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大田区の工匠がみせる切削技術の研鑽とこだわり。有限会社平林製作所 平林 孝博|精密部品加工「匠」の技

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大田区の工匠がみせる切削技術の研鑽とこだわり。有限会社平林製作所 平林 孝博|精密部品加工「匠」の技

自動車にも多く使われる特殊な形状の精密部品、その多くはいわゆる下町の工場で生産されている事はご存じだろう。日本が世界に誇る絶対的な技術力の賜物である。寸法公差100分台の制御が当たり前の工作機械で生産される製品だが、その加工工程において絶対に欠かせないのが、ベテラン職人の卓越したノウハウ、言い換えれば「匠の技」である。工作機械に“きちんと仕事をさせる”緻密な手順と調整、それを支える独自の発想と技術を知るべく、4,200もの製造業の事業所がある「ものづくりのまち」東京大田区の加工職人を取材する。

閑静な住宅街をすすんだ先に「平林製作所」の文字が刻まれた銘板がみえた。戦前から高度経済成長期を経て現代に至るまで、平林製作所は変わりゆく大田区の街並みと一緒に生きてきた。代表の平林孝博さんは、平成21年度に「大田の工匠」に選出され、ひたむきに自社の加工技術を磨き続けている。

切削加工とは何か

切削加工とは、刃物がついた工作機械を用いて金属素材を削り、依頼された図面通りの形状を作る加工方法だ。とくに平林製作所では、円筒形で複数の刃がついた切削工具(フライス)を回転させて切削する「フライス加工」での部品作りに定評がある。平林製作所の入り口付近には、行く手を阻むほど巨大な日立精工製のマシニングセンタ(MC)が所狭しと鎮座していた。

マシニングセンタ(MC)を操作する有限会社平林製作所代表 平林孝博さん。ボタンのくすみが、平林製作所の歴史の長さを物語っている。
平林製作所にある日立精工製のマシニングセンタ(MC)の内部。

フライス加工に対して、切削工具(バイト)を固定し素材を回転させながら行う加工方法を「旋盤加工」という。フライス加工は平面方向の切削が得意であるため、多角形状の切削物の製作に向いている。一方で旋盤加工は、真円度の高い切削物の製作に向いているのが特徴だ。また、フライス加工は切削工具が回転するため、フライスの刃部は素材と接触、非接触を繰り返す(断続切削)。反対に旋盤加工は素材が回転するため、バイトの刃部は素材と常に接触し続ける(連続切削)という違いもある。

平林製作所で用いているフライスのひとつ。これをマシニングセンタに取り付け、切削を行う。

一般的には「フライス加工は多角形状向き」「旋盤加工は円形向き」ではあるが、設計図面と加工素材の形状次第では四角から丸型を削り出すなど、あえて逆の切削工程が最適になる事もある。そこを考えていくのも職人の技である。

フライス(カッター)に対する一流のこだわり

平林製作所で用いているフライスのカッター。左下のカッターは素材との衝突で刃が欠けてしまっている。

フライス加工では、切削工具と素材が接触、非接触を高速で繰り返すため、その度に大きな衝撃が発生する。例えるなら、素材という金属製の金槌を高速で刃先を打ち付けるようなものだ。使用するフライス(カッター)には、その衝撃に耐えうるほどの非常に大きな「粘り強さ」が求められる。ただ切れ味が鋭いだけではダメだ。

そこで平林さんは「市販のカッターを自分で作り直している」という。カッターが持つ「粘り強さ」を最大限に高めるため、形状を大幅に変えていくのだ。切削時には、螺旋状やリボン状などさまざまな切り粉が発生するため、それらが刃に接触してカッターを変形破損させる要因になりやすい。そのため、発生する切り粉の「掃け」が良い形状を考えていくと、どうしても自分で作るという事になる。今では素材自体を変え、刃のコーティングまで指定して作ることもあるという。

市販のカッター(左)と平林さんが加工したカッター(右、奥)。

実際に、市販のカッターと平林さんがある部品の削り出し用に制作したフライスのカッターを見比べてみた。確かに、平林さんが加工したカッターは市販のカッターに比べて刃数がかなり少ない。市販のカッターの刃数が32枚に対して、平林さんが加工したフライスの刃数は16枚。驚くべきことに刃数を半分まで減らしている。

さらに刃の形状自体にも大きな違いが見てとれる。市販の刃は刃先が直線に近く、発生する切り粉が逃げる「ポケット」がない。そのため、切削の際に切りくずが刃に衝突し、刃こぼれしやすい。対して平林さんが加工したものは刃形が放物線を描くようにカーブしており、切り粉の「掃け」を考えた形状になっている。半世紀以上の経験の中で培った知識と経験、技術の積み重ねの賜物だ。

「父親はドリルを研ぐのがうまかったんですよ」
平林さんは父親の仕事に深い尊敬の念を抱いていた。平林さんの父はドリルで穴を開ける加工の際、5/100〜10/100(コンマ1)の誤差しか出さなかった。100分台の公差は、熟練の職人でもなかなか出せない精度である。「ちょっとは学べているんですけど、完全ではないですね」と笑顔をみせる平林さん。平林さんは、いつも「私なんてまだまだですよ」と謙虚な姿勢をみせる。しかし仕事に向き合う平林さんの目は、真剣そのものだった。

「うまく切削できないときは、機械からドッドッドッドッと音がします。
抵抗があるからうるさく音がするわけです。
サクサクサクッと静かに削っていれば、スーッと抵抗なく削れているわけですよね。」

平林さんは擬音語をよく使う。視覚だけでなく聴覚や触覚も研ぎ澄ましながら、全身を使って素材が思い通りに削れているのかを判断している証拠だ。言語化可能な領域を超えた暗黙知が、指先に至るまで浸透しているのだ。

小規模だからこそ前後の工程を考える仕事ができる

制作依頼はほとんどがオリジナル設計の部品だ。小さな工場だからこそ、図面から素材の手配、加工と熱処理までの工程を一貫して考える必要があり、それが経験値を上げていく。

複雑な形状の設計で、他社では加工できない、公差(誤差)内で収まらないとされた部品の相談も多い。持ち込まれる設計図から工程を考える、まずはここが職人の技の見せ所となる。最近は切削工程を考慮していない3D設計図からの依頼も多く、加工する元素材の形状、大きさを考慮しながら、どこをどう保持すれば最短の工程で削りだせるかを長年の経験と技術に裏打ちされたアイデアから検討、試作していく。また、部品毎の最適な金属素材の手配など、加工の前後の工程から関わる必要がある小規模生産者だからこその知識と経験が積みあがっていく。そして、それがかみ合う事で小規模生産者でしか作れない特殊な部品が仕上がることになる。

平林製作所の内部。切削用具が所狭しと並んでいる。
マシニングセンタ(MC)を操作する平林さん。操作盤を見つめる目は真剣そのもの。

反りを出さない。金属素材の熱変化を予測して加工する

平林さんの話を聞いていると、金属素材がまるで生き物のように思えた。
平林さんは反りを出さないためにあらゆる工夫を凝らしていた。設計図を見たとき、平林さんは最初に素材を固定する箇所を入念に考える。加工時に発生する熱はどう作用するか、どの方向から押さえれば反りが発生しにくいか、長年の経験をもとに最適解を見つけていく。なかには素材単体では切削せず、金属ブロックの中に素材を入れてブロックごと切削していくという工程を経るものもある。

切削をしていると、金属素材の薄い部分に「反り」が出てくる。これはフライスが素材と接触してダメージを受けるのと同様に、素材のほうも大きな負荷がかかるためだ。加えて、切削では加工中に熱が発生し、金属が膨張する。その状態で加工を続けると加工を終えた際に金属が縮み、反りが発生してしまう。加工後の製品に反りがあると製品として機能しなくなってしまうため、加工業者にとっては「反り」を出さないことが極めて重要になる。

以前どうやっても加工部品の6割が公差に収まらないという事があった。原因は加工前の金属に施されていた熱処理で、そこに加工時の熱が加わることで予想外の反りが起こったのだ。この時は未処理の金属素材を手配することで予想通りの公差に収めたが、一つ前の工程で素材にどんな熱処理がなされているかも考慮するきっかけとなったという。

円筒形の製品を手で温めると、10分程度で体温とほぼ同じ温度になった。

人にそれぞれ個性があるように、金属素材にもそれぞれ個性がある。刃の回転数や送り速度など工作機械の設定はもちろん、気温や湿度によっても、金属素材のコンディションが変わるためだ。まったく同じ加工方法で金属素材を加工したとしても、反りが大きいものと小さいものの両方が発生してしまう。

それでも平林さんは、根気強く設計図と向き合い、素材と対話をし、トライアンドエラーを繰り返しながら加工していく。

伝えたいのは「ものづくりの楽しさ」

いいものをつくるのに、妥協は許されない。
道具と加工工程の無限の試行錯誤が続き、コストに合わなくなるケースも経験している。それでも、平林さんがずっとこの仕事を続けてこられたのは「ものづくりが楽しい」からだという。

真鍮でできた向こう側が透けて見える極薄の金属板。つくるには高度な切削技術が必要だ。
光を当てると、均一な細かいスリットがあることがわかる。平林さんの不断の努力の賜物だ。

「ものづくりの楽しさを、もっと若い世代にも伝えていきたいね」

いま、製造業は深刻な人手不足に直面している。平林さんも若い職人に期待しているものの、日本のものづくりを担う人々はどんどん減ってきているのが実情だ。だからこそ平林さんは、若い世代にものづくりの楽しさを知ってもらう「きっかけ」を提供したいという想いを抱いている。

「ものづくりは“難しい”という印象が先立っちゃうと、なかなかとっつきにくくなっちゃう。
けれど、こういった記事でも展示会でも、何かのきっかけでものづくりの楽しさを伝えられたらいいんじゃないかなと思うんだけどね。

正直あんまりきれいな仕事じゃないから、きっかけがないとなかなかやれないと思うんだよね。
でも、何度も失敗して、ものができたときは本当に嬉しくなる。
この喜びを、もっと若い世代に伝えていきたいね。」



有限会社 平林製作所 
東京都大田区大森東2-26-25
電話:03-3761-1150
e-mail:hirabayashi.seisakusho.61@gmail.com

(取材協力:大田区産業振興協会 https://www.pio-ota.jp/

著者
平木昌宏

アルファブルーム株式会社 代表取締役。2000年広島生まれ山口育ち。高校卒業後、輸入物販事業を立ち上げるもコロナで大赤字。泣く泣く物書きに。大学入学後、YouTubeチャンネル「フェルミ漫画大学」に拾われ、同チャンネルの脚本家に。2023年1月より暗号資産取引所「Coincheck」にてメディア編集長。4月に編集プロダクション「AlphaBloom」を立ち上げ、現在に至る。取材記事やテクノロジー系記事を主に執筆。大学はまだ卒業できていない。好きな言葉は「まじめにふまじめ」。

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