ロボットになった変速機|トルクコンバーターのないステップAT
「滑らかで効率良く、同時に"ICE+電気モーター"というふたつの動力源を気付かせずに走る」。このねらいのためにマツダがやったことは、トルコンをなくし機械式クラッチを徹底的に制御することだった。
TEXT:牧野茂雄(Shigeo MAKINO) FIGURE:MAZDA/Shigeo MAKINO
遊星歯車(プラネタリーギヤ)を使ったステップ(有段)ATは通常、発進機構としてトルクコンバーター(以下=TC)を使う。液体を満たした密閉空間にICE(内燃機関)と同軸で回るプロペラで渦を起こし、それと向き合った変速機側のプロペラに動力を伝えるシステムだ。流体を使ってICE(内燃機関)と変速機をつなぐ。また、ほとんどのTCは向かい合ったプロペラの間にステーターと呼ばれる水車状の羽を入れて渦を強くし、トルクを増幅させている。
マツダのスカイアクティブ・ドライブもTCを使っていた。向かい合うプロペラとステーターは発進するときだけ使い、発進後間もなくICE側と変速機側のプロペラを直結状態(ロックアップ)とし、TCの「滑り」による動力伝達ロスを回避している。TCを使ったステップATとしては高い伝達効率を持っている。
しかし、スカイアクティブ・ディーゼル(以下=SKY-D)3.3ℓ直6には、まったく新しいステップATが採用された。TCを使わず摩擦式クラッチを使う。ドライバーがクラッチペダルを操作し、アクセルペダルを踏みながらちょうどいいタイミングでICEと変速機を繋いでスムースに発進させる動作を機械にやらせる。おそらく日本で初めての試みだろう。
段数は8速。ギヤ比は低いほうから5.258/3.303/2.129/1.705/1.300/1.000/0.822/0.628、レシオカバレッジ(最ローギヤ比÷最ハイギヤ比)は8.37。実用上十分なワイドレシオだ。最終減速比はモデルによって変わる。そして、どのモデルと組み合わせる場合もTCを使わない。完全1仕様だ。
「初期検討でTCレスという案が出てきた。ダイレクトな発進を機械式クラッチで行ないMT同等の伝達効率にする。熟達ドライバーの発進操作は、ニュートラルから素早くクラッチをミートポイントへ持ってくる。アクセルをジワッと踏みながらクラッチをつなぐ。これができればいい」
ステップATの内部では、遊星歯車の組み合わせでギヤ比が変わる。回転しているギヤを止め、同時に止まっているギヤを動かす。この動作切り替えは油圧作動の湿式多板クラッチで行なう。そのための油圧機構を備えている。この油圧を利用すれば発進クラッチを動すことはできる。しかし、熟達ドライバーのような絶妙な操作はできるのか。
「AT内のクラッチは通常『解放』と『締結』だけだが、その中間に『待機』という状態を作った。クラッチ締結に時間がかからないよう、ほぼゼロタッチ、しかし微小に当たっている……という弱クリープの状態で待機する。油圧の制御は油圧センサーからの信号を使い、ドライバーのアクセルペダル操作に応じてクラッチ締結力を精度よく、応答性よくコントロールする。アクセルをそろっと踏んでも一気に踏んでもうまく同期させる。こういう制御を作り込んだ」
つまり発進&変速を適宜行なうロボット。ドライバーがどのような操作をしてもうまく追従するロボット。そんな印象だが、この8ATはマツダのラージ・プラットフォーム商品すべてに対応するような性格のはずだ。ということは、ギヤ比の選定がむつかしい。現在はAT設計用のシミュレーションソフトで何億通りもの組み合わせを試し、ギヤ選定は楽になったといわれるが、決定を下すのはスタッフだ。