EVのブレーキを考える[安藤眞の「テクノロジーのすべて」第79弾]
クルマを電動化するメリットのひとつに、エネルギー回生ブレーキがある。電磁誘導の可逆性を利用して、制動時に駆動モーターを発電機として使い、運動エネルギーを電気にしてバッテリーに戻すのが回生ブレーキだ。
TEXT:安藤 眞(Makoto ANDO)
回生の目的はエネルギーの有効活用。摩擦ブレーキでは熱として捨てるしかなかった運動エネルギーを再利用できるから、燃費や電費が良くなる。転がり抵抗や空気抵抗で失った分は戻ってこないが、市街地走行なら20〜30%のエネルギーが回収できると見込まれている。
しかも回生ブレーキをメインに使用すれば、摩擦ブレーキの負担は大幅に減らすことができる。ならば、ローターの径や厚みも小さくできるはず、なのだが、そうはいかないのが電動車のブレーキの難しいところ。回生ブレーキには、使用できない条件が存在するからだ。
最も起こりうるのが、電池が満充電状態のとき。回生発電しても、電池に受け入れる容量が無ければ使用できない。高低差の大きくない使用環境であれば、走り出すだけで空き容量は確保できるが、問題は高所で満充電にして降り始めた場合だ。回生ブレーキが使用できないから、摩擦ブレーキに頼るしか無い。しかも、EV化で重くなった分まで考慮しなければならないため、同クラスのICE(内燃機関)車よりも、熱容量の大きな(=重い)ブレーキシステムが必要になる。
ところが、そんなケースはそう頻繁に起こるものでは無い。むしろ、普段は摩擦ブレーキはほとんど使用しないから、無駄に大きなブレーキをただ運んでいるだけ、ということになる。起こりうる事象がある以上、対策をしておく必要があるわけだが、なんとも不合理。何か代替手段は無いものだろうか。
そう考えて思いあたったのが、MR(磁性流体)ブレーキだ。湿式多板クラッチのような構造を鉄板で作り、中に強磁性体の粉末を加えた流体を封入した構造で、外部から磁力を与えることで流体の粘度を高め、制動力を発生させるシステムだ。日本では曙ブレーキが15年に技術発表しているが、その後、製品化の声は聞こえてこない。
僕はこれを東京モーターショーの部品館で見て知ったのだが、第一印象は「なんて馬鹿なことを!」だった。回生ブレーキを使えばエネルギーを回収できるのに、わざわざエネルギーを消費してどうするの?と思ったからだ。
ちなみにホンダeには、クルマ側で充電量を最小80%まで5%刻みで任意に制限できる機能が付いている。これは小さなブレーキで済ませようというのではなく、高台に住んでいる人が位置エネルギーを無駄にしないための対策だが、たとえばクルマの位置情報を利用して、最大充電量を自動制御する方法を考えても良いのかもしれない。
いずれにしても、現状のままEVの車重に合わせた摩擦ブレーキを着け続けたのでは、いずれはほとんど摩耗していないパッドやディスクが付いたまま廃車になるクルマが続出するだろう。フルサイズのスペアタイヤにさまざまな代替手段が生まれたように、ブレーキにも何か対策が必要なのではないか。
ところが、バッテリーが満充電状態であるなら、電気を使って回生のための空き容量を確保したいから、お互いの利害が一致する。流体の剪断なので熱を発生するだろうが、発熱量が多くなった頃には電池に回生する余裕ができており、回生ブレーキが使えるようになる(はず)。電池がいっぱいになったら、またMRブレーキにバトンタッチ、ということを繰り返せば、標高2702mの乗鞍スカイライン畳平で満充電にしても(充電設備はありません)、松本まで安心して下れるのではないか?
問題となりそうなのは、どこまで軽く・安く作れるようになるか。制御は電気で行えるから、油圧配管や倍力装置は不要になるが、「枯れた技術」であるディスクローター&キャリパーに比べれば、コスト高になるのは避けられそうもない。ただし、ブレーキダストやフルードの廃液も出ず、パッドやローターの交換もいらないから、サスティナブルという点でメリットはありそうだ。
もうひとつの方法としては、充電量のマネージメントが考えられる。一定以上の高所にある充電器に、満充電を抑制する機能を付与するのだ。装置としては難しいものではなく、充電器でナビ情報を扱えるようにするだけで良い。そして充電コネクタをつなぐ前に、次の目的地を入力する。あとは充電器がナビのデータを利用して、高低差を判定。下りで回生するための空き容量が確保できるところで充電を終了するようにすれば良い。

MRブレーキサイト(https://www.akebono-brake.com/product_technology/technology/next_generation.html)