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水素エンジンの迅速な開発。クボタはシミュレーションを活用して加速【水素という選択肢 Vol. 7】

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水素エンジンの迅速な開発。クボタはシミュレーションを活用して加速【水素という選択肢 Vol. 7】
水素燃焼エンジン開発に貢献するシミュレーション

自社の農建機だけではなく、数多くのOEMの多彩なアプリケーション用動力源として選ばれているクボタ製エンジン。次世代エンジンが幅広く普及するほど低炭素化が進むわけだが、その開発期間短縮のための取り組みを探る。

CO2排出量削減に向けて、BEV以外の選択肢にも注目が集まるようになってきた。電動化一辺倒ではなく、ICEをクリーンに使う試みも行われている。クボタが取り組む水素エンジンの開発や小型ディーゼルエンジンの効率向上をMotor Fan illustrated 211号(2024年5月)から抜粋して紹介する。<情報は当時のもの>

TEXT:世良耕太(Kota SERA) PHOTO:MFi FIGURE:KUBOTA

クボタは世界中のさまざまなOEMにCIエンジン(圧縮着火、ディーゼル)とSIエンジン(火花点火、ガソリンなど)を供給している。厳しさを増すディーゼルエンジンの排ガス規制強化を背景に、ディーゼルから水素への置き換えニーズが高まっているという。そのニーズに応えるべく、クボタは既存のディーゼルエンジンを水素エンジンに置換する開発を進めている。

シミュレーションによる水素エンジン開発期間の短縮

CIからSIへの転換なので点火プラグは必要で、シリンダーヘッドから上を置き換える必要はあるが、ブロックに手を入れずに転換することは可能。それなら、発電機などの定置用であれ、エンジンを車体構造の一部として使うトラクターであれ、搭載にまつわる仕様変更は必要なく、水素エンジンへの変更負担は小さくて済む。100%再生可能エネルギーで製造した場合にはなるが、燃料を軽油から水素に置き換えることでカーボンニュートラルが実現する。

さまざまな分野に活用されているクボタV3800型エンジン(ディーゼル仕様、3.8ℓ直4)をベースに開発中の水素燃焼エンジン。水素エンジンへの置換にあたって動弁系はOHV4弁式を踏襲しピストンのベースもディーゼルと共用だ。ブロックに手は入れていないので搭載面の影響がほとんどない点は、OEM側の負担低減につながる。このまったく新しいエンジンの開発期間短縮にシミュレーションが大きな役割を果たしている。

水素エンジンを成立させるには特有の課題に直面する。最小点火エネルギーが小さいのでプレイグニッションが起きやすく、吸気系で着火するバックファイヤも課題。ブローバイガス中の水素がクランクケース内に留まることで、異常燃焼のリスクが高まることも知られている。

これらの課題に対し、クボタはシミュレーション技術を活用することにより、試作ベースで行なう従来の開発に対して開発期間を大幅に短縮した。具体的な事例を紹介していこう。

水素は最小点火エネルギーがガソリンの10分の1以下のため、異常燃焼が発生しやすい。クボタが開発しているポート噴射式の水素エンジン(V3800型、3.8ℓ直4)では、高温の既燃ガスがインテークマニフォールドに逆流することにより、吸気系に残留した水素が着火燃焼するバックファイヤを起こし、吸気系が想定以上の高圧の燃焼ガスにさらされる懸念があった。

この課題に対しては1D CAEのソフトウェア(GT POWER)を用い、インマニ内の残留水素濃度や逆流が基準値以内になるようインマニの設計を行なった。検討にあたっては燃焼室モデルを組み込むことで、異常燃焼のリスクやインマニ内の水素残留濃度および逆流を評価するだけでなく、インマニを設計変更したことによる出力や燃費性能への影響も評価した。

これまでのエンジンでは発生しにくい事例の解決に向けた解析|水素エンジンの課題のひとつとして、ブローバイガス中の未燃水素がクランクケース内に溜まり、着火下限濃度(モル分率4%)より高くなることで異常燃焼のリスクが高まる。リスクを回避するにはクランクケース内の換気が重要となるため、シミュレーション解析によりクランクケース内の水素濃度分析を予測した。図は換気流量を変化させた際の影響を予測した様子で、換気流量が多いとそのぶん水素濃度は下がることを示している。
クランクケース内換気システムの検討ではモデル化の対象範囲が広く、かつ複数の部品を動作させる必要があるため、計算に時間がかかる。クボタは独自の取り組みにより計算時間を大幅に短縮した。

新気導入口と排出口配置の最適化

水素の主燃焼はガソリンと違い、筒内の乱れによって進行する乱流燃焼速度よりも、温度と圧力に依存する層流燃焼速度の影響が大きい。そのため、燃焼予測モデルに工夫を加えてマップを作成。そのマップを機械学習モデルに学習させて燃焼を予測する独自の手法を採用した。また、正常な運転条件だけではなく、モード運転における異常燃焼リスクも評価した。

解析してみると、バルブオーバーラップのところで筒内の燃焼ガスが吸気系に逆流する現象が確認できた。そこで、このような現象を回避するため、1D CAEを用いてインマニやカムの設計検討を行なった。

前述したように、ブローバイガス中の水素がクランクケース内に留まることでも異常燃焼のリスクは高まる。着火下限濃度はモル分率4%であり、この数値より高くなると異常燃焼のリスクは上昇。濃度を下限以下に収めるためにはクランクケース内の換気が重要なため、解析によってクランクケース内の水素濃度分布を予測し、新気導入口と排出口の配置を検討した。

クランクケース内換気システムの検討では、モデル化の対象範囲が広く、上下運動をするピストン、首振り運動をするコンロッド、回転運動をするクランクシャフトを動かす必要がある。燃焼解析ならピストンを動かすだけでいいが、コンロッドとクランクシャフトも動かすとなると解が発散しやすくなるし、負荷は高くなる。担当者が関連する文献を調査したところ、ひとケース解析を回すのに数ヵ月を要するという情報もあったという。そんなに時間を掛けていたのでは到底開発に間に合わないので、クボタ独自の取り組みにより、1ケース1週間程度まで大幅に計算時間を短縮し、解析を進めた。

その結果、エンジン前側に位置する1気筒目に比べて4気筒目のほうが水素濃度は高く、相対的に異常燃焼のリスクが高いことがわかった。また、換気流量が少ない場合と多い場合で解析を実施してみると、換気流量が多いとそのぶん水素濃度は下がることが確認できた。

シミュレーション解析は水素エンジンを開発する際に突然始めたわけではなく、ディーゼルやガソリンといった従来の燃焼でも用いており、その応用である。水素エンジンの解析を始めた際はGT POWERに標準で入っている機能では水素を表現することはできなかったので、クボタ独自の取り組みで水素を表現できるようにした。

小型ディーゼルの燃焼効率も向上

シミュレーション技術は電子制御小型ディーゼルエンジンの燃焼解析にも利用した。対象は出力19kW未満の小型IDI(副室式)エンジン、D902-Kである。19kW未満のエンジンについては、排ガス規制の強化に対応する必要があり、低燃費との両立を図るべく開発を行なった。

低エミッションと低燃費を両立した新世代のD902-Kエンジン|D902シリーズはクボタの産業用ディーゼルエンジンで、スーパーミニシリーズに分類される。排気量898cc・3気筒の自然吸気エンジンだ。ボア×ストロークは72.0×73.6mm。最高出力が19kW未満の小排気量エンジンに対する排ガス規制の強化と低燃費化ニーズに応えるため、D902-Kでは機械式燃料噴射から、燃料噴霧の制御自由度が高い電子制御燃焼噴射システムに置き換えている。
D902-KエンジンのECUを含めた燃料噴射システム全体。
著者
世良 耕太
テクニカルライター

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめとするモータースポーツの取材に携わる。10年間勤務したあと独立。モータースポーツや自動車のテクノロジーの取材で欧州その他世界を駆け回る。

部品サプライヤー・自動車メーカーのエンジニアへの数多くの取材を通して得たテクノロジーへの理解度の高さがセリングポイント。雑誌、web媒体への寄稿だけでなく、「トヨタ ル・マン24時間レース制覇までの4551日」(著)「自動車エンジンの技術」(共著)「エイドリアン・ニューウェイHOW TO BUILD A CAR」(監修)などもある。

興味の対象は、クルマだけでなく、F1、建築、ウィスキーなど多岐にわたる。日本カー・オブ・ザ・イヤー2020-2021選考委員。

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