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水素燃料で13LのICEを稼働|大型商用車の脱炭素化は水素エンジンが肝?【水素という選択肢 Vol. 6】

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水素燃料で13LのICEを稼働|大型商用車の脱炭素化は水素エンジンが肝?【水素という選択肢 Vol. 6】

IAVが開発を支援した水素燃焼ICEの実証実験が2024年から始まる。大型商用車のディーゼル燃焼ICEを水素燃料へと置き換える最初のステップである。第1段階は排気量13ℓ程度のICEを水素ポート噴射で走らせる。

CO2排出量削減に向けて、BEV以外の選択肢にも注目が集まるようになってきた。ガソリンや軽油に代わる燃料を用いてICEをクリーンに使う試みも行われている。ドイツで行われている大型商用車向けディーゼルエンジンを水素で稼働させる試みを、Motor Fan illustrated 207号(2024年1月)から抜粋して紹介する。<情報は当時のもの>

TEXT:牧野茂雄(Shigeo MAKINO)
FIGURE:IAV/Shigeo MAKINO/萬澤琴美(Kotomi MANZAWA)

ドイツのESP(エンジニアリング・サービス・プロバイダー)であるIAVは、水素の動力利用についてすでに15年以上の開発実績を持つ。ICE(内燃機関)での水素燃焼と、FC(燃料電池)での利用の両方を研究してきた。IAVのスタンスは「自動車の動力について、すべてのスタンスを持つ」であり、水素も重要な選択肢のひとつと位置付けている。今回、同社で水素部門を担当するレビンスキー氏とエルゲティ氏に現状を訊いた。

既存のディーゼルICEに水素燃焼用システムを装着

水素利用は大型商用車を念頭に置いている。同時に「とにかく使ってみる」という観点から乗用車やフォークリフトも開発対象にしている。乗用車用途については、従来のFCスタック中心のシステムとはコンセプトが異なる「小さなFCスタックと大きな容量のバッテリー」を使うCセグメントを想定した低コストFCEVも提案している。また、農業機器のようなオフハイウェイ用途についても「予想以上に引き合いが多く有望な市場」と位置付けている。

その中で、まず実証実験に着手するのは水素燃焼ICEを搭載した大型トラックだ。200台規模のフリート試験に2024年から着手する。排気量は、手始めに13ℓの直6ディーゼル、次のステップとして16〜17ℓの直6ディーゼルを考えている。既存のディーゼルICEに、水素を燃料として使うために必要なシステムを取り付けたコンバートICEである。

混合気生成過程の違い|この図はICEへの水素供給方法の違いが性能面でどう影響するかを示したもの。大型商用車のフリートテストではまずPFI(ポート噴射)から取り組むが、順次DI(直噴)へと移行する予定だ。ベースは通常のディーゼルICEであり、燃料を軽油から水素に変えるための最小限の改良で対応する。商用車OEMごとに車両側の仕様は異なるが、水素燃料化に必要な部品の配置は大きくは変わらないだろう。

燃料である水素の供給方法は、まずポート噴射から始める。ガソリンの場合と同様、もっとも均質で「よく混ざり合った」混合気の生成には「ポート噴射が適している」ためだ。システム全体が簡素で、水素タンクやプレッシャーレギュレーターなどを既存のトラックに装備する方法の、いわゆる「ポン付け」に対応する。すでに水素ICE開発で性能は立証されている。

その次の段階として、低い圧力での筒内直噴を想定している。効率の向上とプレイグニッションの防止が狙いだ。圧縮着火ICEでのプレイグニッションは、おもに低回転高負荷の領域で発生する。なぜ起きるかは完全には解明されていないが、デポジット(燃えかす)や燃料・オイルの油滴に着火して発生することは確認されている。水素燃焼の場合、ポート噴射での予混合で発生するバックファイアも一種のプレイグニッションであり、これを防ぐための筒内直噴である。ただし、燃料噴射圧は「ガソリン直噴ICEに使う程度の直噴インジェクターを使い、低い圧力に抑える」という。

その次のステップは高圧の筒内直噴である。出力と効率だけでなく運転安定性の点でもこの方式が最適であり、しかし開発難度は高いという。IAVでは、直噴化に当たっては燃料インジェクターにキャップを被せて噴霧の最適化を図る方法を考案した。詳細は明らかではないが、噴霧の方向をキャップに設ける穴の数や径で調整し、シリンダー壁面への水素付着などを防ぎながらポート噴射に近い混合気状態を作り出すことが狙いと思われる。こうしたキャップは、すでにプレチャンバー用に開発されており、おそらくその知見が使われているのだろう。

性能アップへのステップ|直噴化のメリットを活かすためのアイデアのひとつが、インジェクターへのキャップ装着による多噴孔化(マルチホール・アプローチ)だ。2噴孔の場合は噴霧の伸びが約2倍になるほか、異なる噴孔径の組み合わせも試験されている。キャップの噴孔と噴射圧の関係から、そのICEに最適の混合気生成を目指すが、噴射圧0.2〜1.0MPaでのシミュレーションがすでに公開されている。
研究開発用ICE|IAVのラボで使われている単気筒テストICE。このタイプは2021年からFCVプロジェクトに供され、NOx(窒素酸化物)やCO(一酸化炭素)などの排出物計測やノッキング、プレイグニッションの発生抑制に使われている。高圧直噴化については燃圧30MPaがテストされている。開発と検証にはMBD(モデルベース開発)が活用される。

長距離を走る大型トラックの場合、水素ICEは「最終的には軽油のコモンレールシステムのような高圧噴射が理想的だ。IAVでは水素タンクのソリューションとその搭載方法も提案するが、限られた容量を有効に使うためには燃費が重要」という。

大型車向けの水素搭載|異なる車両への水素タンク搭載を標準化し、できるかぎりコンパクトなシステムにまとめる。追加の改造作業を抑えることと水素搭載量を削らないことの両立が求められる。同時に車両への水素タンク搭載に当たってはEU2019/ECE R134規定への適合も必須である。たとえば運転台ルーフ上にタンクを置く場合は、車両前端から420mm以上、左右端から200mm以上内側にしなければならない。

「BEVだけではとてもまかなえない」

IAVは「次の10年は、水素の有効利用方法を定着させることが大きなテーマであり、我われの技術ソリューションのひとつだ」と語るが、同時に「どのような水素が供給されるかを注視しなければならない」と言う。路上交通のための水素補給ステーション設置は順次進んでおり、ドイツ国内やオランダ、ベルギーについては「港湾都市からドイツ内陸まで、補給にはほぼ問題がないくらいになってきた」というが、水素利用にはまだ欧州内にも温度差がある。

IAVによると「ドイツは国家戦略をアップデートし、ブルー水素の生成と利用に取り組む方針を固めた。デンマークとノルウェーからの輸入計画に加え、水素精製段階で関連するCO₂排出を削減するために回収・貯蔵技術を活用し、天然ガスなどからのブルー水素の生産を確保することになっている」という。

ドイツの産業界や商用車分野での水素使用への期待は大きい。「BEVだけではとてもまかなえないし、大型商用車にはCN(カーボン・ニュートラリティ)エネルギーとしての水素利用が現実解」とのコンセンサスがある。2023年7月にドイツ政府は、国内での水電気分解による水素製造目標を2030年時点で10GW(電解層容量)に設定した。これで年間最大25TW(テラワット)の水素を生成できるとの試算だ。

ただし、これを実現しても国内で必要な水素需要の30〜50%しか満たせないと予測されることから、水素パイプライン経由でノルウェーとデンマークから輸入する。この、水素パイプライン綱については「ノルウェー、デンマークとの交流はすでに進んでおり、フィンランド、スウェーデン、オーストリア、イタリア、フランスとも協議が行なわれている」という。

また、ドイツでは南米の風力発電稼働率が極めて高い場所で再エネ発電による水素精製を行ない、それをe-Fuelの状態で船舶輸送する計画もある。再エネ発電は地域ごとのポテンシャルに差が大きく、往々にして需要地でない場所でポテンシャルが高い。電気は貯蔵が難しいから、これを水素に変換する。さらにそこからe-Fuelを作る。再エネの「時間と場所」を超える方法である。その意味では、e-Fuelを使うICEも水素燃焼ICEも有望な選択肢である。IAVはこれらをすべて研究している。

敵は特定のテクノロジー = ICEではない

著者
牧野 茂雄
テクニカルライター

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産業界を取材してきた。中国やシンガポールなどの海外媒体にも寄稿。オーディオ誌「ステレオ時代」主筆としてオーディオ・音楽関係の執筆にも携わる。

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