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「コスワース」の名を冠した最初の市販車とそのエンジン[シヴォレー・コスワース・ヴェガとEAA型]

矢吹明紀のUnique Engines

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「コスワース」の名を冠した最初の市販車とそのエンジン[シヴォレー・コスワース・ヴェガとEAA型]
シヴォレー・コスワース・ヴェガのエンジン(PHOTO:筆者)

パワートレイン開発においてその名を知らぬものはない名門・コスワース。その社名をモデル名に初めて冠した製品は、意外やアメリカからであった。
TEXT:矢吹明紀(Akinori YABUKI)

コスワース、それはキース・ダクワースとマイク・コスティンが1958年に創設したイギリスのレースエンジンコンストラクターの名門である。1960年代半ばに開発された代表作でもある1.6リッターF2用エンジンのFVA、そして3リッターF1用エンジンのDFVは、共にコンパクトな燃焼室とスキッシュエリア、そして狭角アングルの4バルブを採用したDOHCユニットとして、レースエンジンの枠を超えて後年の市販車用DOHCエンジンにも大きな影響を与えた存在だった。ちなみにコスワースはレースエンジンチューナーとしての他に1960年代から市販車用高性能エンジンのコンサルタントも務めており、基本的にはその名がおおっぴらに表に出ることは無かったものの、ロータス7に搭載されたフォード105Eケントユニットの高性能バージョンやロータス・エラン用のロータス・ツインカムなどにコスワースの手が入っていたことは周知の事実だった。

コスワースDFV(PHOTO:Wikimedia Commons)

1960年代の後半、F2用のFVA、F1用のDFVが共にモータースポーツの第一線での活躍でその名声を高めると、「コスワース」という名称自体にプレミアム性が生まれることとなった。そんなコスワースの名称を初めて車名に含めたのはどんなクルマだったのか? 意外なことにそれは母国イギリスのスポーツカーやハイパフォーマンスカーではなく、アメリカのそれも最もベーシックかつローコストなモデルから派生したとあるマニアックなグレードだった。そんな地味なモデルと名レーシングエンジンコンストラクターが如何にして結びついたのか? そこにはとあるエンジンの存在があった。

MY1971:シヴォレー・ヴェガ(PHOTO:GM)

1970年夏、ジェネラルモータース(以下GM)の中核ブランドだったシヴォレーは1971年型のニューモデルとして、サブコンパクトカーの「ヴェガ」をリリースした。サブコンパクトカーというのは従来からのベーシックラインだったコンパクトカーのさらに下位を補完することを目的とした小排気量かつ最も小型なモデルであり、何よりも価格が安いことが売りだった。搭載されていたエンジンは新設計の140cu:in/2.3リッター直列4気筒SOHCシングルキャブレター。ボア×ストロークは3.5in×3.6in/89mm×92mm。最高出力は78hp/4200rpmとなっており、これらのメカニカルスペックと性能数値自体は排気量に対して相応の余裕を持たせたものだった。

シヴォレー・2300エンジンと3速MT
(By Chevrolet pre-1978 - Chevrolet press release photo, PD-US, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=22384325)

目新したかったのはSOHCのカムドライブメカニズムがこの時代の市販車としてはまだ採用例が極めて少なかったコグドベルトドライブとなっていたこと。しかしそれよりも何よりも異色だったことは、このエンジンのシリンダーブロックは鋳鉄製ではなくアルミ合金製だったということである。このアルミ合金素材はGMとも関係が深かった金属素材メーカーだったレイノルズが開発したA-390と呼ばれていたものであり、その組成はアルミニウムをメインに少量のシリコン、銅、鉄、微量のリン、亜鉛、マンガン、チタンで構成されていた。この組成の中で重要な役割を果たしていたのはシリコンである。

シヴォレー・2300のボア構造
(By Chevrolet pre-1978 - Chevrolet press release photo, PD-US, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=22384325)

ヴェガ用に開発された新しいエンジンはこの合金を使って鋳造されたシリンダーブロックを採用したわけだが、実はアルミ合金ブロックにはある意味必須だった鋳鉄製のライナーを持たず、シリンダー内面はシリンダーブロック鋳造後にボア内面加工の過程で表面にミクロン単位の微細なシリコン粒子を多く析出させ事実上のボア内面コーティングとするという後年のアルシル加工を思わせる特殊な処理が施されていた。シリコンはモース硬度的には7と極めて硬い物質であり、耐摩耗性という意味では申し分が無かった。しかしシリコンを析出させていたとはいえベースがアルミ合金のままでは同じくアルミ合金素材だったピストンとは溶着の危険がある。というわけで組み合わされるアルミ合金製ピストンも使用するピストンリングは鋼にハードクロームメッキ、スカート部表面には亜鉛、銅、鉄、錫による4層の特殊メッキが施されるというとてもベーシックカーのものとは思えない複雑な構成だった。シリンダーブロック自体の構造はウォータージャケット上部が開口したオープンデッキかつ各シリンダーボア同士が接触したサイアミーズタイプと軽量化を重視したものとなっていた。とはいえ、このレーシングエンジンを彷彿とさせるシリンダーブロックの上に載るシリンダーヘッドは旧態依然の鋳鉄製かつポートは吸気と排気が同一側のカウンターフロー、燃焼室はシンプルなウェッジ型という現代の感覚ではあり得ないチグハグさではあったのだが、その点については今回のテーマには直接関係ないので深く言及はしない。

シヴォレー・2300エンジンのピストンコート構造
(By Chevrolet Engineering - Vega 2300 Engineering, Design and Development, PD-US, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=22840811)

GMが何故驚異的な先進性を持っていたライナーレスアルミシリンダーブロックをベーシックモデルに採用したのか? そこには将来的にはシリンダーブロックの製造について大幅な軽量化が可能なことは言うまでも無く、コストダウンについても有望となる可能性があったがゆえと後年になって伝えられる様になったが、ヴェガの発売当時はそれを耳にした人物の大半が首をかしげたこともまた事実だった。鋳鉄よりはアルミの方が高いというのは今も昔も変わらぬ大多数の人々が抱く通常の感覚だったというわけである。しかしヴェガが発売された翌年の1971年、時代は大きく動き始めることとなる。この年、FIAは翌1972年シーズンからのF2の最大排気量を従来の1.6リッターから2リッターへと拡大する旨を発表した。

著者
矢吹明紀
テクニカルライター

フリーランス一筋のライター。陸海空を問わず世界中のあらゆる乗物、新旧様々な機械類をこよなく愛する。変わったメカニズムのものは特に大好物。過去に執筆した雑誌、ムック類は多数。単行本は単著、共著併せて10冊ほど。

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