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電気自動車のCO2排出量の計算は正しいか?[MFi年頭所感2024:前編]

電気自動車のCO2排出量とマージナル電源論

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電気自動車のCO2排出量の計算は正しいか?[MFi年頭所感2024:前編]

電気自動車(BEV)は排気を出さないことから、CO2削減のために世界中で普及政策がとられているが、実際はBEVを充電するときに発電所からCO2を排出している。発電所のCO2排出量は発電形態によって大きく変わるため、どの発電所の電気を使うかが決定的に重要だ。ところが、どの発電所の電気を使っているかは分からないので、従来は全発電所の電気を平均的に使っていると見なす誤った計算方法がとられてきた。しかし、マージナル電源の考え方を使うと発電所を特定して実際に近い排出量が算出できる。

TEXT&FIGURE:畑村耕一(Koichi HATAMURA)

まえがき

2018年から始めたこの年頭所感も今回で7回目となる。ざっと読み返してみると、ずっと電気自動車(BEV)のCO2排出量の計算が実際と合ってないこととe-Fuelの可能性を書き続けている。昨年は、2035年にエンジン車(HEVを含む)の販売禁止に突き進んでいた欧州で、産業界が異議申し立てを行って、e-Fuelを使うエンジン車の販売は禁止しないことに決着した。ただし、規制の具体的な内容についてはまだ決まっていない。

その欧州で、自動車のCO2排出量削減のためにはBEV一辺倒ではなくe-Fuelなどの多様な技術が必要だ、という主張が自動車業界から出始めている。その根拠の一つになっているのが「BEVのCO2排出量の計算は間違っている」とうIASTEC(欧州のエネルギー・エンジン研究者の集まり)がEU議会に提言した書簡だ。米国でも一部のエンジン研究者が声を挙げ始めており,昨年9月に京都で開催されたPE&Lという国際学会でこの問題が講演で取り上げられた。従来から筆者が主張してきたこの問題が、世界でも問題として認識され始めたということだ。

電力系統の運用に関わるこの計算は非常に複雑で分かりにくいので、筆者はずっと分り易い説明ができないかと考えてきたが、欧米の報告書も参考にして論理的な説明ができるようになった。そこで、今年の年頭所感では,このCO2排出量の計算の問題を中心に解説する。

全電源平均とマージナル電源の二つのCO2排出量の計算方法

IASTECの書簡の中で全電源平均の排出係数を使うCO2排出量の計算を、娘イブの学生生活の費用負担の話に例えて図1のように分り易く説明している。また、同時に発表した論文で、BEVの実際のCO2排出量は従来計算(全電源平均)の約2倍になる計算結果を公表している。

図1 欧州のエンジン研究者(IASTEC)の書簡(2)
娘のイブを再エネ発電に、両親を化石燃料発電に例えている。両親の負担割合が変わらないと仮定して追加支出を算出すると実際の追加支出とは一致しない。排出係数が変わらないと見なした全電源平均の考え方も同様に、計算値と現実は大きな乖離がある。実際の追加支出・増加量を算出するのがマージナル電源の考え方だ。
IASTEC : Open Letter to EU-Council and Representatives of EU-states, 2022, https://iastec.org/open-letter-2

IASTECの書簡が主張する内容をBEVとHEVの100km走行時のCO2排出量を比較する場合に当てはめてみる、図2に示すように、BEVのCO2排出量の計算に全電源平均とマージナル電源の排出係数が使われているのが現状だが、排出係数の取り方で結果が逆転するという大きな問題がある。なぜ二つの計算式があるのか、IASTECの言うように全電源平均の計算は間違っているのか、詳しく検討する。

図2 100km走行時のBEVとHEVのCO2排出量の比較
一般的には全電源平均の排出係数が使われ、BEV(日産リーフ)の100km走行時のCO2排出量は3.9㎏と算出される。専門的にはマージナル電源の排出係数が使われることもあり、9.3kgと2倍以上の値になる。一方、HEV(プリウス)は燃費から計算すると7.1kgになる。

電気には色がついてないので、使っている充電器がどの発電所の電気を使っているのかは分からない。そのため安易に全電源平均の排出係数を使って算出しているのが現状だ。ただし発電所の運転制御を考えると、充電器を使用したときに発電量を増加する電源は特定できる。それがマージナル電源で、全電源平均ではなくマージナル電源の排出係数を使うと実際に近い値が得られる。これがIASTECの提言だが、一般的には使われていない。

では、BEVのCO2排出量をどのように計算するのが正しいかを考える。図3に全発電所の年間発電量とCO2排出量を示す。ここにBEVの充電需要が加わると電力系統の発電量の増加に伴ってCO2排出量が増加する。この増加量がBEVの充電によるCO2排出量である。BEVの電力需要を追加するとマージナル電源が発電量を増加するため、電源構成が変わることに注意が必要だ。通常の電力系統の運用によって電源構成が変わる電源を短期的、発電所の設備の新設・廃棄によって変わる電源を長期的マージナル電源と呼ぶ。話を分り易くするため、ここでは短期的マージナル電源について考察する。

図3 BEVのCO2排出量の算出方法
左の棒グラフはBEVがない場合の年間発電量とCO2排出量を示す。上から再エネ、原子力、天然ガス、石炭火力を示しているがCO2排出量は石炭からが半分以上を占めている。BEVの充電需要が追加された場合(右)を考えると、発電量が増加すると同時に電源構成にも変化が起こる。電源構成の変化を考慮するのがマージナル電源の考え方だ。

従来のBEVのCO2排出量の計算が間違っている

電力需要に併せて供給量と需要を常に一致させる必要があるので、電力系統では発電量が需要に一致するように運転制御している。ここで、各種電源の運転コストと電力の需給調整について考える。図4に示す調整電源の内、「電力需要の増減に応じて総発電量を増減する電源をマージナル電源」と呼ぶ。電源によってCO2排出係数が大きく異なるので、どの電源を使用するかが非常に重要だ。

図4 電力の需給調整とマージナル電源(1)
横軸に電力需要と発電容量を、縦軸に運転コストをとって各種電源を運転コストの順に並べた。経済性原理から、電力需要が増加する場合は左から右に発電量を増加、減少する場合はその逆に運転制御される。結果、需要がMの場合は石炭が調整電源に、Hの場合は天然ガスが、Lの場合は原子力は調整できないので再エネが調整電源になる。各電源のCO2排出係数と、全電源平均とマージナル電源の年間平均の排出係数を破線で示す。
Olivier Corradi : Estimating the marginal carbon intensity of electricity with machine learning, Published in Electricity Map, Jul 3, 2018

電力系統の発電状態によってマージナル電源は異なるので、3つの場合に分けて運転制御を考える。

図5に通常運転と再エネ抑制時の発電所の運転制御の場合を示す。通常は、電力需要が増加すると化石燃料発電が発電量を増加するのでCO2排出量が大きく増加、その増加量はマージナル電源の化石燃料発電の排出係数を使って算出できる。

再エネ発電が増加すると、再エネ・原子力の発電量が需要を上回って再エネ発電を抑制する場合が出て来る。そこで電力需要が増加すると、抑制していた再エネの発電量を増加するのでCO2排出量は増加せず、カーボンニュートラルの電力が得られる。

図5 BEV充電時の電源構成変化とCO2排出量
電源を化石燃料発電と再エネ・原子力の二つに分ける。上はBEVがない場合、下は充電需要が加わった場合を示す。通常(上)は、運転コストの安い再エネ・原子力はその時の能力一杯の発電をしているため、化石燃料発電が余裕を持って需給調整を行っている。余剰電力が発生する場合(下)は、化石燃料発電はぎりぎりまで発電量を減少して、それでも余る電力は再エネ発電を抑制して需給調整することになる。

それに対して、全電源平均の考え方は、電力需要が増加するとすべての電源が同じ割合で発電量を増加すると仮定しているので、需要増加分は化石燃料だけでなく再エネ・原子力も発電量を増加するよう運転制御される。その結果、CO2排出量の増加量はマージナル電源の考え方と比較して大幅に小さな値になるが、再エネ・原子力は発電能力を超えて発電するという現実には起こりえない状態を仮定しているので実際の値とは異なる。

具体的な数値を当てはめて、電力需要が増加した場合のCO2排出の増加量の計算を行った。ここでは火力発電がマージナル電源になる場合を想定している。図6に示すように、10,000kWの電力を使用しているときに使用量を100kW増加して1時間運転した場合のCO2排出量の増加を算出すると、「排出量の差」と実際の「増加量」が一致しないことになる。「どこかに間違いがある!」ということだ。

図6 全電源平均の排出係数を使うことによる矛盾
全電源平均の排出係数を使って10,000kWhと10,100kWhの排出量の差を算出すると25kgになる。一方、実際は火力発電が発電量を増加するので、火力発電の排出係数を使って計算すると60kgの増加になる。全電源平均の係数を使って求めた「排出量の差」と実際の「増加量」が一致しない。

次に、全電源平均とマージナル電源のCO2排出量の値の違いの原因を明らかにする。電力需要、排出係数、排出量の関係を図7に示す。排出量の増加には全電源平均の係数で算出されるA:電力使用による増加に加えて、B: 排出係数の変化に伴う増加(薄皮)がある。つまり、実際の排出量増加はΔX+ΔYで表せる。その値はマージナル電源の排出係数で算出した値に一致する。IASTECがイブの例で示すように、排出係数を一定と見なしてΔYを無視した全電源平均による計算は実際の値と大きな乖離を生じる。すなわち間違った計算なのだ。

図7 全電源平均とマージナル電源の排出係数の差
横軸に電力需要を、縦軸にCO2排出係数をとると、灰色部分が電力系統からのCO2排出量になる。全電源平均の考え方(左)では、100kWhの需要増加によるCO2排出量の増加ΔXは25kgになる。実際は電力需要が増加すると火力発電が発電量を増加するので、全電源平均の排出係数が微増(右)する。排出係数の増加はわずかだが、これを全需要にかけ算するとΔYは有意な値35kgになる。

このことを数学的(高校数Ⅲ)に考えると図8のようになる。

図8 薄皮理論の数学的考察
CO2排出量をF、排出係数をM、電力使用量をDとして、電力需要がΔD変化した場合のCO2排出量の変化分ΔFを関数の積の微分の公式を使って求めた。第1項が全電源平均を使った計算式と一致している。排出係数の変化ΔMは微少でも需要Dは非常に大きいので、第2項はゼロにはならない。

排出量の増分ΔFの第1項が全電源平均の計算値ΔXで第2項が薄皮部分のΔYに相当する。実際はマージナル電源が発電量を増減するので全電源平均の排出係数が微小変化(ΔM≠0)することを忘れてはならない。電力需要が変化しても排出係数Mが変化しない(ΔM=0)と仮定して、第2項を無視(ΔY= 0)しているところに全電源平均による計算の間違いがある。

電気機器のCO2排出量の定義とマージナル電源論

N個の電気機器が系統電力を使っている場合を図4のグラフに当てはめると、各電気機器の排出量は図9の①からNのように図示できる。ここで全電源平均の排出係数を使った排出量がA=ΔXで、図7の薄皮部分を集めた排出量がB=ΔYに相当する。それぞれの電気機器がどの発電所の電力を使っているか分からないので、全CO2排出量を電力使用量に応じて配分した値がAになる。排出係数の微小変化(薄皮部分)Bを無視したこの値は、電気機器のCO2排出量の計算には使えない。この値は、電力系統の全CO2排出量(排出責任)を個々の需要家に公平に配分する場合に使用する。

ここで電気機器をON/OFF(または検討)する場合は、図9に示すように利用する発電所をマージナル電源に特定することになる。ON時の排出量の増加は n=N+1で示す排出量Aと排出量Bの和になる。この値を電気機器の排出量と定義すれば、マージナル電源の排出係数を使って電気機器の排出量を算出できる。

全ての電気機器の排出量Aを合計すると系統の総発電量に一致するが、排出量A+Bを合計する場合も一致する必要がある。ここで、排出量Bは正の値(桃色)と負の値(水色)になるので、全機器の排出量の合計はΣA +(ΣB++ΣB-)=ΣAとなって系統の総発電量に一致する。すなわち、電気機器のCO2排出量をA+Bとしても矛盾は生じない。

以上述べたように、何も操作をしない電気機器のCO2排出量は分からないが、電気機器をON/OFFする場合は、マージナル電源の排出係数を使ってCO2排出量を算出できる。マージナル電源の排出係数はコンピュータ・シミュレーションをすれば求めることができる。総電力需要は時間と共に変化するので複雑なシミュレーションが必要になるが、マージナル電源の排出係数の年間平均値をシミュレーションで算出しておけば、実際に近い電気機器のCO2排出量を(全電源平均のように)容易に計算できる。

図9 電気機器が利用する発電所とマージナル電源の特定
N個の電気機器が系統電力を使っている場合、箇々の電気機器がどの発電所の電気を使っているのか分からないが、仮に各電気機器が利用している発電所を①~N にランダムに割付けている。ここで電気機器をON/OFF(または検討)すると、その電気機器はON時はN+1、OFF時はNのマージナル発電所を選定したことになるので、CO2排出量を算出することができる。

マージナル電源の考え方に基づいてBEVの充電に伴うCO2排出量について考察して、一般的に使われている全電源平均の排出係数を使った計算は間違っていることを説明した。再エネ発電が大量に普及した場合にもそれは変わらないが、再エネ発電がマージナル電源になる機会が増加してカーボンニュートラルの電力を使えるようになるので様子が異なってくる。後編では、再エネが大量導入された場合のCO2排出量について考察する。

著者
畑村耕一

1975年、東京工業大学修士課程修了、東洋工業(現マツダ)入社。ディーゼルエンジン、パワートレインの振動騒音解析、ミラーサイクルエンジンの量産化、ガソリンエンジンの排ガス対策開発などを手がける。2001年にマツダを退職、自動車関連企業の技術指導を行いながら2002年に畑村エンジン研究事務所設立。2007年からはNEDOの委託研究、助成事業で千葉大学とHCCIの共同研究を実施した。

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