再エネ発電が大量に普及した場合のCO2排出量は?[MFi年頭所感2024:後編]
電気自動車のCO2排出量とマージナル電源論
電気自動車(BEV)は排気を出さないことから、CO2削減のために世界中で普及政策がとられているが、実際はBEVを充電するときに発電所からCO2を排出している。発電所のCO2排出量は発電形態によって大きく変わるため、どの発電所の電気を使うかが決定的に重要だ。ところが、どの発電所の電気を使っているかは分からないので、従来は全発電所の電気を平均的に使っていると見なす誤った計算方法がとられてきた。しかし、マージナル電源の考え方を使うと発電所を特定して実際に近い排出量が算出できる。
TEXT&FIGURE:畑村耕一(Koichi HATAMURA)
発電が大量に普及した場合のマージナル電源
再エネ発電が大量に普及した場合のCO2排出量の算出に関して、今後の主流になると考えられている太陽光と風力で発電した電力エネルギーの利用について考える。
再エネ発電が増加するとカーボンニュートラルの電力が使えるように思いがちだが、ことはそんなに単純ではない。電力系統に接続している再エネ発電は通常は火力発電を抑制しているので、その電力を使うと火力発電が発電量を増加するのが実際だ。ここでは再エネをカーボンニュートラルの電力として使用する条件について考える。
再エネ発電が増加した場合の電源構成の例として、九州の例を図10に示す。この日は休日で電力需要が小さく日中は太陽光発電が活発だったので、余剰電力が発生した。そのため再エネ発電を抑制して需給調整している。再エネを抑制している時間帯は、再エネがマージナル電源になるので、電力使用はカーボンニュートラルになる。言い換えると電力使用分の再エネ発電が増加する。この時間帯以外では、電力需要が増加すると火力発電が発電量を増加するのでカーボンニュートラルにならない。BEVの充電をこの時間帯に誘導する対策が効果的なことが分る。
電源構成のシミュレーションを使ってマージナル電源を特定すると電力使用に伴うCO2排出量を算出できるが、電源によって排出係数が大きく異なるだけでなく、再エネ発電が増加すると再エネがマージナル電源になる機会が増えてくるとともに、蓄電量が増加してその制御が加わるので、より複雑で難しいシミュレーションになる。
複雑なシミュレーションモデルを使って、ドイツの2050年までのマージナル電源の排出係数を予測した結果を図11に示す。再エネ発電が増加すると全電源平均の排出係数は大きく減少するが、マージナル電源の排出係数の減少は小さいため、再エネの普及に伴って乖離が著しく増加することを示している。また、石炭火力廃止の効果の大きさがよく分かる。
この論文は2019年に発表されたものなので、最近の政策変更は反映されていない。将来的に全火力発電のカーボンニュートラル化が実現すれば、二つの排出係数が共にゼロに近づくためマージナル電源論の出番はなくなるが、それが目指すべき姿だ。
シミュレーションから分かるマージナル電源の特徴
このようなシミュレーションを使って具体的にCO2排出量を計算した例を2つ示す。BEVの普及を肯定や否定するために書かれた論文が多い中、この2つの論文は目的が違うので信頼できる内容になっている。
一つ目は、BEVが普及した場合の電力系統への影響を複雑なシミュレーションで明らかにしたPNNLのレポートを紹介する。再エネが50%以上を占める2028年のカリフォルニアを想定して、BEVが大量普及した場合と普及しない場合の発電構成の差を算出したものだ。言い換えるとマージナル電源を特定していることになる。
図12は太陽光が活発で余剰電力が発生する夏の日の平均を示している。マージナル電源に占める各電源の寄与率を見るとガス発電がほとんどを占め、再エネがマージナル電源になる機会は非常に少ないことが分かる。また、水力と蓄電(揚水発電)がマージナル電源にほとんどならないことも示されている。
この例では米国西部の電力ネットワークを考慮しているが、電力ネットワークが国を超えて広がる欧州では隣国を含む電力系統のネットワークまで考慮しないとマージナル電源を正しく特定できないという難しさがある。例えば、スウェーデンの研究者がマージナル電源の研究をしているが、再エネと原子力が90%を占めるスウェーデンでもマージナル電源の多くはポーランドの石炭火力になると指摘している。スウェーデンで電力を使うと、ポーランドへの輸出が減少してポーランドが石炭火力を増やすという構図だ。
二つ目として、日本において1000万台のBEV導入による、2030年の発電量とCO2排出量の増加を複雑な電源構成のシミュレーションで求めた大阪ガスの本田氏の論文を紹介する。東京大学の荻本研究室で開発されたシミュレーション技術を応用した研究だ。
図13の左はBEV普及に伴う発電量の増加を、右はそれぞれの場合のCO2排出量の増加を示す。図示はしていないがバッテリ製造時のCO2排出量を考慮すると、BEVのLCAのCO2排出量はエンジン車と大差はない。さらに充電時間制御とV2Gの効果が大きいことが分かるが、家庭と事務所に駐車中のすべてのBEVが充放電可能という仮定なので、その実現は容易ではない。
全電源平均の排出係数を使う計算ではCO2排出量がマージナル電源の半分以下になる。その結果、BEVのCO2排出量が圧倒的に少ないと評価されるので、HEVは必要ない、充電時間制御やV2Gを急ぐ必要はないという誤った政策判断に結びつく。加えて、充電時間制御とV2Gの効果を過小評価するという問題もある。
カーボンニュートラルの走行を実現するためには
クルマがカーボンニュートラル走行するためには、BEVでもHEVでも走るためのエネルギーの元になる一次エネルギーが再生可能エネルギーであることが必須だ。再エネ抑制の時間帯以外では電力需要が増加すると火力発電が発電量を増加するため、BEVは再エネ抑制時間帯で充電して初めてカーボンニュートラル走行ができる。「水素製造」と「バッテリ交換式BEV」は、この時間帯の電力を選択して利用できることに大きな利点がある。このような再エネの電力を利用してカーボンニュートラル走行を実現するにはどうすれば良いのか考える。
各種環境対応車のエネルギーの流れと、一般的に言われている長所と短所を図14に記述したが、ここで重要なのは、総合効率と電力需要の場所と時間だ。再エネが発電の多くを占めている場合でも、僻地または再エネ発電の抑制時間帯に使う電力はカーボンニュートラルだが、その他はカーボンニュートラルではない。そのためBEVがカーボンニュートラル電力を使う機会は限られている。水素利用は電力使用の場所と時間を自由に設定できることがBEVと違うところだ。水素から作るe-Fuelの可能性がここにある。
e-Fuel(水素)についてはエネルギー効率が悪いことが問題視されている。例えば、“Fit for 55”の発表に合わせて、e-Fuelを否定する報告書がICCT(International Council on Clean Transportation)から出されている。
図15のようにBEVとe-Fuelのエンジン車の総合効率を定量的に比較して「効率の悪いe-Fuelに注力するのは無駄!」とまで言い切っている。ICCTは発電所から車輪までの”Power to Wheel”で評価しているが、BEVの充電場所と時間はユーザー都合で決まるのに対して、e-Fuelが使う電力は場所と時間を自由に設定できることを思い出して欲しい。チリに設置した風力発電機はドイツに設置した場合の4倍の電力を発電すると試算されているので、気象を含めた総合効率”Sun to Wheel”は大差ないのが実際だ。また、使わなければ廃棄するしかない余剰電力を利用する場合は効率は問題ではない。結局、効率ではなく、コストで評価すべきである。
ポルシェとシーメンスが進めているe-Fuel(ガソリン)の商用プラントを図16に示す。このプラントのように消費地から遠く離れた再エネ発電所は消費地に電力を送れないので、その電力の使用はカーボンニュートラルになる。ただしCO2を排出する工場がないため、CO2の運搬またはDAC(大気のCO2回収)が必要になる。価格は$2/L程度と予測されている。
再エネ発電に適した消費地から遠い地域は世界中にたくさんある。世界各地で類似のプロジェクトがいくつか進められているので、注目しておきたい。
電源政策と長期的マージナル電源
ここまでは短期的マージナル電源について考えてきたが、電源設備の新設・廃棄を含む長期的なマージナル電源についての考え方を簡単に紹介する。
中長期的にも全電源平均の排出係数を使うのが一般的であるが、その理由として環境省の「CO2削減効果算定の手順と留意点」には次のように説明されている。
この排出係数は限界排出係数とも呼ばれ、より適切に評価できる可能性がある。しがしながら、中長 期的にみると火力発電以外の電源も含めて供給量調整を行う可能性もあり、その予測を行うことは現時点では困難であるため、原則として全電源排出係数を使用する。
長期的マージナル電源は、電力需要の変化に伴う発電設備の新設・廃棄を考慮する点が短期的との違いであるが、設備の新設・廃棄は 政策によって大きく変わるので長期的な予測は難しい面がある。ただし、現在の電源政策では、BEVの充電需要が増減することで再エネと原子力が発電設備を増減することは考えにくいので、ほとんどの場合、長期的マージナル電源は石炭または天然ガスの火力発電になる。石炭または天然ガスかは電源政策(炭素税ほか)によって決まる面が大きく,その予測は難しい。
次に、政策によってマージナル電源が決まる場合を考える。例えば、①石炭火力抑制のためにその総発電量に上限を設けると、需要が変化しても石炭火力の 発電量は変わらないので、天然ガス火力がマージナル電源になる。②BEVへの補助金を廃止して普及を抑制し、その予算を補助金として石炭火力の廃止を進める場合は、石炭火力がマージナル電源になる。
このように長期的マージナル電源も火力発電になる可能性が高いので、長期的にも全電源平均の排出係数を使うと実際とはかけ離れた値になる。将来の電源構成の変化予測をした上で、シミュレーションで求めたマージナル電源の排出係数を使うべきである。
まとめ
全電源平均の排出係数を使う従来のCO2排出量の計算が間違っていることを紹介した。間違った計算式を使うとBEVだけでなく、省エネ(節電)の効果が過小評価されて省エネが進まない、CO2排出量が増加する電化が進む危険性がある、CO2排出量を削減する電力の使い方(BEVの充電時間の誘導ほか)の工夫が進まない……様々な問題があることを指摘しておきたい。全火力発電のカーボンニュートラル化を急ぐことも重要課題である。
「従来のCO2排出量の計算は間違っている」ことの認識が広がって初めて、効果的なCO2排出量の削減対策が進む。