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新クルマの教室:ホンダNSX NA1型(3)エンジン編C30A型|自動車設計者 X 福野礼一郎 [座談] 過去日本車の反省と再検証 

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新クルマの教室:ホンダNSX NA1型(3)エンジン編C30A型|自動車設計者 X 福野礼一郎 [座談] 過去日本車の反省と再検証 

本稿は本職の自動車設計者と一緒に過去旧車・過去名車を再検証する座談記事です。決して「過去の旧車をとりあげて現在の技術を背景に上から目線でけなす」などという意図のものではありません。根底にある意識は「反省」です。設計者が匿名なのは各意見に対する読者の皆様の予断を廃し、講師ご自身も誰にも忖度せず自社製品でも他社製品でも褒めるものは褒める、指摘するものは指摘できる、その自由度の確保のためです。よろしくお願いいたします。
(このコンテンツは著者の希望でTOPPERの「総合人気ランキング」には反映されません)

座談出席者

自動車設計者
 国内自動車メーカーA社OB
 元車両開発責任者

シャシ設計者
 国内自動車メーカーB社OB
 元車両開発部署所属

エンジン設計者
 国内自動車メーカーC社勤務
 エンジン設計部署所属

ホンダNSX(1990年9月13日発表・発売 初代NA1型)
⬛︎ 全長×全幅×全高:4430×1810×1170mm ホイルベース:2530mm トレッド:1510mm/1530mm カタログ車重:5速MT 1350kg 4速AT 1390kg 燃料タンク容量:70ℓ 最小回転半径:5.8m MFRTテスト時の装着タイヤ:ヨコハマ アドバンA-022 前輪205/50ZR15(空気圧指定2.3kgf/c㎡) 後輪225/50ZR16(空気圧指定2.8kgf/c㎡)
⬛︎ エンジン:C30A型 水冷90°V型6気筒ベルト駆動DOHC4弁(カム切り替え機構付き) ボア×ストローク:90.0mm×78.0mm 総排気量:2977cc  圧縮比:10.2  最高出力:5速MT車 280PS/7300rpm 最大トルク30.0kgm/5400rpm 4速AT車 260PS/6800rpm 最大トルク30.0kgm/5400rpm (いずれもnet表記)
⬛︎ 5速MTギヤ比:①3.071 ②1.952 ③1.400 ④1.033 ⑤0.771 最終減速比4.062 4速ATギヤ比①2.611 ②1.466 ③1.025 ④0.777 最終減速比4.066 エンジン1000rpmあたり速度(5速MT車):①9.2km/h ②14.5km/h ③20.2km/h ④27.4km/h ⑤36.7km/h
⬛︎ MFRTによる実測車重:1361.5kg(空車時の前軸/後軸重量は未計測) 試験時車両重量:1530kg(2名乗車 前軸650kg/後軸870kg、前後重量配分42.8%:57.2%)
⬛︎ MFRTによる実測駆動輪出力:未計測
⬛︎ MFRTによる実測性能 5MT車:0-100km/h 5.29秒 0-400m 13.31秒  最高速度:未計測
⬛︎ MFRTによる車内騒音計測値:40km/h時66.0dB/A、60km/h時67.0dB/A、100km/h時71.5dB/A
⬛︎ 発表当時の販売価格(1990年9月発売時)800.3万円
⬛︎ 生産:1990~2004年 高見沢工場、2004~2005年 鈴鹿工場TDライン
⬛︎ NA1/NA2型総生産台数:1万9310台(平均生産台数約105台/月) 国内販売台数:7494台(183ヶ月平均約41台/月) 北米販売台数:9739台(平均約53台/月) 欧州販売台数:1804台(平均約9.9台/月)

(本文文字量12200字) *通常は雑誌1ページで2000〜2500字

エンジン設計者 (ページ冒頭の)写真は1990年9月13日にNSXが発表されたとき、当時のカタログの39ページに1ページ大で大きく掲載されていたものです。カタログを丸々収録するのが売りの「モーターファン別冊ニューモデル速報第91弾 NSXのすべて」にも当然この写真が出てるんですが、ご覧になってなにかお気づきになったことはありませんか?

ー いきなり(笑)。

自動車設計者 いま気がついたわけではないんですが、NSXが出たときにこの写真を見て「280psの高性能を謳うホンダのミドシップ・スポーツカーなのにエキマニがレジェンドの鋳鉄製のままとはしょぼいなあ」と思った記憶はあります。

エンジン設計者 はい。デビュー後7年目の1997年2月6日のマイナーチェンジでボアを3mm拡大した3.2ℓ(2997cc→3179cc)のC32B型の登場のタイミングで、ようやくエキマニはSUSパイプ製になりました。でもC30A型の鋳鉄エキマニに関しては自分も当時から気がついていました。そこじゃないです。

シャシ設計者 手前に並んでるタイミングベルトのプーリーが3種類あるのは? 

エンジン設計者 それです。

自動車設計者 確かにカムプーリーが3種類あるねえ。

シャシ設計者 写真撮影のタイミングが間に合わなくて試作エンジンを分解して撮影したからこうなっちゃったとかっていうトリビアですか?

エンジン設計者 いえいえ「すべてシリーズ」や上原さんの本に掲載されている発表当時のエンジンの俯瞰図を見ても、カムプーリーはちゃんと3種類描き分けてあります。

ー 時計回りだから4つのうち各バンクのリーディング側の2輪だけが同じということですね。トレーリング側は左右バンクで違うのか。

自動車設計者 なにか設計の意図あってカムプーリーを3種類にしたということですか?

エンジン設計者 上原さんの本を拝読して私も初めて知りました。

ー 上原さんの本に書いてあったですか? しまった。実はエンジンのパートはエンジン設計者さんにおまかせしたつもりで、この座談が終わったら読もうと思ってました。いかん。

シャシ設計者 私も読んでませんでした。ははは。

自動車設計者 私はそもそもその本は持ってません。

エンジン設計者 では今回はエンジン編です。

レジェンド用横置きユニット採用の経緯

ー 皆様こんにちは。本田技研工業株式会社が1990年9月に発表・発売、2005年まで作られた初代ホンダNSXをここ数回取り上げています。今回はエンジン編です。いまも話題に出ましたが、座談の資料として初代NSXのLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー)を務められた上原 繁さんの著書「ホンダNSX(三樹書房刊)」を参考にさせていただいています。ホンダの企業サイトもご覧になってみてください。
(https://global.honda/jp/pressroom/products/auto/nsx/nsx_1990-09-13/)

参考文献:三木書房刊 上原 繁著「ホンダNSX 特別限定版―ホンダ初のミッドシップ・スポーツカー開発史」

ー 上原さんら開発チームは1980年代の中盤から2種類のミドシップカーを試作、それによって得たノウハウをもとに2ℓ200PSの直4エンジンを横倒しにミドに搭載するという車重1tのスポーツカー「AA」の企画をすすめていたのですが、1985年の夏にアメリカで行った会議で、アメリカのホンダ・リサーチ・オブ・アメリカ(HRA)とホンダ・リサーチ・オブ・ヨーロッパ(HRE)、それぞれが独自開発していたプロジェクトとの統合を迫られ、パワートレーンに関しても結果的に欧米支社の希望を受け入れてレジェンド用の横置き90°V6パワートレーンを搭載することになったという、なかなか苦しい開発事情を上原さんの著述よりご紹介しました。

ー しかし上原さんはパワートレーンのゴリ押しについても前向きに考え直しておられて「横置きだからこそホイールベースを縦置きより100mm短くできた」と著述されています。とはいえご存知の通りFF用の横置きパワートレーンはレジェンド用V6ユニットに限らずエンジンと車軸との位置関係が基本的には分離できないため、ミドシップのどの位置にパワートレーンを配置したとしてもリヤヘビーの重量配分にならざるを得ないこと、またエンジンの横幅が干渉するためにリヤサスの設計が妥協的になってしまうなどの問題点があり、NSXにもその傾向が現れています(MFRTでの実測値では前後重量配分比42.8%:57.2%)。またせっかく横置きによってホイールベースを短くできたのに、リヤオーバーハングを延長してゴルフバッグが積めるトランク容積を確保したりと、フロントサスに採用したコンプライアンスピボットなどとともに、スポーツカーというよりも、日常使いができるスペシャルティカー的なクルマを求めた欧米支社の要求がやはり強かったという印象は残ります。

シャシ設計者 上原さんの本ではリヤオーバーハング寸法については、衝突安全性の確保に加えてエンジンルームの高温化対策でサイレンサーを床下に搭載したかったこと、トランク容量の拡大はパンクしたタイヤを収容できるようにするためだったと書いてありました。リヤサスについては4WSを採用する予定だったが、車重が50kgも増えるため断念したと。あとリヤオーバーハングは空力ですね。

ー 自動車の設計というのは背反条件の最適化ということですから、パッケージについて言えば車体を長く大きくすれば運動性のポテンシャルが低下する一方で、居住性や荷室容量などについては当然向上しますよね。なので広告・宣伝の文章ならばともかく、設計者の述懐としてメリットだけを列記するというのはちょっと公平とはいえない感じがしました。ファンはいい話だけに飛びついちゃいますから。

著者
福野礼一郎
自動車評論家

東京都生まれ。自動車評論家。自動車の特質を慣例や風評に頼らず、材質や構造から冷静に分析し論評。自動車に限らない機械に対する旺盛な知識欲が緻密な取材を呼び、積み重ねてきた経験と相乗し、独自の世界を築くに至っている。著書は『クルマはかくして作られる』シリーズ(二玄社、カーグラフィック)、『スポーツカー論』『人とものの讃歌』(三栄)など多数。

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