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FCV普及を阻むコスト問題やZEV規制緩和。求められる水素ステーション整備コスト低減と水素規制の緩和

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FCV普及を阻むコスト問題やZEV規制緩和。求められる水素ステーション整備コスト低減と水素規制の緩和

2050年の脱炭素社会実現に向けて、中間地点である2030年が刻一刻と近づいている。

この文脈において、2014年はまさに水素元年と呼ぶべき年だった。トヨタの「MIRAI」の登場により、水素でクルマが動くという概念が国内外に広く認知された瞬間だったからだ。

この自動車はクリーンエネルギーを求める世界各国の注目を集め、輝かしい未来への道を切り開くべく、各国が競って開発を加速させた。日本政府も「自動車産業戦略2014」において、2030年にFCVの普及率3%という挑戦的な目標を掲げた。

しかし2023年度、日本の普通乗用車におけるFCVの普及率は0.02%だった。

市場は当初の期待と現実との大きな乖離を目の当たりにする。

FCVの普及を妨げる最大の障壁は「コスト」だ。

しかし、この問題は単純ではない。技術的課題、インフラ整備の遅れ、消費者の受容性など、多岐にわたる問題が複雑に絡み合っており、解決への道のりはますます険しくなっているように見える。

今改めてFCVを取り巻く市況を眺めたい。

FCVを取り巻く概況は2014年のMIRAI登場から好転していない

FCVの市場導入から振り返る。まず2014年のトヨタ「MIRAI」を皮切りに急速に市場の開拓が進んだ。2015年にはホンダ「CLARITY FUEL CELL」、2016年にはメルセデス・ベンツ「GLC F-CELL」が続き、大手自動車メーカーが次々とFCV市場に参入した。

これらのFCVは、従来の内燃機関車に匹敵する実用性を示していた。

例えば、MIRAIは約650km、CLARITY FUEL CELLは700km以上という、長距離走行を可能にする航続距離を実現。外部電源接続に関しては、トヨタが据置型装置を、ホンダが可搬型外部給電器を採用するなど、各社の特色が見られたものの、カタログスペック上の大きな差異はさほどなかった。

自動車の評価基準として「実用的な車輌であるかどうか」は当然考慮されるべきポイントだ。

FCVの実用性評価において、MIRAIは重要な指標となった。水素1kgあたり100km以上の走行が可能で、2014年度の水素価格が1kgあたり約1,100円という条件下では、同サイズの従来車と比較してやや割高ではあるものの、十分に実用的で現実的な価格設定だったと言える。

しかし、近年の経済情勢の変化により、水素価格は上昇傾向にある。

2024年には、ENEOSが33%の値上げを予定し2,200円/kgに、岩谷産業も約36%の値上げを行い1,650円/kgとなる。この値上がりにもかかわらず、FCVの燃費は依然として一般的な燃費の範囲内に収まっている点は注目に値する。

日本の水素価格が実用的水準を維持できている背景には、戦略的な価格設定がある。

岩谷産業やJX日鉱日石エネルギーなどの水素供給事業者は、2015年の段階で政府の水素・燃料電池戦略ロードマップの目標を5年前倒しで達成していた。これにより、FCVの登場初期から、その普及を支える環境が整備されていたのだ。この一連の動きは、日本がFCV技術と水素インフラの発展に向けて、産官が協調して戦略的に取り組んできたことを示している。

では国際的な視点から見るとどうか。

FCVの普及に向けた取り組みは各国で進んでいるが、やはり課題も明確なように映る。

2023年6月にカリフォルニア州サクラメントで開催された「カリフォルニア水素リーダーシップ協議会」では水素導入に関する意見交換が行われた。そこで注目されたのは、連邦政府が打ち出した「1 Decade 1 Kilogram 1 Dollar」(10年1キログラム1ドル)という方針だ。これは「今後10年以内に水素を1キロあたり1ドルで販売できる体制づくりを行う」という内容だった。

しかしカリフォルニア州ではガソリンが1ガロン(3.6リットル)あたり4ドル前後で推移しているのに対し、水素は1kgあたり20ドル前後と高額だ。ヨーロッパでも1kgあたり15〜20ユーロ前後必要となる。

「1キロあたり1ドルで販売する」という目標の正当性には疑問が残るというのが正直なところだ。

さらに車両価格という大きな障壁も残されている。

MIRAIの販売開始から10年が経過した2023年時点であっても、最安グレードで700万円台前半という価格は、従来の自動車と比較しても高額だ。

日本政府がCEV補助金などの購入補助を用意しているにもかかわらず、車両価格は高額なままだ。

FCVの本格普及には、車両価格を200〜300万円台まで引き下げることが必要があるとするならば、これは、単なる価格低減ではなく、FCVの基幹技術である燃料電池システムやその周辺機器の大幅な技術革新を必要とする。

未だ前進しないインフラ不足、「水素事業参入は経済的に非現実的」の認識も広まりかねない

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FCVの一般ユーザー向け市販が2014年に開始されてから10年が経過した2024年現在、FCVの本格的な普及は依然として遠い道のりにある。

前述した課題に加え、水素ステーションの不足が深刻な障壁となっており、これらの課題解決には更なる時間を要すると見られる。

インフラ整備の観点も大きい。

2023年末時点、日本ではいわゆる4大都市圏を中心に163カ所の水素ステーションが設置されている。エネルギー関連企業が政府の補助金制度を活用したり、民間企業や自治体との連携を強化したりするなどし、水素ステーションの設置を進めている状況だ。だが政府が掲げる「30年度までに全国に1000カ所」という目標達成は容易ではない。

水素ステーションの設置には、機器設備や工事費、建設費を含めて一般的に4〜5億円程度かかる。これは、数千万円程度で設置可能なガソリンスタンドと比較して、桁違いに高額だ。この高コストが、水素ステーション普及の最大のボトルネックとなっている。

この状況下では、ガソリンスタンドと同等の数の水素ステーションを整備することは経済的に極めて非現実的だ。さらに、現状のFCV普及ペースでは、水素ステーション事業の採算性確保も困難を極めるだろう。

「水素事業へ参画しないこと」が合理的な判断として市民権を獲得しつつある現在、日本政府のFCV普及に対する次の一手はまだ見えない。

高額な水素ステーションの普及には整備コスト低減、規制・仕様の緩和施策や新たなシステムがコスト低減に大きく貢献するか

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