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パワーユニットはどこへ行く?①|欧州のエンジン車販売禁止に待った!

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パワーユニットはどこへ行く?①|欧州のエンジン車販売禁止に待った!

HEVやICEなどが再び注目され始めた今、パワーユニットについて改めて考える。今回は、欧州の状況をおさらいする。(本稿は2023年5月に発売されたMotorFan illustratedからの転載。)

株式会社畑村エンジン研究事務所 畑村耕一

背景

欧州委員会(EUの内閣)は2021年7月14日、欧州における2030年の温室効果ガス削減目標を1990年比で少なくとも55%削減を達成するための政策パッケージ「Fit for 55」を発表した。この中で2035年以降はテールパイプエミッションでCO2排出量100%削減が求められており、事実上のHEVを含むエンジン車禁止になるため、世界中で注目を集めた。ICCTやT&Eなどの環境NGOが過激な案を出し、電力/エネルギー業界がそれを支持し、自動車工業会(ACEA)などが反発している構図だ。

ただし、欧州では欧州委員会が提案しても、法律が制定されて実施されるまでには、欧州議会(EUの国会)の承認と欧州理事会(各国の代表)の承認が必要だ。
 
その1年後の欧州議会での採択に先立ち、議会内の関連委員会で「100%を90%にすべきだ」といったようなさまざまな意見が出されたが、6月8日に原案通り可決された。CO2排出量100%削減と、e-Fuelは削減目標の算出において一切考慮しない、という厳しい内容である。残すは欧州理事会だけとなったが、ここでドイツ政府が待ったをかけた。それにイタリアとポルトガルほか5カ国が同調したため、理事会で何も決められない可能性が出てきた。

そこで、ドイツ政府は、「2035年以降もe-Fuel使用可能なエンジンが認められるのであれば」という条件付で同意するという妥協案を示し、6月28日に表向きは「2035年100%減」という形で決着した。ただし「2026年に、さまざまなゼロエミッション技術の進捗を考慮して、今後のCO2削減目標値について見直す」との文言が新たに追加された。結論を先送りした玉虫色の決着といえる。
 
その後、EUとドイツで調整が進められた結果、先日3月28日にEUが2035年以降の新車販売についてエンジン車を全面禁止する従来の規制方針を撤回したと大きく報道されたというのが今回の経緯だ。
 

BEV一辺倒の政策の根拠

欧州ではテールパイプから排出されるCO2だけを取り上げて自動車のCO2排出量規制を行なっている。BEVの電力使用に伴う発電所からのCO2排出量は計算に含まれていない。欧州ではCO2排出量規制は産業部門毎に細かく規制されており、部門を越えて影響が及ぶことは考慮されない仕組みになっている。

電気を使うと発電所からのCO2排出量が増加することに対しては、発電所全体の総CO2排出量にキャップがかぶせてある(総量規制)上にCO2のトレーディングシステムがあるので、電気を使ってもCO2排出量は増加しないという立場である。

総排出量規制が確実に機能すれば、これは一つの考え方である。以降は筆者の想像であるが、電気の使用に伴うCO2排出量をゼロカウントすると、CO2規制が厳しくなれば電化が進み、電力需要が増加する。省エネ技術の進歩によって電力需要が減少する傾向の中で、電力業界にとってはたいへん好都合な仕組みだ。しかし、電力需要が増加するとCO2の総排出量が増加するので、電力業界にとっては総量規制対応が厳しくなる。

「Fit for 55」に電力業界が賛成しているということは、電力需要が増加しても再エネの大量導入によって総量規制を乗り切れると読んでいるのだろう。自動車業界が反対しているのは、CO2規制が従来の延長では全く対応できないくらい厳しいものだということ。総量規制がもっと厳しくて,火力発電の大幅削減が避けられないレベルになっていれば、電力業界も反対して自動車業界と協力して、BEV一辺倒でない、もっとも効率の高いCO2排出量削減対策がとられるはずだ。

規制はテールパイプでも、実際は発電所からCO2が排出されているのは明らかなので、「BEVの方がHEVよりCO2排出量が少ない」と言わないと多くの人の賛同は得られない。そこで、「Fit for 55」の発表に合わせて、ICCT(The Inter -national Council on Clean Transportation)がBEVとHEVのライフサイクルCO2排出量を比較する報告書を公開している。BEVの電池製造のCO2排出量を加えてもBEVはHEVより圧倒的にCO2排出量が少ないのでBEV一辺倒で行くべきという内容だ。

計算の中身を確認すると、BEVのCO2排出量の算出に2020年~2038年(クルマの寿命)の全電源平均の平均CO2排出係数が使われている。全電源平均の排出係数は再エネ割合の増加に伴って大きく減少して、実際の電力使用に伴うCO2排出量を正確に算出できないという問題がある。

一方、HEVの燃料の排出係数は変わらないものと仮定している。後述するマージナル電源の排出係数を使って計算すると、BEVのCO2排出量はHEVと同等レベルになるので、このICCTの報告書を根拠にBEV一辺倒の政策を進めても期待通りのCO2排出量削減効果は得られない。
 
HEVのCO2排出量を削減する方法として注目を浴び始めているのが,再エネのカーボンニュートラル電力で水素を製造して、さらにバイオ由来または大気中のCO2と合成して製造するe-Fuelだ。e-Fuelで走るエンジン車はカーボンニュートラル走行ができる。欧州委員会は自動車にe-Fuelを使うことに否定的で、「Fit for 55」の中でも徹底して否定している。

e-FuelについてもICCTが否定する報告者を公開している。電気を直接利用するBEVは太陽光発電所から送電・充電して走行すると総合効率が72%なのに対して、e-Fuelを使う高効率エンジン車は、水素製造・燃料製造・給油して走行するまでの効率が16%になるので、効率の悪いe-Fuelを検討するのは時間の無駄と言い切っている。実際は、電気を使う場所と時間をBEVの場合はユーザーが決めるのに対して、水素製造は製造企業が自由に選べるという特長を無視した検討になっている。

同じ風力発電機をチリに設置すると年間発電量がドイツの場合の4倍になるという試算もある。また、余剰電力が発生して再エネを抑制している時間帯の電力は使わなければ捨てるエネルギーなのでので、効率では評価できない。
 

著者
畑村耕一

1975年、東京工業大学修士課程修了、東洋工業(現マツダ)入社。ディーゼルエンジン、パワートレインの振動騒音解析、ミラーサイクルエンジンの量産化、ガソリンエンジンの排ガス対策開発などを手がける。2001年にマツダを退職、自動車関連企業の技術指導を行いながら2002年に畑村エンジン研究事務所設立。2007年からはNEDOの委託研究、助成事業で千葉大学とHCCIの共同研究を実施した。

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