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カーボンニュートラル燃料でエンジンが生き残る|レースでeFuelと液体水素を鍛えるスーパー耐久シリーズ【水素という選択肢 Vol. 3】

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カーボンニュートラル燃料でエンジンが生き残る|レースでeFuelと液体水素を鍛えるスーパー耐久シリーズ【水素という選択肢 Vol. 3】
合成燃料

モータースポーツの世界では、国内外を問わずカーボンニュートラル燃料(CNF)の導入がトレンドだ。国内のスーパー耐久シリーズでは、日本の自動車メーカーが活発に各種CNFの開発を行なっている。開発の最前線を見聞するため、5月26日〜28日(※2023年)に行なわれた「富士24時間レース」を訪れた。

CO2排出量削減に向けて、BEV以外の選択肢にも注目が集まるようになってきた。ガソリンや軽油に代わる燃料を用いてICEをクリーンに使う試みも行われている。トヨタがモータースポーツを通じて開発している代替燃料を使うICEについて、Motor Fan illustrated 201号(2023年7月)から抜粋して紹介する。<情報は当時のもの>

TEXT&PHOTO:世良耕太(Kota Sera)
PHOTO:Honda/Subaru/Toyota FIGURE:ENEOS
Illustration feature:ENGINES FOR NEXT GEN.

ENEOS国産合成燃料|富士24時間のレース中に「カーボンニュートラルのための国産バイオ燃料・合成燃料を推進する議員連盟」の議員らを招き、式典が行なわれた。FT合成装置で合成粗油を作り、製品化処理装置でガソリン、ジェット燃料、軽油に分離させる。

スーパー耐久シリーズ(通称S耐)は国内で行なわれるレースシリーズのひとつで、市販車を改造した車両(レース専用車両ではない)で競技が行なわれる。クラスは全部で8つあり、改造の度合い、または排気量で区分される。

そのなかで異彩を放っているのがST-Qクラスだ。「他のクラスに該当しない、STO(オーガナイザーのスーパー耐久機構)が認めた開発車両」がこのクラスに属する。実質的には自動車メーカーの開発車両で独占されているクラスで、そのために創設された。開発車両は燃料の種類こそ異なれ、すべてカーボンニュートラル燃料(CNF)を使用する。レースという過酷な環境でさまざまな検証を行なうことで、量産への適用に向けた開発を加速する狙いだ。
 

ENEOS スーパー耐久シリーズ2023 第2戦 NAPAC 富士 SUPER TEC 24時間レース|プライベーターを中心に参戦する車両に混ざる格好で、自動車メーカーの開発車両が走る。開発車両の場合は属するクラスでトップになることが目的ではなく、車両ごとに掲げたタスクを遂行し、少しでも早く市販化に結びつけるのが目的。

5月26日〜28日に富士スピードウェイで開催された「ENEOS スーパー耐久シリーズ2023 第2戦 NAPAC 富士 SUPER TEC 24時間レース」のST-Qクラスには6台の車両がエントリーした。トヨタは液体水素エンジンのGRカローラH2コンセプトと、CNFを使うGR86 CNFコンセプトの2台をエントリー。スバルは86と技術を共有するBRZ CNFコンセプトを投入している。

その他のクラスはそのクラスでトップになることを目指してレースをするが、ST-Qクラスの場合は状況が異なり、自動車メーカー各社がそれぞれ独自にテーマを掲げてレースに臨む。勝つことが最大のテーマではなく、耐久レースを走り切るなかでデータを収集し、次のステップにつなげることが重要だ。そんななかでトヨタのGR86 CNFコンセプトとスバルBRZ CNFコンセプトだけはガチンコ勝負をしている。双子のようなクルマだからだ。
 

合成燃料の製造工程|合成燃料は原料としてCO₂を使う。再生可能エネルギーによる電気で水(H₂O)を電気分解して水素(H₂)を作り、図で「合成燃料製造」と記してある工程でFT反応(フィッシャー・トロプシュ反応)により、最初にCO₂とH₂を反応させてCOとH₂Oを作り、次にCOとH₂を鉄やコバルトなどの触媒と反応させ炭化水素を作る。それが合成粗油。沸点の違いを利用して成分を分離。合成燃料のうち再エネで作った水素を用いたものをe-fuelと呼ぶ。

ただし、GR86は2.4ℓ水平対向4気筒自然吸気エンジンを降ろし、GRヤリスが積むG16E-GTS型の1.6ℓ直列3気筒ターボをベースに1.4ℓ化したエンジンを積んでいる。排気量の縮小はストロークの短縮で実現。1.4ℓの排気量はもともと積んでいた(そしてBRZと同じ)2.4ℓ自然吸気と同等(1.4にターボ係数の1.7を掛けると2.38になる)にするためだ。勝負するならトヨタの味を出したいとの考えからだ(CNFの開発に関しては協調するにしても)。

ST-Qでは使う燃料の種類や銘柄は自由である。スバルとトヨタはCNFの開発を協調して行なう観点から、同じ燃料を使う。ドイツのP1製だ。

ちなみに、レース専用の車両とエンジンで競技を行なう「SUPER GT」では、トヨタ(開発の主体はグループ会社のトヨタカスタマイジング&デベロップメントが行なう。S耐での開発はトヨタ自動車が主導)、日産(モータースポーツ子会社の日産モータースポーツ&カスタマイズ=ニスモが主導)、ホンダ(モータースポーツ子会社のホンダ・レーシング=HRCが主導)が参戦する「GT500クラス」のマシンは2023年からCNFの使用を義務化した。ドイツのハルターマン・カーレス社製で、中身は第二世代バイオ燃料である。
 

ST-Q CNFの挑戦|イベント広場にメーカーが共同でCNFのブースを設け、認知に努めていた。CNFは科学の力で工業的にCO₂を回収して作る合成燃料と、植物の力でCO₂を回収して作るバイオ燃料がある。
SUBARU BRZ CNF Concept/MAZDA3 Bio concept|スバルBRZはP1製CNFを使用。燃料性状まで踏み込んだ開発に取り組んでいる。MAZDA3はバイオディーゼル燃料(HVO)を使用。
NISSAN Z Racing Concept|カスタマーレーシング向けのFIA GT4規格の車両がベース。レース車両やアフターパーツの開発に必要なデータを収集するのもS耐参戦の目的。
共通スローガン「共挑」|トヨタ、マツダ、スバル、日産(ニスモ)、HRCは「環境に配慮しながらモータースポーツ社会の発展につなげていくことを目指す」などと定めたS耐の理念に共感し集結。メーカーの垣根を越えて自由に意見交換を行なう意思を「共挑」のスローガンに込めて活動している。

SUPER GTと異なるCNFを使う理由について、スバルの関係者は次のように説明した。

「SUPER GTの場合は燃料成分に手を出せない。S耐は自由なので、石油メーカーと燃料開発を共同で行なっています。エンジン側もいじりますし、燃料性状も変えてもらう方向で進めています。石油メーカーとしては航空機でも、船舶でも、自動車でも使えるようにしたい。すると、いまの合成燃料の作り方だと、どうしても気化しづらい燃料成分になってしまう。ガソリンの性状に近い作り方もできるのですが、そうするとお客さんが限定されてしまう。自動車工業会を通じ、我々は日本のメーカーとしてしっかり使うので、ガソリンに特化したよりいい合成燃料にしてくれないかと働きかけています」

合成燃料の国産化も課題だ。

「いまはまだ合成燃料をヨーロッパから輸入している状態。国内の石油メーカーさんと協力して日本国内で合成燃料を商業化できないかと取り組んでいます。国のロードマップではもともと2040年に商用化の目標を立てていましたが、それが2030年代前半にしようと時間軸が前倒しになっています。待っていても商用化は実現しないので、きちんと課題を解決すべく一所懸命研究開発しているところです」
 

マツダは100%次世代バイオディーゼルを使用|2022年に使っていた国内生産のサステオに比べ、2023年に投入したサステオ(HVO)はセタン価が高く燃えやすいという。その燃焼を、レースを通じて手の内に収めるのがテーマのひとつ。「技術的には確立されています。課題になるのは、いかに原料を増やすか」とマツダの説明員。「需要が増えてくると、将来的にユーグレナ(ミドリムシ由来の油脂)を増やさないと成り立たない」。燃料用途だけでは事業が成立しないので、サプリメントなど栄養素向けの需要を増やしたい。
ル・マンは2026年から水素クラスを創設|ル・マン24時間レースを主催するACOのピエール・フィヨン会長が富士24時間を訪れ、2026年にトップカテゴリーで「水素エンジンの使用も認める」とサプライズ発言。2030年にはトップカテゴリーを水素のみ(FCEV含む)に限定したいと語った。

CNFの開発が盛んなS耐のレースに合わせるように、富士24時間のレース中にENEOSは「合成燃料走行デモンストレーション式典」を開催した。CO₂フリー水素とCO₂の合成反応により製造される液体燃料で、狭義にはe-fuelである。しかも(エンジンに手を加える必要がない)ドロップインであり、これを国内のラボで製造した。

現在の製造能力は1日1バレル(ドラム缶1本)だが、2027〜28年を目処に300バレル/日のパイロット設備を完成させる見込み。その先に1万バレル/日以上の製造能力を持つ商用プラントが視野に入る(ただし、実現には国の支援が欠かせないし、いかに安価に電気や水素を入手するかが課題だとコメント)。

ホンダはシビック・タイプR CNF-Rを富士24時間から投入。GT500と同じハルターマン・カーレス製のCNFを使う。GT500のエンジンは2.0ℓ直列4気筒直噴ターボで、3社が燃料流量規制(95kg/h)下で開発を行なっている。プレチャンバー(副室)を用いたリーンブースト燃焼により、熱効率を極める開発を行なっているのが実状だ。

最終目的はドロップインなので、もっと量産エンジンに近い環境でCNFの素性を確かめるべく、GT500と同じ燃料を使うことにしたという。GT500の開発陣と情報共有しながら、開発に取り組んでいる。日産も富士24時間からニッサンZレーシングコンセプトを投入。CNFを使用し、知見を深める考えだ。
 

液体水素システム|車両後部に容量148ℓの液体水素タンクを搭載。真空の断熱層を持つ二重層とし、−253℃の液体水素を外の熱から遮断する。液体水素は昇圧ポンプで汲み上げ、エンジンを熱源とする気化器で熱交換を行ない、気化。圧力チャンバーでドライバーのアクセルワークによる燃料供給量の変動を吸収しつつエンジンに送る。メカ的な耐久性の問題から、トラブルを未然に防ぐため、レース中2回のポンプ交換(1回あたりの所要時間約3.5時間)を行なった。
著者
世良 耕太
テクニカルライター

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめとするモータースポーツの取材に携わる。10年間勤務したあと独立。モータースポーツや自動車のテクノロジーの取材で欧州その他世界を駆け回る。

部品サプライヤー・自動車メーカーのエンジニアへの数多くの取材を通して得たテクノロジーへの理解度の高さがセリングポイント。雑誌、web媒体への寄稿だけでなく、「トヨタ ル・マン24時間レース制覇までの4551日」(著)「自動車エンジンの技術」(共著)「エイドリアン・ニューウェイHOW TO BUILD A CAR」(監修)などもある。

興味の対象は、クルマだけでなく、F1、建築、ウィスキーなど多岐にわたる。日本カー・オブ・ザ・イヤー2020-2021選考委員。

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