自動車製造工場ができあがるまで:製造業の“聖域”構築の過程を見る
自動車製造業者にとって、生産工場は開発部門と並ぶ重要拠点だ。そして製品開発の過程は公開されても、工場敷設の過程が公開されることは稀。貴重な写真資料によって、その過程を読み解いてみよう。
TEXT:松田勇治(Yuji MATSUDA) PHOTO:Honda of the UK Manufacturing Limited
*本稿は2010年5月に執筆したものです
目次
一般的に「自動車工場」と呼ばれている施設の中で行なわれている作業は、大別すると4種類にまとめられる。ボディ組立、塗装、サブアッセンブリー、ファイナルアッセンブリーで、通常はそれぞれ独立した建屋に収められている。
だから「自動車工場」の実態は、相互間で物資の移送が可能な「ボディ工場」「塗装工場」「サブアッセンブリー工場」「ファイナルアッセンブリー工場」という4個の工場が、同じ敷地の中に敷設されているもの、と考えてもいい。
ボディは、外部で組立てて搬入するのが効率的でないこと、またボディ製造のサイクルタイムが完成車の生産ペースを決定付けることなどから、「地産地消」が基本である。当然、ボディを構成する部品の製造に必要な、金属加工・成形を行なうための施設も、敷地内に備えている。溶接などの工程を経て完成したボディは、塗装工程に運ばれる。表面に塗膜を作ることで鋼板を保護し、着彩によって意匠性を高め、さらに表面の平滑性を上げて艶やかさを高める工程である。
ボディ組立と塗装の一方で、別の場所に設置されたサブアッセンブリーラインでは、さまざまな部品サプライヤーから納入されたパーツが組み合わされ、ボディに組み付けるだけの状態になっていく。それらは、塗装が終わったボディとともにファイナルアッセンブリーラインへ搬送される。ここが一般的に「自動車工場」としてイメージされるところで、ライン上を流れていくボディへ順番に部品を組み付けていくことで、1台のクルマが完成していくわけだ。
工場敷設にあたってまず重要なのは、土地の選択だ。まとまった敷地が確保できることは当然として、毎日外部から大量の部品が納入され、逆に完成車を搬出することに加えて、大量の工場勤務者の通勤の便も必要だ。また、プレス機械など大物の工作機械は自重が数百トン、数千トンに達するものさえある。それが一日中稼動、つまり振動することを考えると、地盤の強固さも要求される。日本の国土の特性を考えると、この2点を満たす土地というだけでも、選択肢はそう多くないだろう。
実際の工場は、4つのセクションが直線的に並んでいるわけではない。取得できた土地の形状と面積に応じて、最も効率が高まるように配慮して各セクションの配置と連携が決められる。そして、その最適解は時代によっても異なってくる。たとえば、以前はサブアッセンブリーラインが工場内で占める面積が、ボディ組立や塗装と同等かそれ以上に大きかったのだが、最近はサプライヤー側でサブアッセンブリー作業を済ませた状態での納品割合が高まっている。これによって工程の割合が変われば、当然、最適解も異なってくるわけだ。
また、2001年から生産を開始したトヨタのフランス・ヴァランシエンヌ工場は、各工程の終了後、仕掛かり品をいったん建物の中央に集める「スター型」配置を採用。他のさまざまな工夫と合わせて生産規模あたりの床面積を40%削減し、暖房費用節約などの効果で、生産1台あたりのエネルギー消費を30%低減した。工場の効率向上は利益に直結するものだから、新工場敷設の意義は大である。
そして、いったん敷設された工場は、非常に長い期間に渡って使い続けられる。だからこそ、最初の設計時点で、折々での改修や、将来的な拡張性、近隣の都市計画なども含めた周辺環境の変化まで見込んだ配慮を織り込んでおく必要もある。
製品そのものを生み出す工場こそは、製造業の大動脈ともいえる存在だ。そこには、製品開発と同等以上にメーカーの英知が結集されていて当然である。以降に、ホンダの英国における四輪車生産会社HUM(Honda of the U.K. Mfg., Ltd.)が2001年に稼動を開始させた、ウィルシャー州スウィンドンの第2工場敷設の過程を記録した写真から、自動車製造工場そのものの作られ方を読み解いてみたい。残念ながら詳細な資料が入手できなかったので、一部は筆者の推測によるものとなる。
ちなみにスウィンドン第2工場は、最新の生産技術を採り入れた総投資額1億3千万ポンドの工場で、溶接、塗装、車体組立、完成車検査の工程で構成。エンジン及びプレス部品は既存の工場から供給される。生産規模は年間10万台とされている。
( 同工場は2021年7月30日に閉鎖)