60年間水素と向き合ってきた三菱化工機の歩みを「水蒸気改質技術」と共に振り返る
日本国内における水素供給量は、2023年時点で年間約200万トンだ。そして、製造される水素の多くは自家製造・消費されていることでも知られている。
従来より水素は石油精製や化学品、半導体、ガラス製品などの製造に使用されていたが、昨今では燃料電池自動車(FCV)をはじめ、家庭用燃料電池、水素発電など幅広い分野でカーボンニュートラルへの切り札としての活用が期待されている。
そんな水素の代表的な製造方法としてまず挙げられるのが、水蒸気改質(スチームリフォーミング)だ。この方法では、天然ガスや液化石油ガス(LPG)などの炭化水素を原料とし、水蒸気を用いて水素を製造する。
スチームリフォーミングは1930年代にアメリカで工業化されて以来、長らく使用され、その経済性や技術成熟度から現在でも国内の水素供給の大部分を担う製造方法として知られている。
三菱化工機株式会社は50年にわたって、この製法による水素製造プラントの建設に取り組んできた。
本来はこのスチームリフォーミングは大規模な装置を要する製造方法だが、長い年月を経て小型化されてきた歴史がある。FCVが注目される近年では、水素ステーションを対象とする小型装置の需要が拡大している。
本記事では、スチームリフォーミングによる水素製造方法と小型装置の開発についてのこれまでを振り返る。
目次
- 1930年代に誕生し、今もなお現役の水素製造技術「スチームリフォーミング」
- 1964年に国内で初めてスチームリフォーミングを実用化した三菱化工機
- 1997年にはさらなる小型化、低コスト化をコンセプトとした小型のオンサイト水素製造装置の開発を開始
- FCV普及のために水素ステーションの小型化・低コスト化が強く求められる時代へ。水素製造・輸送・貯蔵システム等技術開発事業により、HyGeiaをベースにした新たな水素製造装置HyGeia-Aを開発
- さらなる水素製造時のCO2削減に向け、福岡市、九州大学、豊田通商、三菱化工機の共同研究体による、下水バイオガスを利用した水素ステーションの実証研究を2014年に開始
- 国内の水素製造のこれまでを支えてきた三菱化工機。期待される今後の技術発展への貢献
1930年代に誕生し、今もなお現役の水素製造技術「スチームリフォーミング」
スチームリフォーミングは、水素製造の主要な方法の一つだ。効率的な水素生産を可能にする一方で、技術的な課題も抱えている。
まず、原料となる炭化水素に含まれる硫黄成分の処理が重要だ。一般的に、スチームリフォーミングにおいて水素の原料となる炭化水素には硫黄成分が含まれているが、硫黄は改質に用いる触媒の性能を低下させるため、脱硫器による除去が不可欠となる。
脱硫処理の方式の一つ水添脱硫では、水素を原料に添加することで有機系の硫黄化合物を触媒上で硫化水素へと変換し、酸化亜鉛系の触媒を用いて除去する。
脱硫後、原料ガスはスチームと混合され、高温の改質器へ送られ、改質触媒上で重要な化学反応が起こる。「ChHm+nH2O ⇔ nCO + (n+m/2)H2」という反応式が示すように、一酸化炭素と水素が生成される。なお、この反応は吸熱反応であり、800℃程度の高温環境が必要となる。
次の段階では、変成器内の触媒上で「CO + H2O ⇔ CO2 + H2」という反応が進行する。これにより、一酸化炭素と水がさらに水素へと変換され、この二段階の反応を経て70%以上の高濃度水素が得られる。
最後に、改質ガスを冷却し、圧力スイング吸着(PSA)法により不純物を除去。高純度の水素が精製されるという流れだ。
注目すべきは、この過程で回収される不純物を含むオフガスの再利用だ。これには一酸化炭素、メタン、水素などの可燃性ガスが含まれており、改質器の加熱燃料として活用される。この再利用プロセスは、全体のエネルギー効率を向上させる重要な要素となっている。
1964年に国内で初めてスチームリフォーミングを実用化した三菱化工機
スチームリフォーミングの歴史は、エネルギー革命の縮図とも言える。スチームリフォーミングの実用化は1930年頃、イギリスのICI (Imperial Chemical Industries)社による開発及び建設までさかのぼる。
国内では1964年に三菱化工機株式会社が、都市ガス製造用にICI式1号機を建設したのが最初だ。
これは、日本のエネルギー供給体制の転換点となった。
それまで石炭を主原料としていた都市ガスが、石油へとシフトしていく契機となったのだ。この変化は、よりクリーンで効率的なエネルギー供給への第一歩だったと言えるだろう。
現在、スチームリフォーミングは石油精製分野やメタノール、アンモニア合成など、様々な産業分野で不可欠な技術となっている。
大量の水素を消費する産業では、大規模な水素製造設備が必要とされる。1日の生産量が実に100万Nm3を超える巨大な設備も存在しており、これらはオンサイト方式と呼ばれる自家製造・供給システムの典型例だ。
一方、工業用水素の供給には異なるアプローチも存在する。工業用水素の場合は、ソーダ電解工場などで発生する副生水素を圧縮し、トレーラーなどで水素が供給されている。水素製造設備を外部に持ち、必要に応じて需要元へと運搬されるこの供給方式はオフサイト方式と呼ばれる。しかし、水素使用量の増加に伴い、輸送面での課題が顕在化してきた。
この状況を背景に、需要に応じて水素を自家製造する比較的小規模な水素製造装置への需要が生まれた。