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遮音材/吸音材/防音材

長期間の繰り返し応力に耐える性能

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遮音材/吸音材/防音材
日本特殊塗料・栃木工場の製品展示室にディスプレイされているホンダ・アコードのカットモデル。エンジンルームと車室内のを仕切る隔壁(バルクヘッド)に装着されているのは、ハイブリッド吸遮音材タイプのダッシュサイレンサである(吸音材の項参照)。アコード用は中間層にゴムシートをサンドイッチし遮音効果を高めた3層タイプである。カーペットも裏面にフェルト吸音材を接着した吸音タイプ。バルクヘッドとフロアのパネル放

TEXT:福野礼一郎(Reiichiro FUKUNO)
PHOTO:山上博也(Hiroya YAMAGAMI) FIGURE:NIHON TOKUSHU TORY

遮音材は表皮層(ゴム)と中間層(フェルト)の二層構造。表皮層=マス、中間層=ばね、ばねマス共振系として鋼板の振動を減衰。遮音材の性能は「透過損失TL」で表す。400Hz以上の騒音に効果があるが重い(2.5~6.5kg/㎡)。

遮音

 クルマのインテリアに使う防音材は「遮音材」と「吸音材」のふたつがメインである。漠然と聞いていると同じような概念に感じるが、防音効果をもたらす理屈はまったく異なる。
 まず「遮音材」。

「音を遮る」と書いて遮音。塀やついたてを音源の前に立てると、音の一部が板の表面で反射するため、反対側に伝わる音は小さくなる。さらに騒音源を箱のように壁で取り囲んで遮蔽し、騒音源との間の空気の透過を完全に遮断すれば、音波が伝わらないため空気伝播音は遮音できる。しかし音の一部は遮蔽材に振動として伝わり、反対面の空気を振動させて音を発生させる。
 これを「音の透過」と考えてもよい。

 壁のような遮蔽物が、音を通過させやすいか否かを「入射波に対する透過波の割合」で表すのが「透過損失(TL:Transmission Loss)」という指標だ。
 透過損失は遮蔽材の物性や重量、周波数域によって異なるが、透過損失が大きいほど遮音効果は高い。
 鋼板の透過損失は周波数と質量の双方に比例して大きくなり、周波数または質量が2倍になれば、透過損失は6dBも増加する。

遮音材

図11 遮音材の透過損失(=防音の効果)|横軸が周波数、縦軸が透過損失である。斜めの直線は鋼板単体の場合の透過損失で、そこに重ねたのが遮音材を追加付与した場合の透過損失である。周波数の単位が記入されていないので判断しにくいが、中周波に遮音材自体の共振点があるものの、高周波では遮音材の透過損失が大きな効果を発揮している。このグラフは鋼板に対して垂直に音が入射した場合の垂直入射透過損失である。(図版提供:日本特殊塗料)

 遮音材は、エンジンと室内を仕切るバルクヘッド部に装着するダッシュサイレンサやフロアカーペットなど、おもにクルマの内装に使われる。
 EPDMなどのゴム、あるいはポリエチレンなどのシートの裏面に、ウレタンやフェルトなどの多孔質材料を接着して一体にした硬軟二層構造である。内装用の遮音材ではEPDM+フェルトの組み合わせが一般的だ。
 表面のゴムシートを「表皮層」、裏面の多孔質層を「中間層」ともいう。

 騒音が透過してくる鋼板側に中間層を密着させて装着すると、中間層がばね、表皮層のゴムがマスとして働く「ばねマス共振系」が構成される。音が透過するには鋼板が振動して反対側の空気を震わせなくてはいけないが、その加振力を遮音材のばねマス共振系が共振することによって運動エネルギーに変えて減衰し音の発生(=透過)を防ぐ。これが遮音材の理屈である。

 表皮層のゴムシートでもその粘弾性抵抗によって振動の一部を減衰している。また減衰しきれなかった振動はゴム裏面で反射し、鋼板との間で反射を繰り返しながら、その都度中間層の多孔質材で吸音する(→吸音材の理屈を参照)。
 遮音材は400Hz以上の騒音に対して有効である。

遮音材のチューニング

 遮音材の性能も透過損失で判断する。
 遮音材の性能を決める3要素は、表皮層の重量、中間層の厚み、中間層の圧縮弾性率である。ある周波数帯の騒音に対する透過損失を高めるには表皮層を重く、中間層を厚く、中間層の弾性率を高くすればいいが、ばねマス共振を使っているため、「重く」「厚く」「柔らかく」という対策をしても、遮音効果のある周波数帯が低い周波数帯に移動するだけという見方をすることもできる。

 遮音材の重量は2.5kg/m²~6.5kg/m²が平均的。つまりかなり重い。
 エンジンバルクヘッドにぺったりと貼りこむダッシュサイレンサの寸法は、例えばEセグ/Fセグなどのセダンの場合、縦70cm、幅1.7mくらいは優にあるから、ざっと1.2m²。最も重いグレードの遮音材なら遮音材の重さだけで8kg近くになる計算である。

 日本特殊塗料によると、1980年代、EPDM表皮層に非成形タイプ熱硬化フェルトを組み合わせた初期の遮音材のダッシュサイレンサの重量は、高級車用で9.8kg/m²もあったという。実際に1枚10kgを超えるようなダッシュサイレンサがクルマに採用されたこともあったが、この重量になるとラインでの組み込みはかなりの重労働になる。またあまりの重さで、走行中の振動や衝撃的入力などで遮音材がずれて浮いてしまって、遮音効果を発揮できなかったという笑えない話もあったらしい。

 中間層の厚みはおおむね10~30mmである。フェルトなどの多孔質材の弾性率には、素材自体の弾性と、内部に包まれている空気の弾性が関係しているが、空気のばね定数は変更できないので、遮音材の中間層のチューニングは素材一定なら質量と厚さの2択になるという。

図12 遮音材の透過損失を決める3要素|遮音材の透過損失を決める因子。ある周波数域の騒音に対する透過損失は、ゴムなどの表皮の重さとフェルトなど中間層の厚さにそれぞれ比例して向上し、中間層の弾性率によって周波数特性が変化する(ある周波数域なら低弾性率の材料の方が透過損失は大きい)。全体がばねマス共振系として働いて振動を減衰する理屈のため、透過損失を向上させるというのは防音効果の高い周波数帯を低周波側に移動させるということに等しい。(図版提供:日本特殊塗料)

遮音材の知識

 遮音材の防音性能は原理的には非常に高く、それゆえ長年にわたって使われてきたが、上記の通り性能を上げようとすると重量を喰う。部品のコストも高い。また前記のように遮音材は鉄板に密着していないと効果がない。
 もうひとつの基本的な設計要素は「穴」である。

 バルクヘッドにはステアリングシャフトやペダル、配線やエアコンなどのための貫通穴があるため、ダッシュサイレンサにもその穴を開けなければいけないが、穴を開けて空気の振動をスルーさせてしまえば、いかなる防音材でも防音効果はその部分ではゼロになる。穴を小さくしたり穴の部分にシーリングをしたりして空気の透過を防ぐ必要がある。

 また走行中に路面によって生じる振動やエンジンの振動に対して、重い遮音材が共振してしまうポイントが存在しうるため、これに対しても最適化を行なう必要がある。

防音材の設計① 制振、遮音、吸音の効能範囲

著者
Motor Fan illustrated

「テクノロジーがわかると、クルマはもっと面白い」
自動車の技術を写真や図版で紹介する、世界でも稀有でユニークな誌面を展開しています。
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