世界各国がグリーン水素製造に注力、日本はどのようなシナリオを描くのか
2050年のカーボンニュートラル実現に向け世界各国が各施策を打ち出す中、注目を集めているのがグリーン水素をはじめとしたグリーンアンモニアやe-fuelなどのグリーン燃料だ。
グリーン水素は、従来の天然ガスや工業プロセスの副産物から生成される水素ではなく、製造時にもCO2を出さない再生可能エネルギーを使用し生成される水素を指す。
カーボンニュートラル実現に向けては、グリーン水素のような再生可能エネルギーの利用拡大が必須だが課題も残る。
日本の2019年度における最終エネルギー消費内訳は、水素の電力としての利用は約26%程度にとどまり、残る74%は石油精製や化学原料利用などの産業用およびモビリティ、航空・船舶の用途での利用だ。
CO2削減に向けた取り組みは、経済性が成立していることが求められる。それに加え、成熟した技術から導入が進んでいるため、電力分野での太陽光発電や風力発電などの発電技術が先行している状況だ。
しかしながら、当該領域の寄与だけでは、化石燃料消費の大半を満たせないため、水素を含めたグリーン燃料の利用が鍵となるだろう。
再生可能エネルギーの普及が今後も期待される中、日本は世界に比べ遅れをとっているようだ。
目次
グレー水素に変わるCO2を排出しないグリーン水素製造に注目が集まる
現在、世界で生産される水素はほぼ全てが「グレー水素」と呼ばれるものだ。化石燃料から製造する方法で、CO2排出がネックで環境の持続可能性の向上という課題が残る。
それとは対照的にグリーン水素はCO2を一切排出しない。
製造方法は、水分子を水素と酸素に分解する電気分解において再生可能エネルギーを使用する。
またグレー水素とは異なり、化石燃料を必要としないため、長期的に脱炭素化を促すソリューションとしては、グリーン水素の方が優れていると言えるだろう。
グリーン水素の製造は、再生可能エネルギーを低コストかつ豊富に得ることができる地域が有力地だ。例えば中国やアフリカ、ロシア、アメリカ、オーストラリア、中東の一部地域などが挙げられる。
豊富な再生可能エネルギーが得られる地域は、生産し過剰分は輸出するという戦略を策定しているようだ。逆に再生可能エネルギーが限られる地域については、グリーン水素の輸入を選択する可能性が高くなるだろう。
コスト面においては、今後グリーン水素製造に各国が取り組むことで低減していくと予測されている。
日本国内においては、再生可能エネルギーの開発は途上段階にあり、安価な再生可能エネルギーを水素製造に利用することは一部地域を除いて見込めない。そのため中長期的には、諸外国からの輸入に頼ることになるだろう。
また補助金や税金を含む規制の枠組みは、設備投資や事業費に大きな影響を与えるため、政府が水素支援政策を推進することも必要だ。
世界に広がりつつある水素エネルギー。主要国は施策を打ち出し実現に向け取り組む
水素エネルギーをめぐる動向は世界にも広がりをみせており、水素の導入について様々な施策が取り組まれ本格化している。主要国の動向を見ていこう。
アメリカでは新車販売の一定数を、排出ガスが発生しないゼロエミッション車とする規制の下、カリフォルニア州を中心にFCVの導入を進められ、現在は約8,000台を超える。2024年からは商用車においても適用される。
ユタ州ではグリーン水素を活用した大型水素発電プロジェクトを計画しており、2025年に水素混焼率30%、2045年までにグリーン水素のみでの運転を目指す構えだ。また、ロサンゼルス港ではゼロエミッション化に向けて、大型輸送船での水素利用も検討している。
アメリカ政府は2022年2月に地域クリーン水素ハブや、クリーン水電解プログラムに対し総額約100億ドルを投じることを発表した。
その実現に向けた政策のひとつが、地域の中に水素の製造から輸送、貯蔵、そして利用まで、一貫したサプライチェーンを構築する「水素ハブ」の取り組みだ。投資を集中させることで、水素を安く製造したり、利用したりする技術を一気に開発しようという狙いがあり、去年10月、全米で7か所が選ばれた。
カリフォルニア州では、多くのスタートアップ企業が水素産業に参加している。このうち、水素の製造装置を開発する企業では、水素の製造コストを下げるため、水を電気分解して水素と酸素に分ける際の触媒の材料の研究をAIを使って進めているとのことだ。
中国では商用車タイプのFCVを中心に普及を進める。インフラ整備にも余念がなく、2022年時点で約180ヵ所の水素ステーションが設備され世界最大の数を誇る。
2020年4月には、FCV産業のサプライチェーン構築への助成を発表した。水素関連技術確立を目的とし、モデル都市を選定。FCVや水素ステーションに関わる技術開発や普及状況に応じて奨励金を与えるというものだ。
フランスは2020年9月に国家水素戦略を改訂。2030年までに電解装置による水素製造能力を6.5GWに引き上げると共に、年間60万トンのグリーン水素生産を目標としている。
水素の生産にかかる電力は再生可能エネルギーや原子力発電で賄うとしており、水素の活用先としてはFCトラックの開発・普及が優先項目だ。2035年までに72億ユーロ(約8,800億円)を投じる構えだ。
2020年6月に国家水素戦略を策定したドイツ。
その中で、国内再生エネルギー水素製造能力の目標を設定し、2030年までに5GW、2040年までに10GWと段階的に引き上げていく構えだ。また、大型FCトラック向けの水素充填インフラ構築を支援するなどの施策も盛り込まれている。
ドイツ政府は水素利用技術の開発に対して補助金を支給する意向であり、水素技術の市場創出に70億ユーロ(約1兆1,000億円)、国際パートナーシップ構築に20億ユーロ(約3,000億円)を助成する方針だ。
水電解装置のコスト低減、各社の新技術開発により加速が進む
コスト低減の鍵となるのが水電解装置のアップデートだ。
多くの企業が取り組みをみせているが、スタートアップの動向も活発だ。
ここでは、スタートアップに絞り水電解装置に対する新たな技術開発に取り組む事例を紹介する。
まずはH2PRO社。
当社は2019年、イスラエルに設立されたスタートアップ企業だ。会社設立後、順調に事業を拡大し4年足らずで住友商事やビルゲイツ財団「Breakthrough Energy Venture」など様々な企業から資金調達に成功した。
最大の特徴はE-TACと呼ばれる隔離膜が不要な新たな水電解製法だ。
これにより、製造コストの大幅削減に成功。3.8kWh/Nm3という高効率性を実現することで、2030年までに1ドル/kg(約9.9円/Nm3-H2)以下を目指している。
今後は1日あたり200kgの水素製造の実現に向けプロジェクトを進める。これが成功すれば、コスト低減につながるだろう。設立4年の企業ではあるが、大きな期待が寄せられている。
次に紹介するのは2017年にドイツで設立されたEnapter社。
同社の最大の特徴はAEM(アニオン交換膜)式水電解装置だ。AEMと呼ばれる独自の陰イオン交換膜を利用した方式で、アルカリ水電解とPEM水電解のメリットを兼ね備えた革新的水電解装置だ。
生成水素の低純度、遅い応答性、低負荷および間欠運転の制限を克服し、高価な貴金属を使用せずに低コストを実現している。水素製造装置のモジュール化と量産化に成功しているが、2030年時点で足元のコストの10分の1を目指す。
三つ目の企業はアメリカのスタートアップ「H2U社」で、2020年にカリフォルニア州に設立。
同社は水電解触媒、水電解装置の開発を行う企業で、最大の特徴は独自の触媒探索エンジン(CDE)を開発したことだ。これは高速で水電解触媒を合成し、反応活性を評価できる触媒探索技術だ。
従来の合成・評価時間は、1個の触媒サンプルあたり3~4日必要だったが、当設備を用いることで10分程度で実施可能となる。
2023年、東京ガス株式会社と水電解装置の低コスト化に向け、共同開発の契約を締結した。
このように、再生可能エネルギーが安価である地域で新たな技術開発が成功した場合には、水素が普及可能なコスト水準を2030年までに達成する可能性は充分にあり得るだろう。
水素普及に向け水素社会推進法成立へ。カーボンニュートラルに向け、日本政府が描く道筋とは
2024年5月、水素社会推進法が参院本会議で可決、成立した。
今後15年間で官民合わせて15兆円を投じることで、2040年までに水素の供給量を、現状のおよそ6倍の1,200万トン程度に拡大するとしている。
日本における水素の供給量は年間約200万トン。これを2030年に300万トン、2050年には2,000万トンを目指す方針だ。新たに2040年の目標を設定することで、水素普及の道筋を示した。
水素の供給網を整備することが予定されており、オーストラリアや中東、アジアの国際的なサプライチェーンの構築、拠点整備の具体化を加速させていく。
製造時に排出されるCO2が、従来の手法よりも少ない低炭素水素の供給や利用を促す狙いもある。水素を製造・輸入する企業の事業計画を政府が認定し、既存の燃料との価格差分を補助するというものだ。
また再生可能エネルギーを活用した水素製造や輸入した企業にも、割高な水素の製造コストと相対的に安い天然ガスとの価格差を補填する構えだ。
2050年カーボンニュートラルに向け、低炭素水素は化石燃料を使用する鉄鋼や化学など脱炭素が難しい分野の燃料としての利用が期待されている。
経済産業省は事業者の申請受け付けを開始し、年内の支援開始を目指す。水素の供給価格は1m3あたり100円程度だが、供給量を増やすことで2030年までに3分の1に引き下げる見込みだ。そして供給量は2040年までに1,200万トン程度と、現状の6倍に増やす目標を掲げている。