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EVの普及とSDV化が進む時代、アイシンは幅広い車両システムをグローバルに提供しOEMと地域のニーズに応える【メガサプライヤー インタビュー④】

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EVの普及とSDV化が進む時代、アイシンは幅広い車両システムをグローバルに提供しOEMと地域のニーズに応える【メガサプライヤー インタビュー④】
愛知県刈谷市の研究開発センターで、技術開発本部長の筒井洋 執行幹部に聞いた。インタビューでは、ハードとソフト両方に関する知見の重要性と商品ポートフォリオの幅広さが繰り返し強調された。

自動車業界が「100年に一度の変革期」を迎えたと言われて久しい。この変革は、ADASや電動化、さらにソフトウェア定義型車両(SDV)が大きな軸として進行している。そうしたトレンドの中、技術開発の一翼を担っているのがサプライヤーだ。

この特集では、グローバルに包括的なシステムを提供している“メガサプライヤー”にインタビュー。自動車産業の今と未来について考える。これまではドイツ系3社を紹介してきたが、今回は日本を代表するグローバルサプライヤーの一社であるアイシンを訪ねた。これからの「ソフトウェアエンジニアには、ハードに関する知識が絶対に必要」と言う、筒井洋 執行幹部の真意は?

地域ごとのニーズに幅広く対応

--:早速ですが、現在、それから、将来の自動車産業を、アイシンさんはどう見ていますか?

筒井洋 技術開発本部長(以下、敬称略):EVの普及が世界的な傾向であることは私たちも認識しています。一方で、どんなクルマをユーザーが望んでいるかを考えると、今のところ実際にEVを希望しているお客さまはあまり多くはないと考えています。

特に地域差が大きいと思います。中国ではEV需要が高いですが、南米ではバイオフューエルが活用されるなど、状況は様々です。そのような環境の中、自動車メーカーは地域に合わせた事業を展開しています。

我々としては、それぞれに最適なものを提供していきます。Tier 1(サプライヤー)としては、EV(向けの製品)だけが必要なわけではなく、ハイブリッドやPHV向けの製品・技術も重要です。様々な要求に応じたソリューションを提供することが使命です。

--:ICEやHEVも見直されています。

筒井:AT(オートマチック・トランスミッション)も一定数は必要ですし、CVTも(販売数が)伸びている地域があります。現地の人たちが日常的に使うクルマに必要なものを、我々は提供すべきだと思います。

--:ユーザーの好み、道路環境や資源の状況も国ごとに違います。ICEのさらなる効率化が求められる地域も存在しており、社会的な背景も反映して、最適なパワートレインが残っていくでしょうね。

筒井:それに加えて、生産場所の事情も考えなければなりません。工場や関連産業で働く人がいます。地域経済を維持して生産を続けることも非常に大切です。そういった意味でも、やはり「適材適所」が重要です。アイシンとしては、そのためにも必要な製品ラインナップを揃えるという考え方を大事にしています。

--:地域産業・経済の維持というのは、この連載で初めて出たお話です。

筒井:例えば、アメリカでATを生産している工場は、(BEV化が進みニーズが変化した時には)次に求められる別の製品を作り続けるよう生産ラインを対応させることになると思います。事業としても、必要なものを必要な場所で調達できる体制が効率的なのは間違いありません。

--:BEV時代が到来しても、これまでのビジネスの延長線上であまり大きな違いはなさそうですね。

筒井:“モノ”を提供するということでは大きな違いはありません。ですが、ソフトウェアが(クルマに)入ってくることで、部品単体ではなく“システム”としてしっかり動くことを担保するのが重要になります。電子化が進んで“ソフトウェア・ファースト”に変わっていくことで、設計や開発の方法はかなり変化するでしょう。

その一方で、タイヤが回って人や物を乗せて移動するというクルマの基本は変わりません。ソフトウェアだけでは移動できませんから、動く機能は完璧である必要があります。その部分でのモノづくりはこれまでを継承しつつ、ソフトウェア・ファーストに合ったハードウェアやシステムの構造を実現するような開発手法に変わっていく必要があります。

包括的なカーボンニュートラル

--:技術的なトレンドに対応した最適化が進んでいくということですね。いずれにしても、モビリティの電動化は今後進んでいく方向にあるとは思いますが、そこはいかがですか?

筒井:電動化の目的はエネルギーを効率的に使うこと。それから、カーボンニュートラル、つまり地球に悪影響のある物質を出さないことです。今のところ、ICE(が使う燃料)よりも電気の方がエネルギーを効率良く使えるので電動化は進んでいくと思います。でも、必ずしも“EV一辺倒”ではないだろうと考えています。

--:どんなソリューションが残っていくとお考えですか?

筒井:バッテリー(のエネルギー密度)が増えないうちは、PHVが一定数残っていくでしょう。水素エンジンや燃料電池も活用されると思います。大型トラックや長距離を走るクルマには、水素が適しているケースがあるでしょう。

--:用途に応じて、パワートレインというかエネルギーの棲み分けが進むイメージですね。

筒井:各国の電力事情も影響すると思います。再生可能エネルギーで発電している地域であれば、BEVが環境面でも有利かもしれません。

--:そのポイントも大切ですね。再生可能エネルギー由来の電気がどれだけ手に入るかは、電動化と併せて考えるべき問題です。欧州がテールパイプでのCO2排出にフォーカスしたのが理由の1つだと思いますが、“well-to-wheel”の包括的な脱カーボンについて議論されない傾向を感じます。その点について、アイシンさんは何か意識されていますか?

筒井:おっしゃるように、評価や計算の仕方など各国それぞれの事情が違います。また、自動車メーカーの考え方も様々です。我々としては、「スコープ3」(※)まで含めたカーボンニュートラルに貢献するために、自動車が走る時に排ガスを出さないだけでなく、生産まで含めたことを考えています。

※ サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量削減に関するものさし。「スコープ1」は自社が排出するもの。2は発電時などに発生したもので、電力などエネルギーを使用することで間接的な排出とされる。3は原材料の仕入れやクルマの販売後に排出されるものまでを包括的に含む。

ソフトウェアエンジニアに求められるハードの知見

--:先ほどソフトウェアの話が出ました。今後、ソフト開発に携わる人材が不足するといわれています。ソフトの開発力増強はどうお考えですか?

筒井:ソフトウェアは「すごく、非常に」重要だと考えています。特にSDVという形で重要性はどんどん増していきます。でも同時に、ハードウェアを十分に理解した上でソフトウェアを開発しなければ、クルマとして機能しないと考えています。我々は“クルマというシステム”に求められる、様々なアクチュエーターも含めたソリューションを車両メーカーと共同で開発していきます。

--:IT関連企業もモビリティ関連のソフト開発には参入すると思いますが…。

筒井:クルマの“知能化”が進むので、知識層(レイヤー)と言いますか、外部から情報を取ってくる部分のソフトウェアがどんどん進化していきます。でも、その情報を基にクルマを統合的に動かすためのソフトウェアが重要です。その部分の能力がしっかりしていないと、クルマを安全に動かすことはできないと考えています。

--:ソフトといっても、IT企業が得意なものと、ハードウェアの制御に必要なものは違うわけですね。

筒井:クルマを安全・安心・快適に動かす部分に関わるソフトウェアを作る人材が、これからどんどん必要になります。アクチュエーターやセンサーなどを理解して、確実にモノを動かせるソフトウェアエンジニアが必要だと考えており、人材の育成を行っています。

--:ITなどに関する知識だけでは不十分なのですね。

筒井:クルマ全体の機能に関する知識に基づいてハードウェアの動作を改善しつつ、それをアルゴリズムに変えて動かせるようなノウハウが今後は必要です。そうした総合力を備えた人材育成の体制づくりを進めています。

--:外部とのコラボではなく、社内でエンジニアを育成する方針ですか?

筒井:そうですね。リスキリングも含めて、エンジニアのスキルシフトを進めていこうと考えています。ハードウェアに携わっていたメンバーがソフトウェアもいじれるようになったり、ソフトの担当者がハードを知る機会を設けたりすれば、双方の知識や経験が融合して良い結果になると期待しています。

車両メーカー独自のプラットフォーム上で動作するシステムの提供

--:車載OSも普及していくと思います。オープンなOSが標準化して、共通API上で動く汎用的なソフトウェアにアイシンさんのハードウェアを繋げてユニットとして提供するようなビジネスもありそうでしょうか?

筒井:そういった構造は、各自動車メーカーが考えていくと思います。安全をどう守るのか、サイバーセキュリティに関する仕組みをどうするのか、などの課題があります。最終的には何らかの形に集約するかもしれませんが、当分の間は車両メーカーごとに色々な手法が出てくると思います。

我々が今やるべきことは、それぞれのOEMが考える車両OSやソフトウェア・プラットフォームに対して、確実に機能する高性能なハードウェアを提供することです。Eアクスルにしても、その他の車載システムにしても、(車載OSの)プラットフォームができあがった時、その下で確実に機能するアクチュエーターがなければ、安全に動くクルマはつくれません。

--:クルマへのソフトウェア実装が進むことで、ADASのセンサーが取得したデータを色々な形で活用することも考えられます。「人とくるまのテクノロジー展」では、“クルマに乗る前から降りた後まで”、ユーザーに利便性を提供するという展示をしておられました。どんなサービスが自動車ユーザーに求められるかというスタディや、アプリケーションソフトウェアの開発なども自社で行う予定ですか?

筒井:社内でできるものは内製しますが、特に自前でやることにこだわってはいません。外部とも協業していきます。例えば、当社のコネクテッド技術や地図情報の活用に関しては、位置データを使うシステム会社さんとの連携を進めていきます。(クラウドなどにある)外部の情報をクルマの中に取り入れて活用する仕組みづくりも、外部とのコラボレーションを行っているものもあります。

春に横浜で開催された「人とくるまのテクノロジー展2024」では、乗車前の自宅からクルマを降りた後まで、「安心・快適・利便」を提供するための技術開発を今後の方針として発表した。

安全なクルマのための自動運転

--:クルマの機能そのものを制御する分野以外では、内製にこだわらず効率の良い方法を選ぶということですね。そこにも関連しますが、先進運転支援システム(ADAS)や自律走行(AD)に関して少しお聞かせください。自動運転の社会実装には、どこにハードルがあるのでしょうか?

筒井:技術的には可能なレベルにあると思います。アメリカや中国では、(自律走行車両運用の)実績もあります。市場にリーズナブルな価格で提供できるかという点と、安全性能や道路環境などのインフラ整備が普及のポイントではないでしょうか。そのほか、個人的には(自律走行の)必要性が明確にあるかどうかだと思います。

--:ADAS/ADもEV化と同様に、用途や目的によって変わるという意見があります。

筒井:長距離を走るクルマやトラック、乗客の多いバスなどの安全性をADASによって高めることは大切だと思います。乗用車の場合、ペダルの踏み間違いなどによる事故が増えています。そういったことを防ぐための技術開発が最優先であるべきだと思います。

いずれにしても、「自動運転」に関しては安全性能の向上を優先して開発や普及が進んでいくと思います。アイシンでも当初から、ドライバーがハンドルを握らなくてもどこかに行けるクルマというよりは、事故を起こさず安心して移動できる仕組みづくりに主眼を置いて開発を進めています。

クルマ全体を手掛けるアイシン:懐の広さがTier 1としての誇り

--:話が変わりますが、アイシンさんは“トランスミッションの会社”というイメージから脱却して、幅広い事業分野に取り組んでいることを訴求する方針を打ち出しておられます。そうした変化を意識しているのはなぜですか?

筒井:自動運転機能の実装やSDV化が進む中で、クルマが“しっかり走る”ことが改めて重要になってきます。「走る・曲がる・止まる」を理解している弊社の優位性を出していくことが大事ですし、ユーザーに対しても、そこが一番強いアピールポイントだと思います。

その上で、グループの中にはブレーキや車体の会社もありますし、ステアリング系に強いところもあります。トランスミッション以外のノウハウも統合的に活用して、「クルマ全体を手掛けられるアイシン」を目指す方針です。

--:一方で、コンチネンタルはパワートレイン事業を売却しました。アイシンさんは逆の戦略ですね?

筒井:当社もクルマの中の部品を1つ1つ全部やるつもりはありません(笑)車両メーカーに価値を提供できる部分を選択しながら技術開発を進めていきます。例えばトランスミッション開発で蓄積してきた知見は、Eアクスルにおいても大きな価値を提供できます。そのほか、電動オイルポンプやウォーターポンプに関する経験は、熱マネージメントに生きてきます。新たに提供できる価値を探しながら、技術開発を進めていきます。

--:それが、アイシンさんの選択と集中ですね。

筒井:各車両メーカーはクルマの“知能化”をどんどん進めていくと思いますが、どういった形で進化させていくかはメーカーによって違うでしょう。それぞれの魅力を最大限に引き出すような貢献をしていきたいと思います。我々の製品には、パワースライドドアやサンルーフなどもあります。走行系に関するものや、車室内検知システム、周辺監視技術など幅広いソリューションもあります。そういった技術とソフトウェアをうまく統合して、各車両メーカーのプラットフォームに合ったものを作り続けることを目指しています。

--:筒井さんのお話からは、ソフトとハード、両方のバランスが大切だということを強く感じます。

筒井:私は元々トランスミッションのエンジニアです。その中でも、ソフトウェアを主にやってきました。今までの経験を通して学んだことなんです。トランスミッションを動かすには、ハードウェアの知識が絶対に必要です。ハードウェアのことを知った上でソフトウェアを開発することの大切さはよく理解しています。

--:最後に、ちょっと意地悪な聞き方をさせていただきます。ハードからソフトまで、それからクルマ全体、さらにクルマに乗る前から降りた後も、ということで、「風呂敷を広げすぎじゃないですか?」と言われたたら、どう答えますか?

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