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新クルマの教室:8代目日産スカイラインR32型(7)

自動車設計者 X 福野礼一郎 [座談] 過去日本車の反省と再検証

公開日:
更新日:
新クルマの教室:8代目日産スカイラインR32型(7)
GT-R V-spec(1993)(写真:日産自動車)

本稿は本職の自動車設計者と一緒に過去旧車・過去名車を再検証する座談記事です。決して「過去の旧車をとりあげて現在の技術を背景に上から目線でけなす」などという意図のものではありません。根底にある意識は「反省」です。設計者が匿名なのは各意見に対する読者の皆様の予断を廃し、講師ご自身も誰にも忖度せず自社製品でも他社製品でも褒めるものは褒める、指摘するものは指摘できる、その自由度の確保のためです。よろしくお願いいたします。

座談出席者

自動車設計者
 国内自動車メーカーA社OB
 元車両開発責任者

シャシ設計者
 国内自動車メーカーB社OB
 元車両開発部署所属

エンジン設計者
 国内自動車メーカーC社勤務
 エンジン設計部署所属

日産 スカイラインGT-R(1989年8月21日発表・発売)
⬛︎ 全長×全幅×全高:4545×1755×1340mm ホイルベース:2615mm トレッド:1480mm/1480mm カタログ車重:1430kg 燃料タンク容量:72ℓ 最小回転半径:5.3m 下記テスト時の装着タイヤ:銘柄不記載225/50R16(空気圧不記載) 駆動輪出力(テスト時重量が1550kgとしたときの動力性能からの計算値):282PS/7800rpm
⬛︎ 5MTギヤ比:①3.214 ②1.925 ③1.302 ④1.000 ⑤0.752 最終減速比:4.111 モーターファン誌1989年11月号におけるJARI周回路での実測値(テスト時重量計算値1550kg):0-100km/h 5.36秒 0-400m 13.58秒  
⬛︎ 発表当時の販売価格(1989年8月発売時):445.0万円
⬛︎ 発表日:1989年5月22日 販売販売累計 R32型スカイライン全体: 31万1392台(52ヶ月平均6000台/月)GT-R:4万3934台(49ヶ月平均900台/月)

シャシ設計者 いまネットを見ていたら、R32用にフロントアッパーアームのキャンバー調整機能をつけたチューニングパーツが出ているのを見つけまました。

シャシ設計者 アッパーの台形リンクの中央部分がキャンバー調整用のターンバックルになっていますが、もしこの固定ネジをゆるめたままターンバックル部分を回転可能にすると、サスの構成要素が6になって総自由度36、軸拘束5ヶ所、ピン拘束3ヶ所ですから36-25-9=34、ここから軸回転-1すると自由度が「1」になってR32のフロントサスでもサス成立します! これ作った人はそこまで気がついてたかな。

自動車設計者  これは大発見ですね。........まあここまでやるくらいなら誰もがR33以降の方式がいいと思うでしょうけど(笑)。しかしいまから思うとR32のこのフロントサスは「クルマの教室」の「サスペンションの自由度」の講義の教材にはもってこいでしたねえ。

ー 本稿だって「新クルマの教室」ですから、ここで追加講義していただいていいと思いますよ。R32だっていってみればクルマの勉強の教材なんですから。

シャシ設計者 では解説しますが、R32のサスではロアアームの拘束によるボールジョイントの円運動に追従できるのは、ロアアームの円運動とアッパーアームの拘束による平面運動がぴたり重なったときだけです。これが特殊解の「アッパーアーム2軸とロアアーム軸がすべて平行」という条件です。しかしアッパーアームに回転軸を追加すると、ロアボールジョイント部が平面運動(2次元)から1自由度増えて空間運動(3次元)になるので、ロアアームの拘束によるボールジョイントの円運動に追従できるようになるわけです。

ー うーん、30回くらい読めばわかるかも。。1回じゃ無理っス。

シャシ設計者 あとR32のフロント過拘束サスペンションについて書かれている海外のショップのサイトを見つけました。面白い形のアッパーアームですが、ちゃんと3自由度確保されています。自由度計算してみたんでメモを送ります

https://blog.gktech.com/blog/r32-front-upper-control-arms/

シャシ設計者 このショップのエンジニアはわかってます! 以下記述内容を抜粋すると、①「ほとんどのアフターマーケット用品のR32用フロントサス用アッパーアームはサスの作動を拘束することで知られており、それは一般にキングピン/ナックルエクステンションとして知られる関節運動によって引き起こされている」 えー、この方は「サードリンクが原因」と書いてますが、これは間違い(汗)

シャシ設計者 ②「純正のサスではサスペンションを圧縮するとアッパーアームが回転し、ブッシュにたわみが生じる。ゴム製ブッシュでは通常最大7度の軸方向のずれが許容されるため、ゴムブッシュで十分吸収できる」

シャシ設計者 ③「愛好家やレーサーはより一貫したアライメントと改善されたフィードバックのため、ブッシュを硬いポリウレタンブッシングにアップグレードしたいと考える。これは横荷重下でのキャンバー損失が少ないためハンドリングとグリップの向上に役立つが、このサスペンションの場合アッパーアームのゴムブッシュをポリウレタンブッシュに交換すると。サスペンションが自由に動けなくなり、ブッシュが時間の経過とともに劣化する。またこのサスペンションにおいてもしすべてを球面ベアリング(ピロボール)に交換すれば、サスアームが変形するはずだ」

シャシ設計者 ④「この問題を説明するために、我々はフロントサスペンションを3Dでモデル化、解決した」 

ー R32のサスの過拘束について、しっかり理解してこのパーツを設計しているということですね。

エンジン設計者 いまざっと見てみましたが、ここに出ている日本語のピロボール式のアッパーアームのイラストは、グランプリ出版の「R32スカイラインGT-Rレース仕様車の技術開発」からの無断転載で、このアメリカ人はその構造をコピーしただけだと思います。なので少なくとも当時の日産のサス設計者は過拘束の理屈は完全に理解していたはずです。同書によれば、フロントはR32GT-RのグループAカーでもイラストのような形式のフロントサス式を使ってたそうですが、リヤはあっさりとアッパー/ロワともにAアームに変更していたようです。

シャシ設計者 まあ実際にもしこのフロントサスの全部のジョイントをボールにしたらサスが動かなくなるので、やってみれば問題があることはすぐわかりますからね。量産エンジニアは結果オーライでゴムブッシュの逃げでやっちゃったけど、R33ではやっぱり考えを改めて上下平行アームにした。ああ、あとちょっと面白いことに気がついたのですが、これ上下のアーム回転軸はすべて平行でなくてもいいんですね。すべての軸線が1点に集まればリンクは干渉しません。これが本当の特殊解で、「すべて平行」というのはこの交点が無限遠方にある場合です。

自動車設計者 うーん、これは素晴らしい! 

シャシ設計者 あとちょっと付け加えますが、このフロントサスもFFサニー用同様、ロワアームの真ん中あたりからスタビを取り出してますね(=スタビライザーのピボット位置の話)。真ん中から取り出すとロワアームに対してレバー比で1/2、荷重比で1/2なので、ばねレートの比では1/4になっちゃう。つまりストラットから吊り下げる現在主流の取り出し方式に比べたらスタビに4倍のばねレートを与えておかないと同等には効かない。図のような細いスタビでは、アンチロールの効果はほとんどないでしょう。

自動車設計者 リヤサスもAアームの真ん中あたり、というかもう3分の1くらいのところにスタビのピボットがありますね。このころの設計者には「レバー比」という概念はなかったのかと(笑)。

(8に続く)

シャシ設計者の推定解説②力のつり合い
タイヤ接地点の路面垂直反力は、ばね反力とオフセットしているので、図の「第1の合力点」でサスペンションの背面視の瞬間中心に分力する。 サスペンション背面視の瞬間中心である「第2の合力点」ではさらにアッパーアームとロアアームに分力。「キングピンオフセットが非常に小さい(わずかにネガティブ)ので、背面視の釣り合いではほとんど自重モーメントは発生しません(シャシ設計者)」
(図版:日産自動車図版+シャシ設計者解説)

著者
福野礼一郎
自動車評論家

東京都生まれ。自動車評論家。自動車の特質を慣例や風評に頼らず、材質や構造から冷静に分析し論評。自動車に限らない機械に対する旺盛な知識欲が緻密な取材を呼び、積み重ねてきた経験と相乗し、独自の世界を築くに至っている。著書は『クルマはかくして作られる』シリーズ(二玄社、カーグラフィック)、『スポーツカー論』『人とものの讃歌』(三栄)など多数。

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