開く
FEATURES

水素を輸送・貯蔵するための手法、日進月歩で進化するも最適解は未だ見えず

公開日:
更新日:
水素を輸送・貯蔵するための手法、日進月歩で進化するも最適解は未だ見えず

水素製造をめぐる諸問題は、広範にわたって議論の的となっている。とりわけ、化石燃料を用いた電気分解による「グレー水素」の生成から、再生可能エネルギーを活用した「グリーン水素」の製造への移行に関する課題は国際的にも大きな注目を集めているところである。

一方、水素の安全な輸送および貯蔵の問題も忘れてはならない。

FCVの実用化を実現するためには、大量の極低温水素を安全に保管し、様々な環境下で稼働する多様な車両において輸送できる技術の確立が不可欠である。

水素は非常に軽量なガスであるため、質量あたりのエネルギー密度は高い値を示す。その反面、体積あたりのエネルギー密度は低くなってしまうという特性も有している。

例えば、同等のエネルギー量を有する天然ガスと比較した場合、水素は約3倍の体積を必要とする。

したがって、水素を効率的に輸送・貯蔵するためには、その体積を縮小する(すなわち、体積あたりの密度を増加させる)必要がある。

この目的を達成するための方策としては、以下のような手法が挙げられる。

・高圧下での圧縮
・極低温での液化
・他の物質との化合物(液体)への変換
・金属合金への吸蔵

当記事では、水素の輸送に関する諸問題について記載する。

現在最もメジャーな気体(水素ガス)を高圧で圧縮して運ぶ方法

水素の輸送手段として、最も広く普及しているのは高圧ガス輸送の方式だ。

現在この手法は、国内における外販用水素の大半を占めており、その重要性は明らかだ。

一般的な輸送プロセスでは、水素を15MPa(約150気圧)または20MPaまで圧縮し、専用の輸送用容器(シリンダー)に充填する。その後、これらのシリンダーをトラック等の車両に積載して目的地まで運搬する。

大量の水素を一度に輸送する必要がある場合は、より効率的な方法が採用されている。具体的には、複数のシリンダーを連結させて容量を拡大した「カードル」と呼ばれる特殊な容器を使用し、これを専用のトレーラーに搭載して運搬を行うというものだ。

さらに大規模な輸送に対応するため、長尺容器を集結させたセルフローダーや特殊なトレーラーなど、大型の輸送用容器も開発されている。

輸送効率のさらなる向上を目指し、公道における水素の圧縮圧力の引き上げを可能とするための技術革新と規制緩和も進められてきた。結果、現在では45MPaまでの圧力での輸送が認可されるに至っている。

水素の圧縮プロセスにおいては、確かに相当量のエネルギーを要する。しかし最終的には水素ステーションで FCVの水素タンク充填圧力の70MPa以上に昇圧するので、圧縮に用いたエネルギーは無駄にはならない。

水素を気体で運ぶも一つの手段、パイプライン輸送。大量・安定的輸送が可能だが大規模インフラが必要に

水素の気体輸送における代替手段として、パイプライン輸送が挙げられる。

この方式は、大量の水素を安定的かつ継続的に供給することが可能であり、長期的な観点から見れば効率的な輸送手段となり得るだろう。

しかしながら、パイプライン網の構築には多大な初期投資が必要となる点は大きなデメリットだ。この巨額のインフラ整備コストが、パイプライン輸送の普及における主要な障壁となっているのが現状である。

一方で、天然ガスのパイプライン輸送が既に一般化している米国やヨーロッパ諸国においては、数百キロメートルから数千キロメートルに及ぶ水素専用のパイプラインが実用化されている。これらの事例は、長距離パイプライン輸送の経済的合理性と技術的実現可能性を実証していると考えていい。

現時点の日本では水素パイプラインの利用は限定的であり、主に工場の副生水素をコンビナート内や近隣の化学工場間で短距離輸送する用途に留まっている。しかしながら、将来的に水素の利用が本格化し、需要量が飛躍的に拡大すれば、大規模なパイプライン網の構築も有力な選択肢となる可能性が高い。

さらに、ヨーロッパ諸国で既に実施されている手法として、既存の都市ガス導管を活用して水素を供給するという方式も検討に値するのではないか。この方法を採用することで、新規のインフラ整備にかかるコストを大幅に削減できる可能性があるためだ。

運送効率が高い液体にして運ぶ方法には高度な技術が要求される

Photo by Shutterstock

水素の輸送効率を飛躍的に向上させる手法として、液化技術も存在する。

水素をマイナス253℃まで冷却すると液体状態となり、その体積は気体時の約800分の1にまで縮小する。この特性を活かし、同一容積でより多量の水素を輸送することが可能となる。

さらに、この極低温プロセスには副次的な利点も存在する。

マイナス253℃(絶対温度20K)という超低温下では、ヘリウムを除くすべてのガスが固化するため、冷却過程において不純物が自然に除去される。結果として、極めて高純度の水素が得られるのである。

液化水素の輸送手段としては、専用の運搬船や、特殊なタンクを搭載したタンクローリー車が一般的だ。また、液化水素用のコンテナをトラックやトレーラーに積載して運ぶ方式も採用されている。これらの可搬式コンテナは、輸送後そのまま貯蔵容器としても使用可能だ。

液化水素用の容器は、高度な断熱技術を駆使して設計されている。

基本構造は魔法瓶のような二重構造の真空断熱方式を採用し、さらにボイルオフ(外部からの熱侵入による液化ガスの気化)を抑制するために、金属反射膜と断熱シートを交互に多層化した積層真空断熱技術が適用されている。

高圧ガス輸送と比較すると、液化水素の優位性が明確だ。水素を20MPaまで圧縮した場合、その体積は約200分の1に縮小するが、同容量の容器で比較すると、液化水素は高圧水素の4倍量を充填できる計算となる。

実際の輸送効率を考慮すると、その差はさらに顕著になる。高圧水素は細長い重量のあるシリンダーに充填され、これらを束ねてトレーラーに積載するため、1台あたりの輸送量に制限がある。一方、液化水素タンクローリーは大型の単一タンクを使用するため、充填可能な容量が大幅に増加し、1台で高圧ガストレーラー約12台分の水素を輸送することが可能となる。

将来的に水素需要が急増した場合、海外からの大規模輸入が不可欠となる可能性が高い。この点で、天然ガスの輸入方式が参考になる。

現在、天然ガスは生産地で液化され、LNG(液化天然ガス)タンカーで日本に輸送されている。水素輸入においても同様に、生産国で液化し、専用の液化水素運搬船で輸送する方式が有力視されている。

しかしながら、液化水素の取り扱いには高度な技術が要求される。

天然ガスの液化温度がマイナス162℃であるのに対し、水素の液化にはマイナス253℃という極低温が必要となるため、技術的難易度は格段に高くなる。液化水素運搬船の建造、液化設備、積出設備、荷揚げ設備等の建設はもちろんのこと、液化効率の向上(液化エネルギーの低減)とボイルオフ対策も重要な課題となっている。

液化に要するエネルギーは、液化される水素自体が持つエネルギーの約30%にも達するため、冷却技術や冷却機の効率向上に向けた技術開発が求められる。

一方で、この液化に要するエネルギーを有効活用する方策も検討されている。

例えば、利用場所で水素ガスに再転換する際に放出される気化熱を、超電導技術の冷媒として利用するといった研究が進められている。

超電導技術は、リニア新幹線や超電導送電など、電力分野での活用が今後急速に拡大すると予測されている。特に超電導送電では、超電導ケーブルの冷却に液体窒素(マイナス196℃)を循環させる必要があり、その冷却コストが課題となっている。ここに液体水素の冷熱を活用できれば、水素輸送と超電導技術の双方でエネルギー効率を改善できる可能性がある。

圧縮水素でも液化水素でもない選択肢、常温常圧で運べる有機ハイドライド

PICK UP