開く
BUSINESS

「ちょい乗り」に新風、グリスロは次世代の「生活の足」となるか?

公開日:
更新日:
「ちょい乗り」に新風、グリスロは次世代の「生活の足」となるか?

脱炭素社会の実現を目指し、国土交通省が各地域へ導入を推進しているグリーンスローモビリティ(グリスロ)。電気で走るグリーンでゆっくりな移動サービスは、高齢者や交通の課題を抱える地域の「生活の足」として期待されるだけでなく、観光の新たなソリューションとしても注目されている。グリスロの普及で社会はどう変わるのだろうか。

国土交通省「グリーンスローモビリティの導入と活用のための手引き」より

環境と交通の課題を同時に解決

グリーンスローモビリティとは、時速20km未満で公道を走ることができる電動車を活用した小さな移動サービス。温室効果ガスを排出しない電動車により交通課題を解決するグリーンなソリューションとして、国土交通省が積極的な導入を推進している。

とりわけ超高齢社会に向かう日本では、高齢者の交通課題の解決への期待が大きいが、観光地での移動手段としても注目が集まっている。

ファースト/ラストワンマイルの移動を補う

国土交通省「グリーンスローモビリティの導入と活用のための手引き」より

グリーンスローモビリティは、移動スピードや輸送量の限界から、既存の公共サービスなどを代替するものではない。鉄道やバスなどの公共の移動手段と連携し、補完するファースト/ラストワンマイルの移動手段として位置づけられている。

自宅から駅や買い物などの目的地に向かう際、公共の移動サービスがない地域では、移動は徒歩や自転車、タクシーという選択肢に限られる。そこにグリーンスローモビリティを導入することで、「ちょっとした短い距離」の移動がより快適になり、人々の活動の活性化につながる。

時速20km未満の理由

グリーンスローモビリティが「時速20km未満」と定義されるのには理由がある。道路運送車両の保安基準では最高時速が20km未満の車両はシートベルトや窓などの設置が免除されているからだ。通常の車両に比べて緩和される部分が多いことから、製造・導入コストを抑えられ、運用の簡略化も図れる。

グリーンスローモビリティの活用事例

送迎で高齢者の外出機会を創出

岡山県備前市では、高齢者の移動手段として地域のNPO法人が主体となってグリーンスローモビリティを導入。電話予約に応じて運行するオンデマンド方式で、商業施設や医療機関への送迎手段として活用している。狭い道でも走ることができる4人乗りのカートタイプの小型の車両を採用しているため、利用者の自宅付近までの送迎が可能だ。

千葉県松戸市では、公共交通が不便で高低差もある住宅団地に住む高齢者が増加する中、グリーンスローモビリティを導入。移動手段としてだけでなく、運転手や利用者同士が顔見知りになり、見守りや声掛けに役立っているという。千葉大学予防医学センターが、GPSを用いて利用者の行動変容を調査・分析したところ、地区内の傾斜が大きい場所に住んでいる住民の活動範囲が、グリスロ導入前と比較して約1.5倍拡大したという。地域のコミュニケーションツール「動くサロン」としての価値も見出され、地域住民の手で「グリスロ賛歌」も作られた。

徒歩数分の短い距離も、高齢者にとっては体への負担が大きい。外出する機会が減ることにより、体力が低下してフレイルに陥るリスクも生じる。グリーンスローモビリティがあることで高齢者は外出がしやすくなり、社会活動への参加を促すきっかけになるため、地域内での孤立化防止につながると期待されている。

千葉県松戸市の活用事例

スローな走りが観光の移動に最適

沖縄県北谷町では、観光地の回遊性の向上と渋滞の緩和を目的にグリーンスローモビリティを導入した。「美浜シャトルカート」として2021年3月より運行を開始し、リゾートホテルやビーチ、商業施設への移動手段として観光客に利用されている。のんびりスローに走る、窓のないオープンタイプの6人乗りカートは旅先での景色をゆっくり眺めるのに最適。観光客にも好評だ。

京都府和束町では、日本遺産に登録されている石寺の茶畑景観まで案内する茶畑の周遊ツアーにグリーンスローモビリティ「グーチャモ」を活用。運転手によるガイド付きで、茶畑の歴史に耳を傾けながら約75分をかけてゆっくり茶畑を一周。歩いて巡るのとはまた違った体験を提供している。

沖縄県北谷町の美浜シャトルカート

児童の通学にも活用

福井県永平寺町では、地域の鉄道が2度の事故をきっかけに廃線となり、路線バスはあるものの住民の移動ニーズを充足できずにいた。2020年よりグリーンスローモビリティ「ZEN drive」の運行を開始し、高齢者のサロン活動の他、地域内の小学校に通う児童の下校に活用。野生動物の出現が増える地域で、安心して移動ができる手段になっている。

福井県永平寺町のZEN drive。遠隔型自動運転レベル3による、1人の遠隔監視・操作者が3台の車両を同時運用する運行形態を、国内で初めて実施

荷物の運搬ニーズにも対応

自家用有償旅客運送では、過疎地域で必要な許可を受けた場合に貨客混載(同一の車両で人の運搬と荷物の運搬を行うこと)もできる。

人口減少率日本一の秋田県で、最も少子高齢化が進む北秋田郡上小阿仁村では、マイカーを持たない村民の移動手段に課題があった。NOP法人上小阿仁村移送サービス協会が主体となり、道の駅「かみこあに」を拠点に各集落を結ぶグリーンスローモビリティ「こあにかー」を導入。高齢者の送迎や、農作物・日用品などの配送で活用している。

利用者の乗車を伴わない配送手段としても活用できるなら、郵便物の郵送や買い物代行などの「おつかい」需要が高まりそうだ。

海外ではシニアタウンやリゾート地で活躍

海外でも、グリーンスローモビリティのようなソリューションが各地域に根付きつつある。

アメリカフロリダ州にあるサンシティセンターは、55歳以上の人しか住むことができないシニアタウン。ここでは個人の移動手段として電動のゴルフカートが使用されている。高速道路や日没後の走行は禁止されているが、日常利用には最適な移動手段であり、一般的なガソリン車に比べて維持費が安いことから仕事をリタイアした人を中心に人気が高い。

また、カリフォルニア州ロサンゼルスのリゾート地、カタリナ島でも電動のゴルフカートが利用されている。カタリナ島は全体的な面積が狭いことから、通常の自動車は台数が制限されている。市独自で交通ルールを設け、こうしたモビリティの整備を進めたことで、観光客だけではなく現地住民にも人気の移動手段となった。

地域にとってのメリットも

グリーンスローモビリティの導入は、地域にとってもメリットがある。

地域コミュニティの活性化

グリーンスローモビリティの利用者が増えると、地域のにぎわいも活発になる。外出頻度が少なかった人の社会活動を後押しするだけでなく、乗り合う利用者同士の会話も生まれる。「ゆっくり走るオープンカー」という車両の特性により、走りながらすれ違う車外の人々との会話もできる。人と人の触れ合う機会を増やすグリーンスローモビリティは、地域にとっても人々の心身の健康課題の解消に寄与する魅力を備えている。

新たな雇用を創出

グリーンスローモビリティの導入には、運転を担うドライバーの確保が必要だが、自動車などに比べて運転が容易なことから高齢者や障害者へも雇用が広がる。

定員10名以下の車両であれば普通自動車免許で運転が可能(有償運行の場合は二種免許が必要)。運転操作が比較的シンプルなのに加え、時速20km未満の低速走行、交通量の少ない地域での限定走行は、重大な事故につながるリスクが少ないため、応募へのハードルも低まる。

自動運転の導入がしやすい

グリーンスローモビリティは走行・用途が限定的であることから、自動運転の導入もしやすい。先述の沖縄県北谷町や福井県永平寺町の事例でも、自動運転による走行を実現している。

レベル3では一部の操作や安全確認は人が担う必要があるため、完全無人化にはならないが、比較的操作が容易なグリーンスローモビリティならドライバー不足の問題が緩和され、コスト削減にもつながる。

普及の範囲は限定的

先に述べたように、グリーンスローモビリティは公共の交通手段などに置き換わることを想定していない。自宅などの生活拠点と目的地を結ぶ新たな「ちょい乗り」の手段として用途を限定していることから、下記に述べるように利用範囲が限定的でも大きな問題とはならない。

交通量の少ない地域向き

時速20km未満の低速移動は、運行する場所によっては交通の妨げになる可能性がある。交通量が多い道路などの場所で運行した場合は渋滞を引き起こすリスクに加え、事故につながる可能性も高まる。だが、住宅街などの狭い道路ではむしろ小さい車体の方が対向車とのすれ違いがスムーズになる。

航続距離は短い

グリーンスローモビリティの航続距離は、一回の充電で30km〜100kmほど。あくまで短距離移動用の車両として割り切れば良いことだが、運用にはルートや走行時間のスケジューリングなどで工夫が必要になるだろう。

収益性は弱い

グリーンスローモビリティは用途の範囲での利用に限れば、利用者にとって大きなデメリットは見当たらない。だが地域にとっては、あくまで少量輸送を目的とした事業のため、収益性の弱さは否めない。利用者にとって利便性の高いサービスを設計しても、新規サービスは認知されて利用が定着するまでに時間を要する。地域はこうした課題も知りながら事業スキームを組む必要がある。

福井県永平寺町では、1人の遠隔監視・操作者が3台の自動運転カートを運行管理することで、運行の省人化を図りランニングコストを削減。地域住民だけでなく観光客の利用も多く、自動運転を地域資源としてPRしていくことで利用収益を運行費用の財源として確保していく。地域事業者と連携し、自動運転の乗車に訪れた人が商品の購入などにより地域経済が活性化する狙いもある。

島根県松江市では、高齢化率の高い高台住宅団地でグリーンスローモビリティの無償運行を導入。運賃収益を求める考えではなく、広告収入や協賛、寄付という形で収入を得て、長期安定的な運営ができるように工夫している。

収益の最大化を工夫するというよりは、グリーンスローモビリティの導入がもたらす波及効果を期待するなど、複合的なメリットを見据える方が良いだろう。

国が地域を支援して導入を加速化

こうした地域の背中を押すために、国土交通省や環境省では、グリーンスローモビリティの導入を加速させるために支援事業を実施している。

国土交通省では、平成29年度から「グリーンスローモビリティの活用検討に向けた実証調査支援事業」を実施しており、毎年5~7程度の事業が対象に認定され、車両の無償貸与や専門家によるアドバイスなどの支援を受けながら実証実験を行える。実証調査後にグリーンスローモビリティを本格的に導入したというケースも少なくなく、導入を検討している地方自治体や団体にとっては地域ニーズを見極める良い手段だ。

また、環境省でも支援事業を実施しており、車両に対する補助や事業者に対する補助、IoT技術等を活用した効果的な導入の実証事業などが行われている。経済的な支援のほかに、情報連絡会などのイベントも定期的に開催しており、実際にグリーンスローモビリティを導入した団体の感想や意見を聞くことができる。

人とともに社会の期待を乗せて走る

利用者の目線で気になるところを言えば、悪天候の日や冬の利用が大変そうではあるが、シートで車体を覆うことで雨・風・雪の対策はできる。冬は電気毛布を用意する地域もあり、徒歩や自転車での移動に比べると快適と言えそうだ。

グリーンスローモビリティはまだ一般的な取り組みではないが、導入事例から地方や観光地での満足度の高さがうかがえる。特にライドシェアの普及に課題がある日本においては、こうした「ちょい乗り」を担ってくれるサービスは全国で重宝しそうだ。

環境・交通での課題を解消し、観光促進もできる、小さくて新しいこの移動手段は、人とともに社会の期待を乗せて、これからもゆっくりと走っていくだろう。

PICK UP