪が左右にステアしないので、操舵機能はありませんよね。
堀出:はい、(後輪を動かす)モーターの速度差で左右に動かしています。
--:ブレーキは摩擦ブレーキですか?
堀出:電池ブレーキです。
--:回生機能はついていますか?
堀出:バッテリーには(電気を)戻さないように制御しています。
--:近距離モビリティとしての使い方と構造を複雑にしないという考え方でしょうか?
堀出:そのような理解で結構です。サスペンションは四輪が独立している機構です。前輪のサスペンションは、オムニホイールの振動を吸収するのが主な役割です。
--:GPSでトラッキングができるそうですが。
堀出:GPSが標準でついているわけではありませんが、追加サービスに申し込んでいただくとアプリに連動するGPS端末を本体に取り付けて出荷します。ご家族が、お父様やお母様の様子を確認したり、「どうしたの?」といった連絡をしたりできる機能が使えます。
走行履歴の確認もできるので、ユーザーさんの中には日々の移動を振り返ったり、ご家族でシェアして楽しんだりする方もいらっしゃるようです。“もしも”の場合には、転倒通知機能がご家族にメッセージを送ったりロードサービスを呼んだりすることもできます。
自律走行可能なプラットフォーム
--:ウェブサイトでは「自動運転」にも言及されていますが、電動車椅子の自律走行が可能なのですか?
堀出:広い施設内、例えば空港や病院の中でお客様の移動をサポートするためのソリューションとして提供しています。
--:空港内のサテライト間を移動するようなケースですか?
堀出:ターミナル間の移動が多い空港の場合、現在は施設の車椅子にお客様を乗せて職員が押す「プッシュサービス」が一般的です。押して帰ってくるだけで30分から1時間、職員さんが費やすわけです。お客様の移動の課題もありますが、(労働効率面で)施設側の課題にもなっています。そういった背景から、特に空港では自動運転の導入が進んでいます。
それぞれの施設がどんな課題をお持ちなのかにもよりますので、空港の場合も、どういったユースケースがあるかによって(提供するソリューションは)いろいろです。広い空港の場合、乗り換えの「ゲート35ってどこだろう?」って迷うこともありますよね。そういった心配も自動運転によって解消することができます。
--:連れて行ってくれるわけですね。
堀出:機体に備え付けた端末で目的地を指定すれば連れて行ってくれます。到着したら、ユーザーさんは降りて「返却」を押せば自動で戻っていきます。
--:ルート認識の仕組みや装備しているセンサーについて教えてください。
堀出:走行ルートに関する施設内の地図データを事前に機材に登録します。詳細は申し上げられませんが、センサーはライダー(LiDAR)とステレオカメラを使っています。自己位置の認識と、人や障害物の検知をしています。
--:そのセンサーセットであれば認識能力は高そうですね。今後、自律走行の活用範囲も広がってきそうですが。
堀出:弊社の場合はあくまでも課題ありき、ニーズベースです。必要があれば技術を開発するといった順序です。
「モビリティプラットフォーム」が優しい社会作りに貢献
--:クルマの場合はSDV化が1つのトレンドですが、ソフトウェアやOTAによる機能更新などは?
堀出:(電動車椅子)オーナーさんは、スマートフォンからアプリを使ってご自分のWHILLに接続すると、充電残量やバッテリーの消耗度、走行距離など基本的な情報が見られるようになっています。ファームウェアのアップデートも、そのアプリ経由で実施することが可能です。自動車のように、すごい機能が急に追加されることはないんですけれども(笑)
「WHILL OS」と呼んでいるものがございます。今後は、例えばオーナーさんが旅行先で気軽に(別の機体を)一時レンタルができる仕組みなど、一連のサービスを共通化したプラットフォームとして捉えていこうと考えています。
--:そうしたソフトウェアも内製ですか?
堀出:弊社はハードもソフトも、開発はすべて自社で行っています。
--:クルマの開発では分業化が進んで、製品全体を俯瞰して見られないことに不満を感じるエンジニアがいるようです。すべてを包括的に社内で開発するのは大切かもしれません。
堀出:「一つの製品を包括的にみたい」という理由で転職してくるエンジニアはかなりおります。もちろん仕事では分担をしますが、(すべて内製することで)完成品全体に対するエンジニア1人1人の貢献度とか影響度、関与の度合いなどは格段に大きいものになると思います。開発や設計のエンジニアも、ソフトウェアやアプリ、電気のエンジニアも、このオフィスにいます。何かあれば、すぐに会話ができる環境です。
--:今後の計画は?
堀出:近距離移動に関して我々がアプローチしてこなかった領域はたくさん残っています。その一つが、歩道を動くロボットです。例えば、WHILLを使うことで「お買い物に行くのが楽になりました」ということはあり得ると思いますが、そもそも「買い物には行きたくない」という場合もあると思います。買った物を運ぶロボットの足回りとして、弊社の技術を活用いただくケースも増えています。
人を乗せて歩道を移動するモビリティを開発してきましたので、実績のある足回り(≒移動に関する装置)はご提供できます。現在では、そうした事業を「モビリティプラットフォーム」とよんで力を入れています。
--:既に進行中のプロジェクトがあるのですか?
堀出:日通さんとのプロジェクト(※)では、弊社の足回りに関する技術を使っていただいています。一般の方々に使っていただいている品質の確保された部品をロボットの領域や業務用途にも転用することで、歩行領域の課題をもっと包括的に解決できると考えています。人を乗せるモビリティを超えて、いろいろな方面から課題解決に取り組んでいく計画です。
--:まだまだ課題の多い「歩行領域」で、包括的なソリューションを提供していくという姿勢にブレはないですね。貴重なお話をありがとうございました。
※日通の「誰にもやさしい倉庫」プロジェクトでは、ピッキング作業に携わる従業員向けに座面が20センチ上昇する特別仕様の電動車椅子を共同開発中。障がいや年齢によって歩行が困難なスタッフでも、負担なく行動・作業ができる倉庫の実現を目指している。また、同プロジェクトではAGV(無人搬送機)やAMR(自律走行搬送ロボット)などを電動車椅子と連携させて倉庫内作業効率の向上を進めている。
「歩行領域」にこだわり、課題に対してソリューションを提供するというWHILLの姿勢が非常に明確な堀出執行役員へのインタビューだった。同社は、京都や金沢といった観光都市やテーマパークなどのレジャー施設や美術館、病院などでの貸し出しサービスも拡大している。
将来に向けて大きな可能性を秘めた電動マイクロモビリティだが、電動キックボードと同様に、普及に伴って運用面における課題が顕在化することも考えられる。道路交通法上は歩行者扱いである電動車椅子が、車道を走行していたケースが報道されたこともある。冒頭で堀出氏が語ってくれたように、「交通ルールに関する周知徹底」も積極的に進めていくことで、「すべての人」にやさしい社会実現の一翼を担ってくれることを期待したい。