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水素の新たな可能性「シェールガス」。掘削技術の発展と市場拡大、その陰に潜む深刻な環境問題

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水素の新たな可能性「シェールガス」。掘削技術の発展と市場拡大、その陰に潜む深刻な環境問題

FCV発展の文脈において水素の大量供給と価格低減が叫ばれる昨今。なかなか具体的なソリューションが提示されていなかった。

しかし、これら課題を解決できる可能性のある「シェールガス」が近年注目を集めている。

シェールガスは化石化した死骸が地殻の熱圧力等の作用を受け、板状に薄く剥がれやすい頁岩(けつがん)の中で数億年の年月を経て熟成された炭化水素のことを指す。

現在、生産されているのは頁岩から地下の圧力で地表へと浸透し、油を通さない岩層で遮られた背斜トラップに貯留している天然ガスだ。貯留しているとは言っても、我々が想像するような液体の貯水池ではない。実際は、頁岩の微細な隙間に閉じ込められた状態で、その流動性は極めて限られている。

地中の天然ガス全体を見ると、その20%は頁岩から周囲の地層に漏れ出してしまい、利用が困難だ。さらに、実際に採掘可能なのは、背斜トラップに貯留された天然ガスや原油のわずか2%に過ぎない。

つまり、天然ガスのおよそ80%は未だ頁岩に残存された状態にあるのだ。これがシェールガスであり、私たちの生活を数百年間もの間維持できる膨大な量が埋蔵されている。

この資源はエネルギー社会の光明となるのか、それとも環境破壊を助長する存在となってしまうのか。市況を考える。

廉価なシェールガス多量生産を実現した近代の新掘削技術「水平掘削」と「水圧破砕」

2006年、これまで難しいとされていたシェールガスの採掘手法がアメリカで確立されたことにより、状況は一変した。

この技術革新の影響は瞬く間に広がった。

シェールガスの生産量が飛躍的に増加し、それに伴って天然ガスの輸入量が減少。さらに、国内のガス価格も下落を始めた。これは、アメリカのエネルギー自給率向上と経済競争力強化に大きく寄与する出来事だった。

その後のシェールガス生産量の増加は目覚ましく、2011年にはアメリカは国内最大の天然ガス産出量を記録。これにより、世界有数の天然ガス生産国としての地位を確立した。この急速な成長は、エネルギー市場の勢力図を大きく塗り替えることとなった。

シェールガス革命を可能にした技術は多岐にわたるが、ここではその中でも特に重要な幾つかを紹介する。

シェールガス生産量大幅増に大きく貢献した「水平掘削」

シェールガスの採掘は、長年にわたり技術面と経済性の観点から困難とされてきた。しかし、1929年にテキサス州で誕生した革新的な技術が、この状況を大きく変える契機となった。それが水平掘削技術だ。

水平掘削は、炭坑や鉱坑内に設けられた小規模な立て坑、すなわち「坑井(こうせい)」の表面積を劇的に拡大する手法として開発された。この技術の真価が認められるまでには時間を要したが、1980年代中期に北海油田や中東の油田で生産性向上の手段として広く採用されるようになった。そして1990年代に入ると、掘削の標準的な方法として確立され、世界中の油田で活用されるようになった。

水平掘削の革新性は、シェールガスの貯留層に沿って掘削できる点にある。従来の垂直掘削と比較して、貯留層との接触面積を格段に増やすことができるのだ。これにより、一つの坑井からの生産量を数倍にまで増大させることが可能となった。

この技術がもたらした影響は計り知れない。まず、採掘の効率性が飛躍的に向上した。これは単に生産量を増やしただけでなく、採掘コストの大幅な削減にもつながった。結果として、それまで経済的に採算が取れないとされていたシェールガス田の開発が現実的なものとなったのだ。

さらに、水平掘削技術は環境への影響を最小限に抑える可能性も秘めている。一つの坑井からより多くのガスを採取できるため、必要な掘削地点の数を減らすことができる。これは、地表への影響を軽減し、生態系保護の観点からも期待できる。

1940年代に登場したシェールガス採取技術「水圧破砕」

1940年代後半、水圧破砕技術が登場する。坑井にシェールガスを採取するための大きな割れ目を作り出すことが可能となったのだ。

水圧破砕の手法は、まず、水平掘削壁を約100メートル間隔で密封する。次に、この密閉された区間に特殊な水を注入。その圧力は驚異の100気圧、流量は毎分10キロリットルにも及ぶ。

この過程で密封空間は10気圧にまで加圧され、岩盤に微細な亀裂が生じる。つまり、地下の岩体に超高圧の水を送り込むことで、ガスの通り道を作り出すのだ。しかし、この「特殊な水」は、単なる水ではない。そこには様々な添加物が含まれている。

例えば、割れ目を保持するための特殊な砂粒状の物質(プロパント)の他、地層を溶かす酸性物質、パイプと流体との摩擦を少なくする摩擦軽減剤、流体を流れやすくする界面活性剤、割れ目の開度を維持するための増粘効果剤など、数多くの薬剤が添加される。

一般的な配合比は、水が95%を占め、残りの5%に微小砂粒、粘性降下剤、腐食防止剤などが含まれる。

水圧破砕技術の登場は、それまで「採掘不可能」とされていたシェールガスの大規模開発を可能にした。この技術により、北米を中心に「シェールガス革命」と呼ばれるエネルギー産業の大変革が引き起こされた。

しかし、この技術には課題もあった。大量の水使用、地下水汚染のリスク、そして微小な地震活動の誘発など、環境への影響が懸念されている。また、使用される化学物質の種類や量について、より厳格な規制や情報公開を求める声も高まっている。水圧破砕技術は、エネルギー供給の安定化と経済成長に大きく寄与した一方で、環境保護との両立という新たな課題を投じることとなった。

シェールガス運搬時の安全確保に必須な水銀除去技術の発達

シェールガスの利用において、液化天然ガス(LNG)として輸送する際の課題の一つが、水銀の除去だ。

液化装置の心臓部とも言える冷却用熱交換器は、主にアルミニウム製であり、ここで問題となるのがシェールガスに含まれる微量の水銀だ。

そのため、運搬前には水銀除去をする必要があり、シェールガス掘削の際には水銀除去装置の設置が必須だ。

というのも水銀とアルミニウムの反応は、熱交換器の劣化を引き起こし、最悪の場合、爆発事故にまで発展する危険性がある。そのため、シェールガスの輸送前には徹底的な水銀除去が不可欠となる。

シェールガス中の水銀は、単一の形態ではなく、金属水銀、イオン水銀、有機水銀など、複数の化合物形態で存在する。この多様性が、除去プロセスをより複雑にしていた。

従来はこれらの全ての形態の水銀を除去する技術として、高温高圧下での水素前処理工程を必要とした。

ところが、近年では新型の高機能水銀除去装置の登場によって、常温常圧下で水素前処理工程を必要とせず、硫化物を添着していない水銀除去剤を用いた水銀化合物の除去が可能になった。

この革新的な装置はすでに日本国内で20基以上が稼働しており、その実績は着実に積み重ねられている。

さらに、この技術の適用範囲は拡大しつつある。2013年からは中東の天然ガス田での実証実験が開始され、アメリカのシェールガスへの適用も検討されている。

シェールラッシュに沸くアメリカ。2012年度には天然ガス生産量の約50%をシェールガスが占め、2017年には日本への輸出も開始

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シェールガスの組成は、地域によって多少の差異はあるものの、その主成分は基本的にメタンだ。

全地域の平均ではメタンが94%を占め、残りの大部分は二酸化炭素だとされている。特筆すべきは、アメリカの天然ガスでメタン含有量が96%と高く、従来の天然ガスの性状に酷似している点だ。

埋蔵地域は全米にまたがり、カナダのブリティシュコロンビア州コルドバ地区、ノースダコタ州バッケン、コロラド州ナイオブララ地区、ペンシルベニア州マーセラス地区、テキサス州バーネット地区、テキサス州ヘンイズビル地区、テキサス州イーグルフォード地区、テキサス州バーミアン地区、カリフォルニア州モントレー地区まで及ぶ。

その中でもシェールラッシュに沸き、全米で最も注目されている地区が、バッケン油田の石油の町として知られるノースダコタ州ウィリストンだ。

1950年代に石油生産で名を馳せたこの地域は、一時期衰退したものの、現在のシェールラッシュにより再び活況を呈している。その勢いは、かつてのゴールドラッシュに匹敵するほどで、全米はおろか世界中から労働者が集まっている。

この「シェールガス革命」は、アメリカのエネルギー市場に大きな変革をもたらした。2010年頃から、大量かつ安価な天然ガスと原油が市場に流入し始め、2012年には天然ガス生産量の約50%をシェールガスが占めるまでになった。この比率は今後さらに増加すると予想されている。

シェールガスの増産と価格低下は国際市場にも波及し、2017年からは日本への輸出も解禁された。

またシェールガスの埋蔵量については、アメリカは約900兆立方フィートという膨大な量を推定しているのに対し、中国は約1,400兆立方フィートを推定。これは最大の埋蔵量を誇るを想定される。

一方、中東諸国の埋蔵量は、調査の遅れから正確な把握には至っていないようだ。しかし、原油や天然ガスの産出地域には、地質学的に見てシェールガスが埋蔵されている可能性が高い。

シェールガスの可採年数についても、見通しは明るい。以前は60年と推定されていたが、近年の調査では100年へと大幅に延長された。この40年の増加は、技術革新と新たな埋蔵地の発見によるものだ。

シェールガスから水素を製造する様々な方法

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