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後編:ニッサン PLASMA RB20E ストレート6:クラシックな技術の集大成版【兼坂弘の毒舌評論 復刻版 #3-2】

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後編:ニッサン PLASMA RB20E ストレート6:クラシックな技術の集大成版【兼坂弘の毒舌評論 復刻版 #3-2】
ニッサン PLASMA RB20E ストレート6エンジンを構成するパーツ類。

1983年からモーターファン誌で始まった「兼坂弘の毒舌評論」。いすゞ自動車の技術者を経てエンジンコンサルタントとして活躍した兼坂氏が、当時のエンジンを「愛情を込めてめった斬り」したことで人気を博した。今回は、モーターファン1985年4月号に掲載された日産の直列6気筒エンジン「RB20E」に関する記事の後半部分を転載して紹介する。

当時の時代背景や筆者、編集者の意図を尊重し、文章はすべてオリジナルのまま掲載。写真および小見出しの一部はTOPPER編集部が追加した。写真提供:日産自動車

騒音対策はもぐら叩き

レスポンスを良くするためにエンジンの運動部分を軽くしたという。すなわち①クランクシャフトの最適形状化、②サーマルフロー・タイプの軽量ピストン、③コンロッドの軽量化などで、オレにいわせれば、当たり前のことを良くぞやったとホメたいのだ。

前月号(TOPPER編集部注:TOPPERでは未掲載)でも書いているように、エンジンを組み立てるにはコンロッドにピストンをピストンピンで組つけて、シリンダー上部から図15のようにクランクピンに向けて挿入するのだ。

だから図のようにコンロッドのビッグエンドの大きさはシリンダーを通りぬけられなければいけない。クランクピンの太さの決定は誰でも図15のように製図するのだ。だから最高燃焼圧力150気圧のターボ・ディーゼルも50気圧のガソリンエンジンも、同じボア径ならば同じクランクピン径になってしまうのだ。インチキな製図をした後で、これが最適設計であるとするために、頭の良いエンジニアはこのピン径が最適であるというまで、コンピューターに“デタラメ係数”のデタラメさを変えて、コンピューターに最適形状化であるといわせるのだ。エライ人とか、オレみたいなオジンでは、コンピューターが計算しましたといわれると、反論する能力がないのだ。

ニッサンのエンジニアのエライところは“最適”のバカバカしさに気がつき、図16の点線のようにピン径を少し細くし、輻も狭めた。このクランクピンにだきつくコンロッドのビッグエンドはどうしても写真17のように小さくなり、当然に軽くなる。チーク(チークダンス:ほほ)が写真18のようにぶ厚くなると、このクランクは曲がりにくい、ねじり振動しにくいということになり、エンジンまでが静かになってしまうのである。

だからといって写真18が“最適形状化”されたクランクシャフトではない。この次にはもっとピン幅の狭いクランクシャフトが出現するにきまっているので、“最適化“などとコンピューターを使ったマスターベーションすることはいい気持かも知れないが、進歩の牙を自分でつみとることである。

加速割り込み噴射方式

④ 加速割り込み噴射方式。ボッシュが発明したこのEFIは素質が良いので、最適制御によって進歩させることが可能である。ニッサンRBエンジンは三元触媒によって排気をキレイにするので、ミクスチャーはストイキオメトリー(理論空気燃料比 = 空気14:燃料1)でなければ触媒は作動しない。ところが、パワーが一番出るのは濃いめのミクスチャー(空気12:燃料1) で、RBエンジンでは加速するとき、アクセルの踏み込み量や車速、水温、気温などに応じてコンク(TOPPER編集部注:「濃縮されたもの=conc.」の意か)なミクスチャーを燃料噴射装置に作るように、ECCS(エンジン電子集中制御システム)のコンピューターは命令を発するのだ。

コンクなミクスチャーでは三元触媒はNOxをキレイにするが、HCとCOはそのままで、RBエンジンもまた「ドライバーに加速を、通行人に排気浴を」なのだ。

石油ストーブやガスストーブからはコンクなNOxが出るし、タバコを吸えばCOメーターで測走できないほどのCOを吸って酸欠状態になりクラクラッとくるのだ。だからこのくらいはガマンしろ、と役人は思っているのかも知れない。

閑話休題。だからRBエンジンはレスボンスが良いのだ。

フルパワーを出すときは他人の健康など気にしてはいられない。コンピューターに良心を期待する方が無理で、コンクなミクスチャーで遠慮なくパワーを出すが、そのままではオーバーヒートしてエンジンがコワれてしまうので止むを得ずガソリンで冷却するためミクスチャーをハチャメチャに濃くすることまでコンピューターは知っていて、実行する。

だが、これだけでは130psは出ない。写真19のインテーク・マニホールドを使っての慣性過給は4000rpmにチューニングしてあるので、レースでもしない限り必要のない図7の性能曲線に示すような高速高トルクが発生したのだ。このとき写真20のデュアル・エキゾースト・マニホールドとパルスコンバーターのついたフロント・エキゾースト・チューブを使ってシリンダー内の残留排気ガスを吸い出してやらなければパワーが出ぬことは、何度もいっている通りである。

こうしてムリをして馬力を叩きだすのは、マルビ(TOPPER編集部注:原文ではカタカナの「ビ」を丸囲み。当時、「貧乏」なことをマルビと表現した)エンジンの特長で、ps/Lを犠牲にしても低速トルクにコダワルのがマルキン(同:マルビの反意語で「金持ち」を意味した)エンジンなのだが。

静粛性改善のウソ

自動車技術会の会誌「自動車技術」の83年9月号に、トヨタ4A-GEUエンジンがシリンダーブロックのスカートにリブをつけただけで、4dBも静かになったと書いてあったので、「毒舌その4」で絶対にウソであるとホエた。それにコリてか他社もニッサンも何dB下ったなどといわなくなった。良いことである。

そのわけをもう一度説明すると、先づ音の計算方法は100 + 100 = 103で、103 – 100 = 100なのだ。100 ÷ 10 = 10ではなくて90になるのだ。人間の耳は音のエネルギーが2倍になっても3%しかウルサイと思わないし、それが90%少なくなったとき1割だけ静かになったと感じるのだ。オヤジのガミガミは平気でも隣の部屋のヒソヒソ話に寝つかれなくなるリクツである。

図21によって説明すると、オイルパンその他の10個所から90dBの音を出すとすると、90dB × 10 = 100dBの全体音になる。そしてあり得ないことだが、オイルパンから出る音を全く消してしまったとすると、100dB - 90dB = 10ではなく99.5dBとなり、人の耳では聞き分けられないのだ。

オイルパンから吸気マニホールドまで全部の音源を全部消してやっと97dBで、ここまで下ると人は100dBより幾らか静かになったと感じるのだ。だから騒音対策が沢山してあれば幾らか静かになるかも。

だから静かなクルマとするための静かなエンジンを作るには特効楽はなく、なんでもどこでもマジメに沢山の騒音対策をしなければいけないのだ。

もしも“クランクシャフトの最適形状化”がしてあれば、エンジンは静かになるはずである。剛性の小さいクランクではねじり振動や曲げ振動が発生し、クランクはムチのようにアバレたがる。それをメイン・ベアリングで抑えようとするが、結果としてベアリングはクランクケースを振動させ、クランクケースの表面はスピーカーとなって音を出すのだ。だから静かなエンジンを作るには何よりも先づ剛性の高いクランクが必要であるが、RBエンジンの広報資料にはこれが書いてないのだ。このクランクはレスポンスに最適で、音には最適ではないかも。そして、①球面形状を持った高剛性シリンダーブロック。

タル(TOPPER編集部注:樽のこと)の平らな鏡板を叩くとドーンとデカイ音を出すが、球面の胴を叩くとカツと音は小さいことは誰でも知っている。だから写真22のように、スカートを平面ではなく幾らかフクラミをつければ幾らかエンジンは静かになるのだ。

前・後端型ベアリングビーム

② 前・後端型ベアリングビーム。クランクシャフトは図23のように隔壁に取りつけられたメインベアリングで支えられているが、最適形状であっても前端のプーリーや後端のフライホイールによって点線のように振り廻される。この動きを前後端のメインベアリングは止めようとするが、動かされ、隔壁も点線のように振動させ、スピーカーにしてしまうのだ。

隔壁の振動を抑えるには#1と#2、#6と#7のベアリング・キャップを図のように一体化すれば良い
ワケで、写真24は実物写真である。

油圧式ラッシュ・アジャスター

③ 油圧式ラッシュ・アジャスター。エンジンはどこから音を出すか? 一番は燃焼圧力によってピストンがシリンダーに叩きつけられて音を出すピストン・スラップ。

二番は燃焼圧力をまともに受けるメインベアリングで、これが前述のようにクランクケースやオイルパンをスピーカーにするのだ。三番はバルブがシリンダーヘッドを叩く音だ。

フツウのエンジンでは、バルブとシリンダーヘッドとは温度も材質の熱膨脹率も異なるのでロッカーアームもバルブとの間にスキマ(バルブ・ギャップ)を開けておかないと、バルブが熱膨脹したとき、ツッパッテ勝手に開いてしまうのだ。だがバルブ・ギャップがあると弁が閉じるときバルブ・フェースがバルブシートに衝突してカチカチと音を出すのだ。だからバルブ音を小さくするには、バルブ・ギャップをなくせば良いリクツで、アメリカでは30年も前からフツウなのだ。

ニッサンRBエンジンは図25に示すように、油圧式ラッシュ・アジャスターがついているので、シリンダーヘッドからは音を出さないリクツではあるが、高速になればロッカーアームが変形したりして幾らか音を出すし、燃焼圧力はヘッド全体を振動させるのだ。この振動がロッカーカバーに伝わるとスピーカーのように大きな音を出すのだ。ところが④樹脂製ロッカーカバーにすると、叩いてもボコボコいうだけで、ヘッドからの振動が直ぐに消えてしまうのだ。これはグラスファイバーで補強したナイロン製だ。

その外の騒音対策は、⑤低騒音歯形のタイミングベルト(他社でも全部これ)。⑥アスベスト入りサンドウィッチ構造のエキゾースト・マニホールド遮熱板。図6参照(こうしなければウルサクなる)。

⑦ F型クーリングファン。(臼井国際産業から買ってきた)など--エンジンを静かにするために涙ぐましいほどガンバッタのだ。そして広報資料に言及されていないが、“ベアリングメタルの選択 = 最適オイル・クリアランス”。これはリッパなことである。

オイルクリアランスの最適化

図26はターボの断面図を示し、ベアリングは浮動式で内外面とも滑る。だから内外面に油膜のためのスキマがあって、高速回転でこのスキマ内でシャフトはアバレる。シャフトに取付けられたコンプレッサー・ホイールもアバレるから、コンプレッサー・ホイールとケースとの間にスキマを作らないと焼付いてしまうのだ。このスキマから洩れる空気の量がターボの効率を悪くしているのだが、ボールベアリングなどでキチッと支えてやると効率は良くなるが、振動が発生してタービンやコンプレッサーの羽根が折れて飛んでしまうのだ。

つまり、ターボの浮動式ベアリングはターボのショックアブソーバーなのだ。

エンジンのベアリングにもこの原理を応用すれば静かになるリクツで、ニッサンは浮動式ベアリングの代りに油膜を厚くしたのだ。軸とベアリングとの間の厚い油膜が衝激をうけて絞り出される間にショックをアブソーブしようとする考えで、この考えの論文で、ニッサンは機械学会賞をとっているのだ。

油膜を厚くするにはオイル・クリアランスを大きくすれば良いと思うはシロウトで(プロにもいるゾ)、図27を見れば分るように小さくしなければいけないのだ。

だが余りに小さくすると焼付いてしまうし、ベンツではイギリスのバンダーベル社に特別に精度の高いベアリングを注文しているが、ニッサンではメインベアリングもコンロッドメタルも最適オイルクリアランスになるように、それぞれ5種類の厚さのメタル選択して組付けているのだ。メインベアリングはシリンダーブロックのスカートやオイルパンなどの音源を加振するエネルギー源なので、この対策はニッサンのいっているように3dBも効果があるのかも知れぬ。他社もマネすべきだ。

エンジンマウント

⑧ エンジンマウンティング位置のハイマウント化と鋳鉄製マウンティング・ブラケット。静かなエンジンとサスペンションが良いからといって、クルマが上品になるわけではない。L6エンジンがバランスが良いといっても、全く振動しないということではない。その振動で客のケツをクスグッては下品なクルマになるので、ニッサンにはエンジン・マウンティング課長がいて、エンジンと人間との間の振動を遮断するのだ。

図28のようにロープでエンジンを吊して、ロープをねじってエンジンを矢印の方向にまわすとロープもエンジンもプラプラとゆれるが、重心を通る垂直線が慣性主軸となるように吊すとゆれないのだ。エンジンはそれを中心にして回転することが一番自然である。だから慣性主軸で工ンジン・マウントすればエンジンの回転方向の振動は車体に伝わらないリクツだ。

エンジンの上下方向やガブリの振動は、図の点線のようにエンジンを野球のバットにみたて、ガツンと球を打ったときホームランとなり、手もシビレない場所、で支えるのが自然で、バットを握る位置にエンジン・リヤ・マウントを置き、フロントマウントは打撃中心(センターオブパーカッション)に置くのが理想的である。

L6エンジンでは打撃中心は#2シリンダーの真中になってしまうので、図29のように#2シリンダーの真中を狙ってエンジンを支えるのがニッサンのいうハイマウントで、エンジンの振動をボディに伝えない良いエンジンマウンティングである。これを創造したクライスラーではフローティング・マウントといったと思うが、30年前のことなので忘れた。

⑨ 大型ガセット。良いエンジン・マウンティングであっても、エンジンとミッションとの結合がヤワだと図30のように、エンジン・ミッション結合体はナワトビのナワみたいに振動し、この振動はエンジン・マウンティングからボディに伝わり、車室内“こもり音”を発生させる。こもり音は人をフユカイにするので、ニッサンではエンジンとミッションとの間にツッカイ棒(大型ガセット)を入れて結合剛性を高めたのだ。

ツッカイ棒を取り付けることは恥かしいことと思うが、(オレの設計したエンジンにもついている。ナミダ)ベンツではアウトバーンを200km/h以上で走るので、図31のように、ミッションとの結合面をエンジン側でも徹底的に剛性を高めてツッカイ棒ははずしたのだ。ニッサンもはずしてからジマンしてもらいたいものである。

例によって、近所のガキ共を集めたロードテストごっこをして楽しんだ。総括すると、サスペンションに幾らか不満はあったようだが、第一印象は“静か”である。もちろん、変な振動もこもり音もない。発進時にダレもエンストしなかったので、低速トルクに一応の評価はできるが、4000rpm以上でドライブするとエンジンが変ったように元気になる。マルキンのローレルなのだから、次にDOHC 24バルブを出すときは、馬力は130psのままで、思い切って低速トルクを高めたロールスロイス風のニッサン・ローレルロイスを作ってもらいたいものだ。

低速トルクが不満であるといっても、ロー、セカンドから3、4速をとばして、いきなり5速に入れても何もなかったように加速し続けるのはサスガである。急にアクセルを離しても、ガソリンとエンブレすることはなく、EFIのチューニングにぬかりはない。

参考:RB20Eエンジンを搭載した1984年式ローレルの車内。ベロア調の表皮を使ったシートやT字型をしたATのシフトノブ、「絶壁」と言われた日産のインパネ周りが懐かしい。

たしかに洗練された良いエンジンであるが、クラシックな技術の集大成によりL6エンジンを洗練させたにすぎない。男はインポになると洗練されるというが、エンジンに進歩がなくなると洗練されるのかも知れない。オレは未完成のままでいるエンジンに愛着を感じるのだ。進歩がなくなると、Yシャツや船のように中開発国、韓国で作ったほうが安くなるし、そういう日本もヨーロッパやアメリカの自動車の進歩の速度が落ちたとき、何の新技術も聞発しないのにマネだけで追いついたのだ。

韓国車、ポニーがカナダで大ヒット中であり、造船の二の舞かと心配している自動車屋もいるが、その通りで、韓国人のバイタリティからすれば、MFを読みさえすれば、明日にもRBエンジンはマネして作れるはずだ。

日本が、日本のニッサンが新技術を創造し続けない限り、心配は現実に近づくのである。

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